8-3 エロ漫画野郎とクッコロさん この国の第二王女だ
本日二つ目です。
私の客人だ、とセイジュさんが紹介すると、兵士や使用人たちが下がり、俺は彼女に案内されて応接室へ通された。
冒険者ギルドの応接室よりも広い部屋は、豪奢だがそれほど派手ではない、上品な家具や装飾品や、花柄の薄緑のカーテンのおかげか、入ってからあまり緊張感を覚えない。これから国のトップクラスに会うから、とても助かっている。
「落ち着いているな」
「この部屋の装いが落ち着くというか……」
魔法でもかかっているんだろうか。戻ったらメイプルと検証してみよう。それとも、これがトップクラスの対応の一つなのか。来客の緊張や不安を取り除いていく、凄い。凄いけれど、恐ろしい。
「まぁ、君は出会った時からそんな感じだったな」
なんだかちょっと失礼な雰囲気を感じたが、気のせいだろう。
ソファで座って待っていると、落ち着いた色合いのワンピースを纏った侍女さんがやってきて、俺たちにお茶を淹れてくれた。
うん、美味しい。茶葉の種類なんてわからないし、元の世界とは違うだろうから、ただ美味しいとだけ素直な感想が浮かぶ。
ただ、ちょっと居心地が悪いので、それとなく目線をあっちこっちへ向けると、セイジュさんが苦笑して手を振った。
「気にするな、とは言わないが。仕事の一つだ」
その一言で、居心地の悪さが少し揺らいだ。凄いな、王宮のプロフェッショナル。
「なんか、すみません」
思ったことが口からついて出た。周囲の視線の中の幾つかが、ほんの少しやんわりした雰囲気になったかもしれない。願望がそう感じさせるんだろう。
侍女さんはほんのちょっぴりと驚いていて俺を見ていたが、一瞬のことで、その後も普通にお茶のお代わりを注いでくれた。
「さて、まず話しておきたいことがある。まぁ、君にここを紹介した時点で察しているとは思うが」
「今からでも、言葉を改めた方がいいですか?」
「いや、いい。私と君は仲間で、友人だからな」
カップを机の上に置いて、セイジュさんは姿勢を正した。俺もそれに合わせて背筋を伸ばす。
「改めて。私の本名は、セイジュ・エル・ブロッサム。この国の第二王女だ」
わかっていた。
それを本人から改めて告げられると、少し思うところがある。主に、いつもの装備について、だが。
それ以外は、なるほど、言われてみれば……いや、やっぱり王女様に見えない。
すると、セイジュさんは急に口端を釣り上げた。
「王女には見えないだろう?」
「えっ」
顔に出したつもりはなかったんだが。声に出したせいで、取り繕うこともできなかったが、セイジュさんは怒ることなく笑みを浮かべていた。
「冒険者としてあっちこっち駆けまわって、王女の務めをほとんど放り出しているからな。それに、口調もこんな風だ。初対面の相手は、誰も私を王女だとは思わないから、助かってはいるがな」
「はぁ……」
つまり、これがセイジュさんの素、という事か。
「君だって、そうだろう。私の事を失礼なあだ名で呼んだじゃないか」
土下座した方がいいんだろうか、と卑屈な考えが浮かぶ。
「あれ、それじゃあ、姫騎士って俺が言ったのもあながち間違いじゃなかったって事か」
「ぅ……あの時は、正体に気付かれたのかと、少し焦ったな」
セイジュさんが頬をひくつかせ、半眼で睨むように見てきた。
居たたまれなさと同時に、王女様を相手にしているというよりは、友達相手に軽口を叩いたり、冗談を言い合ったりしている、心地よさがある。
そんなやり取りをしていると、ドアがノックされ、侍女さんが開けたドアから、銀色の髪の男の子と女の子が顔を覗かせた。セイジュさんを見つけると、顔を輝かせて駆け寄ってきた。
「姉様!」
「姉様おかえりーっ」
セイジュさんも立ち上がり、二人を抱擁する。
「あぁ、ただいま。言った通り、しっかり戻っただろう?」
「うんっ」
いつもの堅苦しさはなく、普段よりも穏やかな雰囲気になったセイジュさんに、俺は目を丸くしてしまった。
そんな顔もできるんだな、と次に笑みが浮かぶ。
ふと視線をドアの方へ移すと、セイジュさんのお姉さんだろうか。良く似た顔の美しい女性が、おとなしい色合いの衣服を着て、穏やかな笑みを浮かべて三人の事を見守っていた。彼女は、ちらっと俺を見て、ほんの少しだけ目を見開いたが、セイジュさんに声を掛けられて視線が逸れた。
「ただ今戻りました、母上」
「おかえりなさい、セイジュ」
お母様だったか。野暮な事は考えまい。
「話は聞いています。よく勤めを果たしましたね」
「いえ、私はまだまだで……彼が、彼女を止めたのです」
セイジュさんに手で示されたので、俺は椅子から立ち上がり跪こうとしたが、「そのままで結構です」と言われた。
「初めまして、勇者様。私はルナージュ・エル・ブロッサムと申します」
ルナージュさんがやんわりとほほ笑む。透き通るような声と、淡い青の瞳に心が安らいでいくようだ。
「晴樹です。突然の訪問、申し訳ありません」
軽く会釈し、謝罪を述べると、ルナージュさんは首を横に振った。
「構いませんわ。こちらとしても、ハルキ様とは早くにお会いしたいと思っていましたの」
全員がソファに座ったところで、ルナージュさんが切り出した。
「セイジュ、ゴードンから話は聞きましたか?」
「はい」
双子らしく見た目がそっくりな弟と妹に左右から抱き着かれながら、セイジュさんが頷いた。
「早急に終わらせるべき務め……やはり、あれは母上からの連絡だったのですね」
「えぇ。この前も今日も、とてもすぐに戻ってきたけれど。……いえ、だからこそよかったのかもしれません。こうして、国王や他の家臣たちよりも早くにハルキ様とお会いできたのですから」
ルナージュさんに見つめられる。女王様だから、だけではないだろうが、この人の話を声を静かに聞いていなくちゃいけないという気がする。何かしら、催眠術か魔法でも使われているかもしれないと、聖域魔法に反応がないのに、一瞬疑ってしまったくらいだ。
それよりも、話がキナ臭い方向へ向かっているように感じる。
「それでは母上。やはり……」
「えぇ。国王は、ハルキ様と妹君を、騎士団に迎え入れようと考えています」
そして、と続けて。
「ハルキ様は、これから故郷へ戻るための旅に出られる。私たちはそれを手助けしたい。そう考えております」
俺は、ルナージュさんの瞳を見つめ返す。宇宙から見た地球を思わせる、とても綺麗な青が、まっすぐ見つめ返してくる。
聖域魔法に反応はない。嘘は……ついていない。
目を閉じて、溜まっていた息を吐き、もう一度ルナージュさんの目を見て、頭を下げた。
「ありがとうございます」
「いいえ、感謝するのはこちらの方ですわ。信じてくださったこと、そして遅くなりましたが、セイジュを助けていただいたこと、感謝申し上げます」
ルナージュさんが小さく頭を下げたので、俺は慌てたが、セイジュさんが「いいんだ」と言った。いやいや、女王様が小さくても頭を下げちゃダメだろ。
「貴方たちにはたくさん贈りたい言葉があります。ですが、今は時間がありません。こちらを」
受け取ったのは、一通の便箋だった。
「この後、ラベルへ戻ってから読んでください。わからないところがあれば、エルナが教えてくれるでしょう」
「この後って、門は閉まっていますよ?」
「いえ、この時間ならまだ間に合うはずです。話に聞いた、貴方の足であれば」
「ルナージュ様」
それまで静かに待機していた侍女さんが、ルナージュさんへ耳打ちする。
「ハルキ様、臣下の者が近づいてきております。貴方を引き留めるつもりでしょう」
「わかりました。ありがとうございます」
どうやら、潮時のようだ。
俺は立ち上がり、窓へと向かう。
「お兄ちゃん、帰っちゃうの?」
弟くんの方が喋りかけてきたが、セイジュさんに「邪魔をしてはいけない」とやんわり押しとどめられている。妹さんの方も、弟くんと似たような感じだが、口には出していない。
俺は弟妹へ不敵な感じに笑って見せると、窓をほんの少し格好つけて開いた。
夜空の下で、王都が魔法の街灯で輝く、幻想的な景色。
いいね、絶好の機会だ。
「ルナージュ様、本日はありがとうございました。セイジュさん、明後日の朝には迎えに来ます」
「あぁ、待っているぞ」
最後に、弟妹に手を軽く振り、俺は窓から飛び出した。一瞬、侍女さんがギョッとした顔をしていたのが見えて、苦笑いがこみあげてきた。悪いね。
ワンテンポ遅れて、セイジュさんと妹弟が、窓から俺を見下ろして探している様子が見える。そっちじゃない。こっちだよ。
「わぁ……っ!」
こちらへ気が付いた幼い二人の、驚きを含んだ声が耳に届いた。
来た時と同じようにシールドへ乗り、空高くに浮かんだ俺は、隠蔽やいくつかの魔法を起動して、そのまま王都の出口へ移動した。
ルナージュさんの言った通り、まだギリギリ開いている。人の気配のない物陰に着地して隠蔽を最低限だけ解いて、門を出る。その際に、門番からやめておけと止められたが、急ぎの用があると言ったら、しぶしぶ納得してくれた。
後ろから、閉まり行く門の軋む音と、何やら慌てた声が聞こえてきた。
身体強化を使い、駆け出し、街道から大きく外れたところで、隠蔽魔法とシールドを再発動する。
方角を修正して、そのまま一気にラベルへ飛んだ。
*追跡魔法や発信器の類は全部、聖域魔法によってぶっ壊されています。




