8-6 クッコロさんとご両親 少し妬けてしまった
お待たせしました。
国王サージュ・エル・ブロッサムは悩んでいた。
プラチナブロンドの髪を短く切り揃え、前国王から受け継いだ冠を乗せた頭の中は、今、勇者勧誘のことでいっぱいだった。
「勇者がこれほどまでに強かとは……」
「お言葉ですが、ハルキ君は私よりもよっぽど可愛らしい思考の持ち主です、国王陛下」
いや、お前の方が可愛い……と考えたサージュだったが、普段は思考の奥底の方で浮かべている考えがかなり表面に出てきていることを自覚し、額を抑えた。
目の前にいる愛する娘、セイジュの責めるような目を受け、ため息が出てきた。別に恨まれるのも憎まれるのも構わない。それが愛する者であればなおさらだ。
怒りを向けられるくらい、何ともない。やはり、普段よりも気持ちが浮ついているな、と内心で自嘲しながら、サージュは首を振った。
「窓から飛び降りて空を飛び、幼い王女と王子の感心を買いながら去っていく者を、強かと言わずに何という」
言いながら、こっそりと横を伺う。
自分の隣に座る女王こと愛する妻ルナージュは、先ほどから静かに夫と娘のやり取りを見守っている。今も自分に見られていることに気が付いてはいるらしく、口元を微かに綻ばせるだけだった。
私室で仲良く眠っている双子の兄妹は、空を飛ぶ凄いお兄ちゃんの話を、目を輝かせて語りながら眠りについた、と担当侍女から聞いた。幼くとも、あの子たちは聡明でいて、感受性が強い。自分たちを害そうとする者をすぐに見抜ける才がある。懐いたということは、此度の勇者も、話に聞く通りの善人ということだろう。
それに、セイジュも個人的に勇者を気に入っているようで、旅に同行したいと言い出した時には、嬉しいような悲しいような、ふと、そんな普通の父親が抱くような気持ちになった。
国王としては、彼女が勇者兄を籠絡し、身内へ引き込むチャンスなのだが……。正直なところ、色々と複雑な気持ちになった。
それら全てを、妻には見抜かれているのだ。
やれやれ……天を仰ぎたくなった。
「国王陛下……ハルキ君とカエデ君は、かの勇者夫婦と同じです。我々の知る勇者召喚で来たのではありません。そして、神々が邪神討伐のために遣わしてくれた、神の使徒なのです」
「それはわかっている」
「ならば、彼らを止めることはおやめください。彼らは我が国や民を、それでけではなく大陸全土を、世界を救うために旅に出ようとしてくれています。それを、よりにもよって我が国が繋ぎ止めてよい道理はないはずです」
セイジュの強い視線は、上級冒険者という、歴戦の猛者と同等の存在が放つ、気概に満ちている。
「魔王になる兆候のあるダンジョンも魔物もなく、侵出してくるような国も今のところない。であるならば、彼らの旅を祝福し、助力を惜しまないことが大切なのではないでしょうか」
お転婆だと言われているが、真っ直ぐな心を失う事なく、ここまで上り詰めてきた娘の若く熱い意志を、父親として尊いと思う。
しかし、国王として受け入れる訳にはいかない。
「それを考えた上でだ、セイジュ。勇者ハルキ、カエデの兄妹の存在は、彼らや冒険者ギルドがどれだけ慎重に秘匿しようと、どこかで漏れが出てくる。旅の破壊神を止めようとした時に、配下の密偵たちに見つかったのがいい例だ」
つまり、他勢力の草たちにも間違いなく見られている。セイジュも気づいているから、口を堅く結んで黙ることしかできない。サージュは続ける。
「エルフの長たちや冒険者ギルドがどれだけ手回しをしようと、彼らを手に入れようとする者は現れる。勇者という存在が、一人ででも、どういうものかを知っている。仮に、勇者がどこかの勢力についたとしても、その時は何も問題はないだろう。だが、邪神という存在を討伐した後はどうだ? 世界を救った英雄を同時に二人も、エルフたちが定めた召喚の掟に縛られない存在である彼らを手中に収めている勢力が、何を考えると思う?」
「それは……」
言い淀むセイジュに、畳みかけるようにして続ける。反論の余地は与えない。
「私も人だ。強大な力が手元に入って、これまでのようにいられるという保証はないし、自分は違うと自惚れてもいない。だが、他国が勇者を確保し、その力を悪用する可能性がある以上、友好国や冒険者ギルドからも信頼がおかれている、我が国に在籍させた方がいい。そう判断したのだ」
「しかし、それでは邪神討伐の旅ができません!」
「国民になってもらった後に、旅には出てもらう。その時には、我が国が後ろ盾となり、最大限の助力をする。邪神討伐が無事に終われば、召喚勇者と同じように、故郷へ戻ってもらっても構わない。そう思っている」
空色の瞳をまっすぐ見つめ返す。妻と同じ美しい瞳が揺らいでいる。
「お前がどう思おうと、私は国と民を守るためにも、勇者二人には騎士団へ入ってもらうつもりで動いている。邪魔をすれば、娘でも罰を与えねばならなくなる。そうはさせないでくれ」
セイジュの瞳が閉じられる。彼女はゆっくりと立ち上がると、部屋を出て行った。
これでいい。
話しは終わった。
すっかり冷めてしまったお茶を飲む。いい香りのはずが、何だか無性に虚しい感じがする。
「淹れ直しましょうか?」
優しい声音が隣から聞こえてくる。
「……行ってやれ」
視線も向けずに言ったが、ルナージュが動くことはない。
「その必要がないことは、貴方が一番よくわかっているでしょう?」
二の腕に温もりを覚えた。ルナージュの体温が、衣服を通して伝わってくる。未だ若若しい容姿をしているせいか、何も知らない者が見れば、父と娘にも見えてしまう。実際のところは、一つだけ年の違う、愛らしい女性だ。
「……飲みづらいのだが?」
「ふふっ、反対の手で飲めばいいじゃない」
そう笑う年下の妻。
サージュは後ろ頭を掻きたい気分になりながら、表には出さずにカップを空にした。妻の温もりに包まれた方の手で。
すると、ルナージュはまた笑う。
「親バカ」
「ん?」
「ふふっ、セイジュだって、アナタが暴君だなんて思っていないわ」
「国と民のためなら、私は暴君と呼ばれても一向に構わない」
「嘘。暴君よりも、優しい王様になりたいって言ってたじゃない」
「若い頃の話だ」
「あら、貴方は十分、優しい王様よ。サージュ」
優しく、甘い香りと、最愛の女性の体温の前に、少しささくれ立っていた心が落ち着いていく。
ボクも、まだまだ青いな……。
サージュは表には一切出さずに、心の中で苦笑いした。
「でもねサージュ。貴方では、ハルキ様を止めることはできないわ」
「勇者、だからな」
「そうね。ココロ様のような、とても強い力を持っていて、優しい心も持っているの」
脳裏に、鎧兜に身を包んだ少女の、後ろ姿が浮かんだ。
理想の英雄だ。
妻が優しい瞳で自分以外の男性と、思うところがある勇者の名前を口にしたことに、少し妬けてしまった。自分に呆れる。
すると、ルナージュが頭を肩に預けてきた。
「最愛の人たちと、国と民を守りたいのは、私も同じよ」
やはり見透かされている上、慰められた。
サージュは肩を落とした。
「なら、私の邪魔をするのはやめてもらえるか? 勇者様を帰したのはお前だろう」
「私が帰さなくても、勇者様を捕まえることはできなかったわ」
「んっ? それはどういう……」
言いかけたところで、追跡魔法やそのための道具類が全て無効化されたという報告を思い出した。
で、あればこそ……なおさら、サージュは勇者確保を急がねばならなかった。そのような力、放っておくわけにもいくまい。
「ねぇ? 密偵や影の衛士たちとその魔法を受け付けず、近寄らせないようにして……そんなことができる勇者様一行なんて、止められる訳ないじゃない」
「むぅ……」
「それと……ヴァーヴァリアス様がハルキ様とカエデ様だけではなく、セイジュとエルナも認めてしまったから、無理に止めたらルガイストの惨劇の二の舞よ?」
にっこり笑うルナージュに、サージュは今度こそ天井を仰いだ。
「……ならば、これは試練だ」
「あら?」
「我が国の精鋭たちは、勇者のような強大過ぎる力は持っていないが、優れた能力を持つ者たちばかりだ。彼らを振りきれずして、魔王や邪神を討伐できまい」
「その魔王に匹敵する巨人を、四人で退けているわよ?」
「……勇者たちならいざ知らず……セイジュを止めることならばできよう。エルナ嬢も引き留めておかねば……」
威厳たっぷりにそんなことを言うサージュの目は、国王と言うよりは父親のそれだった。
そんな彼を見て、無理だと思うなぁ、とルナージュは思ったが、口には出さなかった。
そして――――それを見聞きしている私も、無理だわ王様って思った。
「おいメイプル、何してるんだ?」
「親バカをこじらせた父親の様子を遠視しているのよ」
「やめなさい」
晴樹とエルナに止められたけれど、欲しい情報は手に入ったわ。
明後日が楽しみね……ふふふ…………うふふふふふふっ!
「そうと決まれば……」
「何が?」
「晴樹、エルナ、明日は外へ出るわよ」
「いいけれど、何をするの?」
そんなこと、決まっているじゃない。
「一狩り行くわよ!」
セイジュ「父上、やはり私は――――申し訳ありませんでした、失礼いたします」
サージュ「……何もしていないのだが」
ルナージュ「あらあら」
ルナージュさんもサージュさんもなんだか勝手にいちゃつき始めたので、書いていて楽しかったです。
晴樹君? 晴樹君は……もうちょっと待ってね(暴君




