第3話「天井ステンドグラス」
唯寧が目を覚ますと、そこは古びた教会だった。
よく見る教会のように、三人がけくらいの椅子がずらっと並んでいる。正面には扉。天井は、カラフルなステンドグラスが張られていた。
自分の背後に視線を移すと、そこにもステンドグラスが張られていて、人間の姿が映し出されていた。
唯寧は、手を後ろで縛られていた。
──突然、扉が重そうな音を立て、開いた。
「起きたか」
校門で夢糸を待っていた唯寧を連れ去った張本人であろう男が入ってきた。
地べたにぺたんと座っている唯寧の正面にしゃがみ込む。
そして、じっくり唯寧の顔を観察していたと思うと、急に顎を掴んで上を向かされた。
「お前、ただの人間の匂いしかしねぇな」
「当たり前です。ただの人間だし」
そう唯寧が言っても、まだじっと唯寧を見つめる。
しばらく唯寧を見つめていた男の瞳が、急に紅く染まる。
「あなた──っ」
察した唯寧が逃げようと身をよじるも、男の力には敵わない。
男は薄い笑いを浮かべたまま、唯寧の首筋にゆっくりと顔を近づけ───
───パリィン!!
たまらず唯寧が顔を背けた瞬間だった。
天井のステンドグラスが割れ、上から人型の何かがカラフルなガラスと共に降ってくる。
すごいスピードで落ちてきたその人型の何かは、地面に着地する寸前で失速し、足音もしないほどゆっくりと着地した。
そのスピードの変化に対応できなかった綺麗なブロンドの髪が、遅れてふわりと背中へ落ちてくる。女性だった。
それが太陽の光を集めてキラキラ光る粉々のカラフルなガラスと相まって、幻想的だった。
唯寧は、降ってきた者が誰か、知っていた。
「何者だ貴様」
男の方は邪魔が入って、幻想的とばかりは言ってられず、そう問うた。
「………あら」
降ってきた者は、その問いに答える気はないようだ。
「太陽の光を浴びても体調が悪くならないなんて、こんなことなら普通にドアから入ってくればよかった……。貴方、もしかして強い、ですね?」
男も、それには答えない。
女性は、続けて言った。
「けれど、間違えて姉を連れ去るなんて、所詮下等吸血鬼ですね」
(やっぱり吸血鬼だったんだ……)
唯寧に浮かんだ疑惑が、ひとつ解決した。
男は、怒りすぎて逆に顔に感情がなくなっていた。
「なんならニンニクを持ってくればよかったですね」
そう言ってクスクス笑う。
「貴様──ッ」
男は、耐えられなくなったようだ。女性に襲いかかる。
女性はまだ、余裕そうに笑っていた。
それから、何が起きたのか分からない。
ものすごいスピードで戦ったのか、目を開けられないほどの突風が吹いて、それが去ったかと思うと、吸血鬼の男と、元々近くにいて騒ぎを聞きつけて応戦に来たのであろう他の吸血鬼までもが、床に転がっていた。
女性は、特に何の感情もなく吸血鬼たちを見下ろしていたが、唯寧を振り返って言った。
「お待たせしました。帰りましょうか」
女性がなぜか持っていた折りたたみ式ナイフで、唯寧の手首を縛っていた縄を切る。
「………ありがとう」
「いえ。……跡が残っていますね。もう少し早く来ればよかった」
唯寧の、絞められた跡が残る手首をそっと撫でた。
「大丈夫、これくらい。痛くないし」
「そうですか」
大丈夫と聞くと、いきなり態度を180°ひっくり返した。
「あの」
「なんですか?」
「私、どうしてこんなところに連れてこられたか、教えてもらってもいい?」
連れ去られる理由など見当もつかない唯寧は、この人に聞くべきではないかもしれないけれど、聞いてみるしかなかった。
「知りません。そんなの」
女性は冷たく答えた。
「そんなことより、早く帰りますよ」
唯寧は、女性に続いて教会を出た。
「ねぇ」
「………なんですか?」
唯寧の呼びかけに、わざわざ足を止めて振り返ってくれる。
「どうして、助けに来てくれたの?」
女性は、虚をつかれたような顔をして、少し考えてから言った。
「別に、貴女の生き死になんてどうでもいいんですけど」
「………その一言必要だった?」
唯寧のツッコミには反応せず続ける。
「セシル・レッドフォードより、早くここへ来なくてはならなかったので。ついでに助けました」
「木村が、来てるの?」
今度は、唯寧が虚を突かれる番だった。
「ええ、妹さんと一緒に」
「結衣花も……?」
「貴女とセシル・レッドフォードがどうなろうが僕には関係ありませんが、朱城結衣花の生死だけは大切ですから」
「……だからなのね」
「自ら吸血鬼の巣窟に足を向けるとは、死のうとしているようなものです。全く、セシル・レッドフォードは何を考えているんでしょうか」
「あの、けどありがとう、有基」
「いえ、礼には及びません」
そう言って、女性──有基 星羅──は、微笑んだ。
「………あ」
けれどすぐに何かに気が付いたように声を上げた。
「僕が貴女を送ってこられるのはここまでみたいですね。もう安全なので、もし何かあればセシル・レッドフォードと協力してどうにかしてください」
星羅が優雅にお辞儀をすると同時に、先程と同じように突風が吹いた。
「……有基」
唯寧が目を開くと、そこには星羅はいなかった。
「お姉ちゃーん!」
遠くから妹の声が聞こえる。
「お姉ちゃん!」
唯寧の姿を視界に入れた結衣花は、唯寧に駆け寄る。その後から、世知がゆっくり近付いてくる。
「お姉ちゃん!無事だったんだね!………よかったぁ」
結衣花は姉に抱き着き、涙を滲ませた。そんな結衣花の後ろに立った世知は、星羅の残り香に顔をしかめた。