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TOKYO異世界不動産  作者: すずきあきら
第二章 ぼくらはみんな生きている
10/31

4

グールの部屋探し、いよいよ大詰めです。


 かぽーん……。

 湯気が満たす空間はあたたかく、音さえやさしく響くようだ。

 湯舟の中、浸かっているのは、


「おー、あったまる。んー……」


「はい、ぃ」


 源大朗と緑川。

 いつもの銭湯、富士見湯。開店とほぼ同時の午後四時過ぎ。客はまだ男湯にふたりしかいない。


「……けっきょく、見つからなかったな。部屋」


 湯舟の縁に肘を乗せて、源大朗がつぶやく。


「はい」


 緑川も返す。

 そのあとしばらく無言が続いて、お互い、すっかり顔も汗ばんで来たころ、


「すまねえな。せっかくウチに来てくれたってのに。いい物件を紹介できなくて、な」


 顔を手のひらでぬぐいながら、源大朗が言う。


「いえ、真剣に考えてもらって、ありがたかったです。ぼくもいろいろ、楽しかったし。けっきょくぼくの怖がりのせいで、せっかくの物件も契約できなくて、かえってすいませんでした」


「あやまることはねえよ。お客さまに満足してもらえる物件を紹介できなかったこっちのほうが悪いんだ。あやまるのはオレのほうさ」


「でも……はい」


「んー、そうさなあ、なんかねえかな。こう、オーナーをだまくらかして、ちょちょいと契約……ダメだ。ラウネアに怒られる」


「はは、もういいですよ。ぼくも、あきらめました」


「あきらめたって、どうするんだ。いまいる友達の部屋、追い出されるんだろ」


 源大朗の問いに、


「はい。それこそ、ホテルとか……もっと、簡易宿泊所みたいなところになるかもしれませんが。泊まるなら」


「ホテルは死体……じゃないか、OKなんかな。けど、どっちにしろ新しい生活を始めるって感じじゃあない。うーん、なんとかしてやりたいんだが、いや、なんとかするのが不動産屋で……」


「ありがとう、ございます。でもこれまでもずっと断られてばかりだったので、こんなに一生懸命にしてくれて、ほんとに」


「けど結果が出てねえ。商売は結果がすべてだ。お客さんに満足してもらうのは、オレたちが汗をかいたからじゃなくて、いい物件を契約できて、だからなぁ」


 ギュッ、と腕を組む源大朗。

 あごの下、無精ひげを伝って汗が滴り落ちる。

 なんだか、答えを出さなくては湯舟から出てはいけない、そんな妙な流れになったようで、緑川も湯から出られずにいた。


「……でも、いいですよ、こっちは」


 しばらくして、ぽつん、と緑川がつぶやく。


「ぁん? いいって、こっちの世界がか。医学的に死体だから部屋も借りられねえってのに。最悪、あんた、故郷へ戻るとか……」


「いえ、それはありません。ぜったいに。向こうへ戻っても、仕事は牛飼いとかしかないし、ぼくみたいに「生きてるうちに」結婚できなかったものは、子どもも持てないし、なんていうか、居場所がないんですよ」


「そう、なのか」


「それに比べたら、こっちはなんでもできます。がんばれば、ぼくみたいなグールだって、どんな仕事も、なににだってなれそうです。やる気と行動力と、努力があれば、きっと」


「そういう考えも、ある、か」


「はい。そのためなら、いまちょっと不便でも、なんでもないです。牧場を襲って来る野盗もこの街にはいないし、夷やのみなさんもみんな親切で、楽しくて」


「楽しいか。騒々しいって言うんだぜ、あれは。……まぁ、そう思ってくれるなら、オレもうれしいがな」


 ちゃぽんっ、源大朗が湯舟の中で腕組みした。

 そこへ、


「いやぁ、来ていましたか」


 新たな声。脱衣場との扉から、洗い場へ入って来たのは、


「よぉ、ゆうさん!」


 源大朗が呼ぶ、その男。

 指月雄二。もちろん、銭湯の浴場へ入って来るのだから全裸だ。タオルで申し訳程度に隠した身体は、色白でひょろっと細長い。

 髪にもかなり白いものが混じり、源大朗より年上の五十代、といったふうに見える。


「なんだかそんな気がしましてね。店のほうにはいないみたいだったから」


 ていねいに湯舟から洗い桶で湯をすくっては、身体にかける。

 そうしてからおもむろに、


「失礼しますね」


 静かに湯舟に身を沈める。

 緑川の横、ちょうど三人が並ぶ位置になった。


「あの、じゃあ、ぼくはそろそろ……」


 これを切っ掛け、というふうに、緑川が湯舟を出ようとする。腰を浮かせかけた、そのとき、


「まあ、もう少し入っていらっしゃい」


 指月が声を掛けた。


「ぁ、はあ」


「雄さんはオレの恩人……古くからの知り合いでな。医者で、亜人も差別しないから、駆けこんで来る亜人も多くて、このあたりじゃあ、ちょっとした顔なのさ」


「お医者さんでしたか。顔、が……はぁ」


「いやですね、どうってことのない、ふつうの顔ですよ。それよりあなた、見たところゾンビ、いや、グールの方ですか」


「は、い」


「そうなんだよ。ほら、種族の特性ってやつで、医学的には生きてない、とか法律的には器物に当たる、とか、ややこしくてね。死人がいると部屋が事故物件になっちまう、てんで、大家が嫌がって部屋が借りられないのさ。それで今日も一日あちこちかけずりまわって……」


「す、すいません」


「あー、すまん! 気にしなくていいとこだからそこは。……そうだ! あんた、緑川さん、ほら、ドーランとか塗ってさ、顔色良くして行きゃあ、大家もわかんないんじゃ」


「ダメ、だと思うんですが。それに、契約時に、身分証明書や登録証が……」


 などと、ひとしきり経緯説明になったあと、


「そのことなんですが」


 指月が口をはさんだ。源大朗、緑川が指月を見つめる。やや間があって、


「いまちょっと浮かんだんですが、わたしにひとつ、考えが」


「ほんとか、雄さん!」


「ええ。ただ……」


「ただ?」


「聞けば、緑川さん、でしたか。大変な怖がりでいらっしゃるとか」


「は、い……」


「そうなんだよな。それで事故物件も墓物件も、死体安置所もダメだったんだ。まぁ、死体安置所には住めないがな」


「それで、なんですが、わたしの知っている物件が紹介できそうなんです」


「ほんとうですか!」


 にわかに表情を輝かせる緑川。顔色は相変わらず土気色だが。


「ほんとうです。そのかわりといってはなんですが」

『ねえー! そっち、おっさんいるー!? ぁ、源大朗ー!』


 とつじょの大声。女湯との境の壁の上から降って来る。

 もちろんマレーヤだ。女湯にいるのだ。


「はぁ!? いるぞ! だから、おっさん言うな!」


 いきりながらも源大朗が返すと、


『きゃははは! いたいた! 声が聞こえたからいると思ったんだー!』


「いいかげんにうるさいぞ、おまえら! だいたいなんでこんな時間に風呂なんて入ってんだ」


『えー、だって、喫茶店の上のあたしたちの部屋、お風呂ないしー。だから毎日来てるの! ねえー、そこにキアムくんいるー? キアムくーん!』


『ぁの、いないと、思いますよ』


 こんどはアスタリの小さな声もかすかに聞こえた。


「だからいないって! いま大事な話なんだ。あとにしろ! いや、あとでもいらん!」


『ええー、おっさんマジうざーい! てかー、ピチピチの女子高生が壁ひとつ隔てて裸でいるっていうのにさー、もっと興奮とかないわけー。つまんないのー!』


『マレーヤ、そんなこと言ったら、ダメ』


『だってほんとだもーん! マレーヤもアスタリもぉ、ぜーんぜん服着てない裸だよぉー! 生まれたまんまのさぁー! ほらほらぁ! 変な気持ちになってきたっしょ! ……きゃぁっ!』


 ザバッ! 源大朗が洗い桶に張った水をかけたのだ。壁の上を超え、放物線を描いて水が降り注ぐ。


『なにすんのよー! バカぁ! こういうのは女子高生のほうがするもんでしょー! おっさんがなにやってんのよー』


『すいませんすいません。もう、出ます』


『ちょっとー! まだ文句あるんだからー! 引っ張らないでよぉ、アスタリ、あ、胸、さわんないで』


 どうやらアスタリがマレーヤを強引に連れ出しているようだ。アスタリもやるときはやるらしい。いちおう今日は姉、のことだし。


「ったく。ようやく静かになった。ぅん? そういや、キアムのやつ、この銭湯で会ったことないな。別のとこへ行ってるのか? てのはどうでもいいんだよ! ……で、雄さん、続きを」


「うん。じつはその物件、死体だらけなんですよ」


次回は明日7日更新します。

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