小ネタ1
ガキン、と一際鈍い音がした。
途端に軽くなった掌の感覚にシェラは小さく舌打ちをする。
聖剣などど大層な名前がついているくせに使えない。
長い旅路を供にした相棒とも呼べる剣の最後であったが、シェラが抱いた感想はそれだけだった。
すぐさま距離を取るべく後ろへ大きく跳躍する。が、間に合わない。
まるで予想していたかのような速度で距離を詰めてきた相手の鋭い一撃がシェラの眼前へと迫る。
なんとか上半身を捻り攻撃を躱そうとはしたものの致命傷を避けるにとどまり、鋭い切っ先は深々とシェラの体を引き裂いた。
ぶしゅ、とまるで噴水のように赤い鮮血が散る。
ポタリ、ポタリと下げた切っ先から血を滴らせながら闇が近づいてくる。
黒い煙のような瘴気を身に纏わせて生気のない2つの瞳でジッとこちらの様子を伺っている。
「化け物め」
口の端に滲んだ血を舐めとりながら悪態をつく。
ふと鼻腔が腐り落ちそうなほどの臭気と凍えそうな悪寒を感じてシェラはすぐさま後ろへと跳躍した。
するとその瞬間、ジュウウと音がしてシェラがいた場所へと大量の酸が降り掛かる。
いつのまにか天井や周囲の壁へと張り巡らされていた触手が一斉に酸を吐き出したのだ。
立ち込める悪臭と床の焼ける匂い。浴びれば人間などひとたまりもないだろう。シェラですら大量に浴びれば死の淵を彷徨いかねない。
闇は少しずつシェラへと近づいてくる。
ゆっくりと、確実に。
痛みはさほど感じないが闇から受けた傷は治りが遅い。
長く激しい戦いにより体力が削られている今、ここにきてこの一撃は大きい。
まったくもって、忌々しい。
危機的な状況の中、シェラの心中はその一言に尽きた。
善良な一市民であったはずの自分が。
王国などとは無縁であったはずの自分が。
こんな化け物相手にたった一人で立ち向かっている。
頼りの聖剣も使い物にならず、魔力もとうの昔に底をついた。
返す返すも、忌々しい。
何もかもが馬鹿げているようにしか感じられない。
何が、勇者か。
何が、救世主か。
くだらない言い訳ばかり並べ立てていた奴らに言ってやりたい。
お前たちがしていたことはただのお飾りで、ただ一人の人間に犠牲を強いただけだと。
大層な御託を並べても、死んでくれと懇願しているだけにすぎないのだと。
カラン、と無用の聖剣が地面とぶつかって乾いた音を立てた。
もはやシェラには必要ない。
だらりとぶら下げた左腕から血が静かに滴り落ちている。
闇はすでに目と鼻の先へと迫っている。
シェラを飲み込もうとその裾野を広げていまかいまかと待ち構えているのが手にとるようにわかった。
あれだけ死ぬのか怖かったというのに、不思議なものだ。恐怖は全くない。
むしろどこかほっとしていることにシェラは気が付いた。
やっと、終わる。
世界のことなど知るものか。
すでに視界は闇で覆われていた。
シェラはゆっくりと瞼を下した。
生暖かいような、薄ら寒いような感覚に身体が侵されていく。
意識が真っ黒い闇へと捕らわれる寸前、声が、した。
「 オ か エリ 」
もう何も、わからなかった。
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