7-4 エロ漫画野郎と涙の少女 上等だ
一悶着あった後、エルナはメイプルと一緒に宿屋へ向かい、セイジュさんは用事があると出かけた。
残された俺は、一人で街を適当にぶらぶらと歩いていた途中、向こうから走ってきた誰かとぶつかりそうになり、身を捻って避けたのだが……、
「あだっ?!」
件の人物は数歩離れた場所で急に弾かれたように仰け反り、尻餅をついた。
ふむ。
「大丈夫ですか?」
「あ、あぁ……」
頭からマントを被っていて顔は見えないが、まだ子どものようだ。旅人、という雰囲気ではない。
「って! お前っ!」
顔を上げた子どもが、俺を見て驚き、それから怒りの声を上げた。
勢いよく立ち上がり、そのまま食って掛かってきた。
声からして、女の子のようだ。
「この前はよくもやってくれたな!」
「ん? 何の事ですか?」
女の子に怒られるようなことは何もしていないので、本当に訳がわからず首を傾げる。
すると、少女はフードを降ろした。
現れたのはとても愛らしい顔立ちで、怒りに満ちている。
「この顔を忘れたとは言わせないよ!」
「あ、この前の」
初めてラベルに着いた日、荷物を盗ろうとしてメイプルの魔法に引っかかり、衛兵さんに引っ立てられて行ったスリの常習犯だった。
通りで、聖域魔法に弾かれたわけだ。俺に恨み=敵意があったんだから。
「出所したのか?」
「んな訳ねーよ! 脱獄したんだよ!」
腕を組み、吐き捨てるように言い切る常習犯もとい脱獄ちゃん。
しかし、周囲にそれなりに人がいて、大声で騒ぐもんだから注目が集まっている中で堂々と叫んでいいもんじゃないと思う。
「お前のせいで、地獄の日々を味わったよ!」
「いや、自業自得だろう」
この世界では子どもでも罪を犯せば捕まるし、牢屋へぶち込まれる。それでも、子どもは子ども。余程の罪でない限り、そこそこいい環境の牢屋で反省させられると聞いている。
この子にも何か事情があるのかもしれないが、この態度ではあまり同情もできない。
しかし、地獄の生活ってなんだろうか。もしも酷過ぎるものなら、それはそれで少し嫌だな。
「てか、地獄の日々ってなんだよ」
「あんっ? 出てくるのは不味い飯で、夜は寒いし、他の囚人たちのいびきがうるさくて眠れたもんじゃなかったよ」
「普通の牢屋生活だぞ、それ」
牢屋は性別で分けられていると聞いている。本人が言う通り寝不足気味のようだが、見たところ虫刺されや病気にかかっている様子はなく、これだけ近くにいてもそれらしい体臭もしない。そして何より、メッチャクチャ元気だ。
中世ヨーロッパチックな世界だが、彼女がいた牢獄の環境はそれなりに良いものなんだろう。噂は本当のようだ。
心配して無茶苦茶損した気分だった。
「とにかく、ムショ……じゃなかった、牢屋に戻れ。今ならまだ間に合う」
「うるさい!」
吐き捨てて走り出ろうとする少女に、俺は一言。
「ある盗人がいた」
「あ?」
少女は動きを止め、訝しげに振り返った。
「そいつは、別に悪い奴じゃなかった。旅人で、酷い嵐に巻き込まれて、気が付いたら見知らぬ土地の、見知らぬ優しい人の家で目が覚めた――――」
「――――そして、ついに旅人は悪魔を倒し、その国を守護していた聖獣を目覚めさせた。旅人は感謝されたが、彼は聖獣からもドロボウと呼ばれた。旅人はその国を去った。最後まで、思いを寄せられていた村娘から名前を呼ばれることなく、ドロボウと呼ばれたまま、二度と出会うこともなく……」
語り終え、顔を俯かせて鼻を啜らせる少女へ改めて声をかける。
「以上が、俺の故郷に伝わる三聖力伝説の一つだ。聖獣を生み出した神々の制約で、旅人は悔い改めても、悪魔を倒してどれだけ善行を積んでも、ドロボウと呼ばれ続けた」
「うん……」
「だが、お前はどうだ?」
「ぇ……?」
顔を上げた少女の目は充血し、潤んでいる。目尻に溜まった涙が頬を伝って流れた。
「今は確かに泥棒だ。これは変わらない。けれど、それを悔い改めて、償った後は? この地に、心を改めた者でもドロボウと呼ぶ呪いはあるのか? ないだろ?」
ないよな?
「……ぅん」
よしっ!
「だったら、牢屋に戻って、反省して償うんだ。その時には、少なくとも、俺はお前の事を泥棒呼ばわりしない」
「……。……でもよ、償ったとして、それからどうやって生きていけばいいんだよ? まさか、孤児院に行け、とか言うんじゃないよな?」
睨んでくるが、その質問は予想済みだ。
「お前の得意なことはなんだ?」
「……ねぇよ。親父から教わった盗みの技術くらいだ」
「それを、皆の役に立ててみる気はないか?」
「んなもん、どうやって役立てられるってんだよ……!」
「発想の転換だ。王都で、衛兵や冒険者の捕縛訓練があるのは知っているか?」
「あぁ。……ってまさか」
少女が目を見開くが、嫌悪感や怒りは浮かんでいない。
よしっ、頼むぜ!
「そのまさかだ。お前の技術を冒険者ギルドへ見せるんだ。お前の技術はどんなもんなんだ?」
「……スラムで、上から数えた方がいいくらいの腕だと、自負している」
「上等だ」
こいつ、滅茶苦茶凄い奴じゃないか。
思わず笑みが浮かんでしまう。
「……でも、ダメだった場合はどうするんだい?」
「受付で俺の名前を出してくれ。その時には、お前の道を一緒に考える」
「無責任だね」
「笑うんなら笑えよ」
けれど、俺は本気だぜ?
何せ、しばらく地球に戻られない事が確定しているからな。一週間かそこいらくらい時間をとられようが問題はない。居直ったともいう。
屈んで、少女と目線を合わせる。
「で、どうだ?」
目を逸らすことなく、真っ直ぐに見つめてやると、やがて不敵に笑った。
「わかったよ。私はティアってんだ。アンタは?」
「ハルキだ」
これでいいだろう。
立ち上がって振り返ると、衛兵が立っていた。俺たちの話が終わるのを待ってくれていた……ってなんか周囲に人だかりができているんだが?! 鼻をすすったり、泣いたりしている人がいるけど、もしかしてさっきのネタ話を聞いて感動したのか。
まぁ、いいや。娯楽の一つを提供できたと考えよう。
「じゃあな」
「おう」
おとなしくティアが歩み寄ると、衛兵は乱暴に振る舞うことなく、彼女に同情するような雰囲気で迎えていた。悪い人じゃなさそうだ。
「ご協力、ありがとうございます」
「いえ。お勤め、ご苦労様です」
衛兵と社交辞令を交わした後、彼女の姿が見えなくなるまでその場で見送った。
お読みいただきありがとうございます。
ティアは第一章4-7(第22部)の最初あたりにチョロッとだけ出ています。
(あ、ちょうど今回の7-4と逆ですね。)




