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TOKYO異世界不動産  作者: すずきあきら
第三章 キアム
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新章です。よくある?不動産業トラブルからスタート


「……こちらが物件です」


 ジャリ……ガチャ。鍵を回す音に続けてドアが開く。キィ~、錆びたジョイントの立てる軋み音が物件の古さを物語る。

 それはドアの向こうの室内が、どこかくすんで見えるのと、かすかに混じるカビの臭気でも証明されていた。

 ワンルーム、十六平米。

 トイレがいっしょのユニットバス。鉄骨造、三階の二階。築二十六年。

 単身者にはミニマムなサイズのマンションだ。この広さに不足を感じるか、どうせ寝に帰るだけだと納得するか、の家賃、月六万円、管理費ナシ。


「どうぞ」


 先にフロアへ上がり、手提げ袋からスリッパを取り出し、並べるのはキアムだ。そしてもうひとり、


「……」


 無言で玄関に入った客の男。痩身で、やたら髪が長い。また、顔もうっそうとしたヒゲで覆われていた。

 ギ~、ガシャ、ン! ゆっくりと戻って来たドアが閉まる。その音にかぶさるように、ガチッ! 鍵の閉まる音。

 閉めたのは男だ。振り返るキアムに手を伸ばす。その腕をつかんで引き寄せる。


「んーっ」


 いや、引き寄せようとしたのは失敗した。袖もつかめなかった。キアムがとっさに身を沈め、跳ぶように大きく後ずさる。


「っ!」


 男と距離を空けるためだ。それは成功したかに見えた。だからキアムも、その次の動作を用意しようとした。が、


「そうじゃねーんだ」


 のっそりと見えた男の動きが、異常に速い。一瞬、消えたように見えたかと思うと、もうキアムの目の前にいた。

 こんどこそ男の手がキアムをつかむ。

 パーカーの胸元をがっちりと握り寄せる。男の手の甲は固く縮れた毛でびっしりだ。


「ぅ、うっ!」


 床に踏ん張ることもできず、キアムはその小さな体を引っ張り上げられ、


「ふぉーらぁ!」


 床に叩きつけられた。


「ぁあっ」


 まだ男が胸元を握っているせいで、パーカーが大きくずり上げられ、その下のキアムの肌が胸元まで露出する。

 加えて、いままでかぶっていたフードが毟り取られるように脱げ落ちていた。


「ほぉーん、やっぱりか。わかってたぞ。匂いで、なぁ」


 すだれのような髪の間から、鼻と口だけが突出して見える。その鼻がヒクヒク、動いて鼻の穴を膨らませる。

 ベロォ……、長く薄い舌が唇をなめる。

 キアムが唇を噛む。じっと男を見上げる。


「ヴォーグ……!?」



「はろー! キアムくんいるー!?」


 ガラガラピシャッ! 夷やの表戸が開くのと大声が響くのが同時だった。

 声の主はもちろん、


「うるさいぞ! マレーヤ」


「すいません」


 女子高生スピンクスで近所の喫茶店のウェイトレス、メイド姿のマレーヤだ。あやまり役は、そのふたごのアスタリ。


「ぇえー、いいじゃーん、毎度、かわいいJKがコーヒー持って来てあげたんだからさぁ。はい、伝票!」


「金取ってるじゃねえか! こっちは頼んでないぞ」


「って、飲んでるじゃーん。んー、クッキー、美味しいねー!」


「飲まなきゃ冷めるだろ。って、別にお茶菓子出さなくてもいいんだぞ、ラウネア」


「まぁまぁ、ちょうど三時ですし、お茶の時間にしましょう。お客さまもいませんし、ねえ」


「わーい、おやつの時間ー! お客さんもいないし、ラッキーラッキー!」


「客がいないのをよろこぶなよ。まったく、自分の家みたいにくつろぎやがって」


「だーってもう、マレーヤの家みたいなもんじゃーん! ねえー、ラウネアさーん!」


「はい、はい」


「す、すいません」


 微笑んでいるマレーヤ、あやまるアスタリ。


「ねえねえ、で、キアムくんはぁ?」


「そういやキアムのやつ、どうしたんだ」


 けっきょく源大朗もクッキーを頬張りながら。


「お客さまと内見に行っていますよ」


「ほんとか! ちゃんと客が来てるじゃないか。ははは! でもキアムひとりでだいじょうぶか」


「だいじょうぶ、ってキアムさんが。ネットで物件を指定して来たお客さまなんです。まえに一度、来店されたということなんですけれど、記録が見当たらなくて」


「ふーん。来たっていっても、店の外に貼ってあるチラシを見ただけ、とかかもしれないしな」


「あ、あの、時間って何時ですか?」


 急に割って入ったのがアスタリだ。ふだん、そんなふうに自分から話に入ってきたりはしないほうだから、源大朗がちょっと驚く。


「何時って、そこに時計があるだろ。四時……」


「そうじゃなくて、キアムくんの内見の、その、お客さんの、です」


「それなら、四時ですよ。いま十五分なので、ちょうど内見しているか、終わって、こっちへ向かっているかもしれませんね。お客さまを連れて」


「おー、今日ひとり目の客だな! いや、お客さまか!」


「どこ、ですか」


「えっ、物件、ですか?」


「どうしたのぉ、アスタリ」


 マレーヤがまた、クッキーをひとつ、口に放り込みながら言う。


「行ってみたいんです。あの、教えて、もらえませんか」


「ここから歩いて十五、六分くらいのマンションですけれど……そうですね、わかりました」


 アスタリの控えめながら、しかしどこか断固とした物腰に、ラウネアがPCに向かう。すぐに地図をプリントアウトして渡した。


「いっしょに、来て!」


 とは、マレーヤに。マレーヤもこのころには、アスタリの変化にただならぬものを感じている。


「うん! おっさんも、来て!」


「はぁ!? 誰が」


「源大朗も来て! アスタリが言ってるんだもん。きっとなにかある。来て!」


次回は10日夜更新予定です。

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