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TOKYO異世界不動産  作者: すずきあきら
第三章 キアム
17/31

6

夜の部更新です。


「いやぁー、驚いたな、あんときは」


 いつのまにかクッキーから羊羹にかわったお茶請けを、パクッ、口に放り込み、そのまま楊枝をくわえながら、源大朗が言う。


「それ、さっきも言ったよー。ぁ、じゃあ、それからキアムくんがこのお店ではたらくようになったの?」


 こっちは、コーヒーから変わって、ラウネアが淹れてくれたほうじ茶をすするマレーヤ。


「ところがなぁ、そんなに簡単じゃねえんだ。とにかく、あいつはすごい熱だったし、雄さんの診療所へ連れて行ったんだがな……」


 管理物件の空き室に無断で入り込んでいたキアム。

 じつは「この世界」に来てから一週間が経っていた。

 向こうの世界で、「門」を突破するときに負った傷。こちらの世界でも、「国境」の検問と防疫施設を抜け出るときに無理をしたりで、キアムはそうとう消耗していた。

 こっちで自由になったはいいが、食い扶持があるわけでもない。

 けっきょくは、まえの世界、故郷でやっていたような、スリや空き巣に身を落とすことになった。

 故郷だったら、スリの相手はヴォーグやケットシーの上級民などに限った。庶民を支配し搾取している者たちへの復讐でもあった。

 しかしこちらの世界では、恨みも怒りもない相手が対象になる。せめてなるべく少額に、あるいは被害がさほどダメージにならない、大きなビルの会社から……。最新のセキュリティはキアムをやすやすとは通さず、警備との追いかけっこは、得るもののないくたびれもうけ。

 故郷とはあまりに違うテクノロジーや制度。どこを見ても家がありビルがあり車が走り、ひとがいる。

 夜ですら明るく、隠れ潜む場所もない。

 そんなすべてが、キアムを面食らわせ、疲弊させる。

 ついに、鍵を壊して入り込んだアパートの空き部屋で、動けなくなっていたのだ。


「そこにおっさん……源大朗が来たんだねー」


 とマレーヤ、やはり羊羹をひとつ、口に入れて。


「うん。そうなんだがな」


 源大朗の言葉はいまひとつ歯切れが悪い。


「えー、なんでなんで。キアムくん、仕事なくて困ってたんだし、この夷やで働かせてあげればお店も助かるしさー。あっ、マレーヤもはたらいてあげようか! 美少女JKのいる不動産屋! とか、すごくない? ぜったい大人気だよー」


「バカ言うな。だいたいおまえ、昼間は学校だし夕方からメイド喫茶のバイトだろが。それにウチは、んんっ! 美人なら、間に合ってるしな」


 咳払いのあと、源大朗の視線がチラッ、と見るのはもちろん、


「あら、ありがとうございます」


 ラウネアだ。替えの湯飲みをテーブルへ並べていく。飲み終えた湯飲みをトレーに引き取ると、給湯スペースへ。

 なんだかその後ろ姿が、ちょっと弾んでいるようにも見えた。


「ふぅーん、ラウネアさんかぁ。ちょっと負けるかも。そうそう、ラウネアさんと源大朗のなれそめはぁ?」


 ガチャン! とつぜん大きな音が給湯室から。


「ごめんなさぁい! 湯飲み、ひとつ落として割っちゃいました」


 暖簾から顔を出したラウネアが、苦笑まじりにあやまる。


「ほら、おまえが余計なことを言うからだ」


「ええー、じゃあ、そっちはこんど! それでキアムくんは、どうなったの?」



 指月のもとに預けられたキアムは、一週間も経たずに回復した。

 もともと若く、ケットシーの旺盛な回復力のおかげで、適切な栄養、滋養を摂っていれば自然に回復する程度のケガだったのだ。

 指月の手配で、この世界に「入国」する際の予防注射など防疫セットも接種できた。それと、


「これは言語変換プロトコルって言ってな。こいつを耳に入れるんだ。片方だけでいい。で、こっちは喉に巻く。アクセサリーみたいだろ。するとこっちの言葉が、おまえたちの国の言葉になって聞こえる。その逆に、発する言葉はこっちの言葉になる。脳への学習効果があってな。三か月もすれば、そいつを外しても自然にこっちの言葉がしゃべれるようになってるって寸法だ」


 源大朗が差し出す小さな機械を、警戒しながらもキアムは受け取った。まだベッドの上。病院着を着たままだ。

 言われたとおり、耳と、首につける。


「しゃべってみな」


「……ここ、どこ?」


「おっ、言えるじゃないか。オレの言葉もわかるだろ?」


 キアムがうなずく。


「ここは、診療所だよ。オレの友だち……恩人の、な。まぁ、それはいい。おまえ、名前は?」


「……キアム」


「キアム、か。なぜ、あの部屋にいた」


 故郷のことを聞き出すのは難しく、時間もかかった。

 源大朗はキアムがそうとう強引にこっちの世界に来て、限界すれすれの生活をしていたことを知った。


「なるほどな。そういうことか。本来なら、不法入国者は管理局へ通報しなくちゃならないんだが……」


 源大朗の言葉に、キアムが表情を硬くする。と同時に、その目が油断なくあたりをうかがうさまに、


「おいおい、待て! ちょっと待て、たんま! なにも今すぐ突き出したりしねえよ。ただ、なぁ」


「ここに置いてあげたらどうですか」


 仕切りのカーテンを開いて入って来たのは、指月だった。いますぐここから逃亡しようとするかのようなキアムに、やさしく笑いかける。


「だがなぁ、雄さん」


「聞いてましたよ。向こうの世界へ強制送還されたら、このコは確実に罰を受けるでしょう。それも、こっちの世界のような甘いものじゃない。おそらくは」


 指月は言葉を切ったが、それはまず間違いなく死を意味するもののはずだ。

 源大朗も認めざるを得ない。


「……たしかにな。じゃあ、雄さんとこで、しばらく雑用とかで使ってみるってのかい。この、キアムを」


 考えた末に言うと、指月、にっこり笑って、


「いや。このコは夷やさんであずかってもらいましょう。……それと、女のコですよ、この、キアムさんは」


「いやいやうちは! ……えっ、女の、コ? ぇぇええええ!」


「……?」


 驚く源大朗をまえに、よくわかっていないキアム。あくまで笑いながら、しかし異論は認めない、という指月だ。

 こうして、キアムは源大朗のあずかりとなった。

 もっとも重要な、この世界での登録証、就労ビザについても、


「ほらよ。雄さんがなんとかしてくれた。こりゃあ、かなりの力わざだぞ。っほんっと、なに者なんだ、あの人は。なにを感じて、おまえにこんなによくしてくれるんだろうな」


 ぽん、と登録証を投げ渡されて、キアムは不思議な顔で受け取った。

 数日後。

 だぶだぶのブルゾンとズボン。ケットシーの耳を隠す帽子を目深にかぶったキアムのその姿は、短めにカットした髪とともに、パッと見は男子にじゅうぶん見える。


「登録証とビザはつねに携行しておけよ。職質なんかにあったときに、持ってないとやばいからな」


 うなずくキアム。


「それと、今日からおまえの寝場所だ。ここが、な」


 夷やの店先。その看板を仰いで源太郎が言った。



 キアムはすぐに仕事をおぼえた。

 例の言語変換プロトコルで言葉も問題なかったし、なにより吸収が早い。なにを教えても、源大朗が二度言う必要はないほどだった。

 専門的な用語もすぐにおぼえて、源大朗にときおり突っ込みを入れることも。

 そんなだから、契約など資格の必要な業務以外は、キアムにまかせて源大朗は居眠りをできるほどに夷やはうまく回っていた、とも言えた。

 キアムは夷やの二階に寝泊まりする。

 もともと、物置同然で使っていなかった、傾斜天井の屋根裏のような部屋だ。すでに一階にはラウネアがいたが、さらにキアムがいても悪いことはない。セキュリティ的にもさらに高まる。

 ある晩。


「やれやれ、店に忘れ物とか、オレもうかつだね」


 もう夜の一時をまわった時分。

 源大朗はひと気のない道を夷やに向かって歩いていた。

 源大朗自身は、店から歩いて五分ほどのアパートに住んでいる。いまキアムがいる屋根裏も使えるのに、なぜか、というと、


「まぁ、狭いしな。ひと間だし、風呂もない。ま、風呂は富士見湯へ行けば済むけどよ。……ラウネアと一日中ずっといっしょ、ってのも、あいつが気づまりだろうし、な」


 いろいろあるが、最後のひとつがいちばん大きいようだ。


「……ラウネア? 寝てるのか」


 正面のシャッターが下りているので、裏のドアから店に入る。

 トイレや給湯スペースのごちゃごちゃした狭い隙間を抜けて店内へ。しかし真っ暗なうえ、いつもラウネアが座っているPCデスクにも人影はない。


「めずらしいな。どこに」


 いるんだ、と壁のスイッチに手を伸ばす。照明を点けようとして、目が留まった。

 店内の奥、キャビネットの下段が開いている。それだけでなく、中の金庫の扉も開いたままになっていた。


「ぅん?」


 近づいて確かめる。

 書類の類はある。が、現金がなかった。

 現金の扱いが減っている昨今だし、なにより店の売り上げは振るわないしで、それほどの金が金庫にあったわけではない。

 それでも、一週間分をまとめて入金するのが明日だから、


「まぁまぁの金はあった、か。でも誰が……ラウネアはどこへ行っちまったんだ。肝心なときに。ん? ……まさか、な」


 もう一度、ラウネアのPCデスクに、それから源大朗の視線は二階へ通じる階段へと移った。もう一度給湯スペースの横を過ぎ、梯子のような階段を見上げる。


「おーい! いるのか、キアム。上がるぞ」


 返事はない。

 もちろん照明も点いていない、真っ黒な空間が視線の先へ繋がっていた。それと、わずかに吹いて来る風。

 上の段に手をかけ、源大朗は階段を上っていく。途中、あのとき持っていた、仕込み杖のことが頭をよぎる。


次は明日の昼、更新します。

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