表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
TOKYO異世界不動産  作者: すずきあきら
第二章 ぼくらはみんな生きている
11/31

5

グールの部屋探し、完結です。


「おーし! そろそろ置こうか、今日は!」


 その声に、


「はーいっ!」


「おつかれさまでしたー!」


 次々、別の声が返って来る。

 午後五時過ぎ。すっかり傾いた太陽が、山の稜線を強く浮き立たせている。

 広々と広がる丘陵は、一見すると田園地帯のようだが、緑はなく、全体に無数の杭が撃ち込まれ、その間をロープで結んで区切られている。

 そのあちこちから顔を上げた、思い思いの作業スタイルに身を包んだ男女十数名。その中に、


「ふぅ」


 緑川もいた。

 あご紐を緩め、かぶっていたつばの広い帽子を脱ぐ。つい、額の汗をぬぐう動作をして、そこに汗が浮かんでいないことに気付く。

 苦笑しながら腰を伸ばした。


「ぅーーーーっ!」


 つい声が出る。長時間のしゃがみ仕事とはいえ、グールには基本、新陳代謝もなく、筋肉の張りや凝り、痛みもない。

 全身に遍在するウイルスが群体として、身体を動かしているだけだからだ。

 それでもなんとなく、ずっと使っていた肩や、縮まっていた腰を伸ばすと爽快な気分がしてくる。

 出るはずのない汗をぬぐいたくなる。

 苦笑を口の端に乗せながら、けれどそんな感覚が楽しいような気がしてくる。

 緑川は手元の熊手を持ち、バケツを手に小屋へと歩く。みんな同じように歩いている。途中、話しかけられたり、話しかけたり。

 バケツの中には、今日の成果とも言える土器の破片がいくつも入っていた。

 そう、ここは遺跡の発掘現場なのだ。

 東京都あきる野市。郊外とはいえ、電車で都心まで約一時間の距離。

 ここで行われている遺跡発掘に、緑川は参加している。

 それだけでなく、


「よーぉ! るーさん、もう慣れたかい」


「はい、だんだん要領がわかって来た感じで」


「ははは、そりゃよかった。るーさんには、この遺跡の管理事務所に住み込みでやってもらってるからなぁ。これまでは交代制だった二十四時間の監視小屋、ひとりで助かるよー」


 現場監督がそう言って、緑川の肩を叩いた。

 るーさん、とは、グールの「ル」から取った、ここでの緑川のあだ名だ。すでに働き始めて二週間、それほどになじんでいた。


「いやぁ、ぼくは寝ることも必要ないし、ちょうどいいんです。食べ物も生肉でいいし、逆に調理したものはダメで」


「そうそう。買って来てあるよ、ほら、豚ロース切り落とし、五百グラム!」


 渡されるスーパーのレジ袋。礼を言って受け取ると、ずっしりとした生肉の重みが伝わって来る。

 グールは死肉しか食べない。

 しかしこっちの世界なら、死肉はスーパーでいくらでも売っている。

 管理事務所はプレハブ建てで、広い事務室と八畳ほどの部屋からなる。そのほかに、道具や機材のための倉庫が別にあった。

 緑川は、事務所の八畳を私室として使わせてもらっている。

 水道や電気はもちろん、電気式の給湯設備もあるので蛇口からはお湯も出るが、風呂はない。


「それに、外で汗をかいてはたらくって、気持ちいいんだな。……汗は、出ないんだった」


 グールは新陳代謝がないから、汗や脂で身体が汚れることはない。

 それでも土埃や泥で汚れる分には、水でもお湯でも浴びて落とせばいい。冬に水でも、寒さは感じない。

 どうしてもというときには、歩いて三十分のところに銭湯があった。


「朝九時から始まって五時にはぴったり終わる。まえ準備や後片付けを入れても、自由な時間は充分だ。事務室はタダだし」


 遺跡発掘に加え、住み込みの警備員としても賃金が出る。

 事務所はアパートやマンションの部屋ではないので、契約は必要ない。なので、事故物件になどなりようもなかった。

 とはいえ、この職場に緑川が入れたのも、指月の推薦、保証があってのこと。


「しばらくはここで働いて、こっちの世界に慣れていこう。お金も貯めて、ほんとにやりたいことを見つけるんだ。なんでもできる、こっちの世界で」


 もしも、緑川が住むことで事故物件になるとしても、退去後、空き部屋になった場合の損失分をある程度保証金などで提示できれば、納得する大家もいるだろう。

 それ以上に、ずっとひとつの物件に長く住めば、大家へ多くのメリットを与えることができる。信用も上乗せされるのだ。

 だからまた、


「あの店で、夷やさんで物件を探してもらおう。こんどはきっと」


 もうみんな帰ってしまった、ひとりの事務室。

 自分で淹れたお茶を、緑川はひと口飲んで、


「ぁ、茶柱」



「ところで、なんで雄さんが緑川のこと、知ってたんだろうなぁ」


 こっちはいつもの夷や。

 もう閉店した店内でベンチに寝そべりながら、源大朗のひとりごと。ラウネアが淹れてくれたお茶をひと口、


「ん……茶柱、か」


 つぶやく源大朗を、肩越しに振り返って、ほほえむラウネアがいた。

 暮れていく街。

 夷やの灯りはまだ煌々と灯り続けている。


このあと第三章の1を投稿します

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ