8-8 サキュバス幼女一行と王国の人々 ヘイ・スリープッ!!
ギルドマスター面会日の早朝。
まだ夜が明けていない早朝のエルブロッサム城の一室で、セイジュさんとルナージュさんが抱擁を交わしていた。
「それでは母上、行ってまいります」
「えぇ、行ってらっしゃい。後の事は私に任せなさい」
頼もしい言葉をセイジュさんへ贈ると、俺へ顔を向けて、
「ハルキ様、この子とエルナを、世界をお願いします」
「はい」
頷いて応えながら、俺はルナージュさんに手を差し出した。握手がしたい訳ではなく、いくつかの魔法を付与するためだ。その辺りをルナージュさんは酌んでくれたようで、小さく頷いてくれた。驚いた。俺も、こんな大人になりたい。
「もし何か伝言がありましたら、お手数ですが、冒険者ギルドの研究室にいるロールという名の魔神の女性までお願いします」
「噂のダンジョンマスターですね。わかりました」
ルナージュさんと握手をしたところで、出発と行こうか。。
「ご武運を」
ルナージュさんの激励に頷き返したところで窓を開き、飛行用のシールド魔法を展開し、一緒に飛び乗ったセイジュさんと、夜明けの空へ飛び立った。
娘が去って行った空を見上げたルナージュは、やがて、傍に控えていた侍女を連れて私室へ戻った。
「ルナージュ様、よろしいでしょうか?」
「何?」
「はい。先ほど、ハルキ様がルナージュ様に、何かしらの魔法をかけていらっしゃったように見受けられました。どうして抵抗しなかったのですか?」
長年付き添ってきた侍女は、感情を表に出さないが、この数日は驚きや困惑を露わにしている。今も、静かだが、目はルナージュの身を案じて揺らいでいる。
だから、ルナージュは、長年の友人の悩みを払うように、微笑んだ。
「アメリア、大丈夫よ。ハルキ様が私にかけたのは、魔除けの類」
「魔除け?」
「ふふっ、ハルキ様の真意はわからないし、かけられた魔法の正確な種類も数もわからないけれど――」
やはり、と侍女の眼光が鋭くなる。
「――セイジュが一緒に旅に出たいと言う人を、私は信じたい」
「信じたい……ですか」
「そう。それに、個人的にも、ハルキ様はいい子だと思うわ。貴女だって、悪いようには感じられなかったでしょ?」
「はい」
とは言え、女王として、一人の女性として、娘の紹介だとしても、会って間もない男(少年だったが)をそこまで信用してもいいものだろうか。侍女は思ったが、口には出さなかった。もしもの時には、我が身を呈してでも、ルナージュを守り、かけられた魔法を解除してみせようと思考するだけにとどめた。
「ありがとう、アメリア」
「いえ」
ルナージュに心情を読まれたことに、若干の気恥ずかしさを覚えながら、侍女はなんでもないように一礼した。
「さて、私たちは吉報を待ちましょう」
「吉報なのは、私たちだけですが」
「あら、サージュにとってもいい報せじゃない。十九歳の娘の幸せな巣立ちを認めて、祝福できるチャンスじゃない」
「ルナージュ様、それは国王陛下にとって、血涙ものなのでは……?」
後、言い方が結婚の話しっぽい。
あれは父親にとって、まさに目から血が流れ出るほど辛いイベントであることを、侍女は知っている。何故なら、自分の婚約が決まった際、喜ぶ母親の隣で父親が、文字通り血涙を流しているのを見ていたからだ。母親がフォローをしてすぐに消していたが、あの衝撃は今でも忘れられない。そして、結婚式の時にも流していたものの、予想はしていたので無視していたが、父親にとって娘が誰かの嫁になるという事は、世の中の父親が全員そうとは思わないが、それほどまでに辛いことなのかもしれないと思ったのだ。
国王の娘息子の溺愛ぶりを知っているため、あの威厳ある王が血涙を流す場面を想像して、内心でドン引きした。
だが、ルナージュはくすくすと笑うだけだ。
「だからよ。いい加減、娘離れしないと」
「リーン様に続いて、セイジュ様……国王陛下の心情、お察しします」
「だからと言って、末っ子たちにべったりになるのも許さないけれど」
「ルナージュ様は魔王ですか?」
「あら、女王よ。あの人の妻」
にこやかに笑う女王を見ながら、近いうちにお子が増えそう、と侍女は思った。
「ヤンデレか」
「は?」
セイジュさんを連れてラベルへ戻ると、メイプルが開口一番にそう言った。
「いえ、これはヤンデレじゃないわ……でもいい人だし、こういう可愛い嫉妬もいいわね、見ている分には!」
「もうほっといてやれよ! いやさしあげろ!!」
こいつ、またセイジュさんのご家族を遠視してるのか。
セイジュさんはメイプルの言っていることがわからずに首を傾げているが、そんな彼女をエルナは生暖かい目で見ていた。世の中には、知らなくて幸せなことがある。
その後、待合室で朝食をとっていると、ゴードンがやってきた。一緒に食事でもどうかと誘ったが、やんわりと断られた。
「セイジュさん、少しだけ外へ出ています」
「あぁ、わかった」
軽いやり取りだったが、何となく察した。ゴードンは、王様の命令に従い、俺たちの確保……いや、もうそれが不可能に近いと分かった以上、セイジュさんへの『試練』を仕掛けるための準備に入るつもりだ。
「フィーネとアナンダに、よろしく伝えておいてくれ」
「わかりました。お達者で」
「あぁ、お前も」
その時、ゴードンと目が合った。
「セイジュ様を頼むぞ」と言われた気がしたので、頷いてみせると、満足そうに口元を緩ませて部屋を出て行った。
食事を終えて旅の支度をしていると、次はリアさんがやってきた。
「メイプルから聞いたぞ? 何やら国王が試練を与えてくるとな」
げっ、メイプルの奴、バラしたのかよ?!
「安心せよ。今回に関しては我も手出しはせん。対人戦闘や逃走の訓練になるからな」
よかった、国王許された!
「ところでエルナ、少しよいか?」
「ぇ、はい、何でしょうか?」
唐突に呼ばれたエルナが肩を震わせた。試練の時には勇猛果敢に立ち向かったが、やっぱり緊張してしまうようだ。
「そう緊張せんでよい。なぁに、少し稽古をつけようと思ってな」
「稽古……? って、ヴァーヴァリアス様が?!」
「うむ。面会までの短い時間だが、どうだ?」
「それは、願ってもないことですけれど……」
慌てても、流石はエルナ。しっかりと受け答えをしている。語尾が弱々しいのは、怖さから……というよりも、神様から教わるなんて畏れ多い、という感情が言外に現れている。
リアさんは不敵に笑うと、「決まりだな」と言った。エルナが顔を上げて「ひぇ?!」と驚いた。可愛い。
「そうと決まれば……メイプル」
「了解」
「え、メイプル、まさか」
「ハイッ! スリープッ!! エェェンドゥッ、邯鄲の夢ぃッ!!」
メイプルが拳銃の形にした両手を向けると、エルナは抗議の声を上げる間もなく崩れ落ちそうになり、リアさんに抱きかかえられ、ソファに寝かせられた。
「では、行ってくる。用があれば呼ぶといい」
「わかりました」
「神ヴァーヴァリアス、私にも、稽古をつけてもらえないだろうか?」
セイジュさんの申し出に、リアさんは頷いた。ソファに座った彼女がメイプルの魔法で眠りに落ちると、リアさんもその隣に座り、そっと目を閉じた。
何というか、仲良し三姉妹がお昼寝しているように見えて、微笑ましい。
「じゃあ、私たちも準備を終わらせてておきましょうか」
「おう」
そして、数時間後。お昼前の事。
ギルドマスター到着の報せが届き、俺たちは支部長室へ移動した。
お読みいただきありがとうございます。
アメリアさんは護衛も兼ねられるほど高い戦闘能力を有しています。
そしてルナージュさんも魔法使いとして上位者に入っていたりいなかったり。
サージュさんも物理寄りの魔法剣士で、滅茶強いです。
後、フィーネさんはゴードンの婚約者で、ラブラブです。介入する余地なんてありません。
アナンダさんは彼のお姉さんになります。多少ブラコンが入っていますが、弟と義妹の幸せを誰よりも願っている、とってもいい人です。セイジュさんやエルナとも知り合いで、仲の良い友人です。




