5-1 サキュバス幼女一行とクッコロさん 残るは、お主たちだ
滅茶苦茶お待たせいたしました。
リアさんが、破壊神か……。
その瞬間、脳裏に浮かんだ言葉に、思わず納得してしまった。
あぁ、これは……テンプレって奴だ、と。
街中で魅力的な美女と出会う。彼女は俺の能力に気が付き、それについて注意してくれて、仲良くなって、お茶を飲みながら談笑した。
たったそれだけで、もしかしたらまた会うことがあるかもしれない。それくらいの認識だった。
だが、これはテンプレートの一種だ。
物語で、主人公やヒロインが、意味深な言動を取る人物と出会い、後に再会すると相手は敵であれ味方であれ、何かしらの重要な役割を持っているのだ。
俺の場合は、それがリアさんだったと言う訳だ。
冗談にもほどがあると言いたいところだが、嬉しいやら悲しいやら、現実だ。
リアさんこそが、旅の破壊神だった。
だから俺は思わずその場に崩れかけ、何とかとどまることに成功した。
「晴樹?!」
心配したメイプルが声を上げるが、問題ない。
何せ、脱力した原因は安心したからに他ならないからだった。
「よ、よかったぁぁぁぁぁぁぁぁ…………」
「……はぁ?」
メイプルが怪訝な声と表情で覗き込んできた。
とりあえず、降りてもらおう。
「メイプル、ちょっと降りてくれないか。彼女と話がしたい」
「はぁぁ?! アンタ、ヴァーヴァリアスと知り合いなの?!」
「後で全部話すから」
そう言うと、メイプルは俺とリアさんを交互に見てから、しぶしぶと言った様子で降りてくれた。
「ハルキ?」
「おいハルキ君、何をしているんだ?」
「ここは晴樹に任せてみましょ」
エルナとセイジュさんが俺を引き戻そうとするのを、メイプルが手で制した。
俺は隠蔽魔法を解除して、リアさんと数メートルの距離を置いて向かい合った。
「昼間ぶりだな、ハルキ」
「どうも、リアさん」
「やはり、お主が勇者だったか」
「いやいや、勇者じゃないですって。リアさんもそう言っていたでしょ」
思わず苦笑いが漏れると、リアさんは片眉を上げ、不敵に笑い返してきた。
「そうは言ったが、その力、普通の魔法使いや冒険者とはレベルが違い過ぎる。それに……」
「それに?」
「お主、何か神器を持っているだろう?」
「っ!」
流石は神様。収納魔法の中のタスラムの存在を見抜くとは。
でもそれ、俺と二人きりの時に言ってほしかったよ。ほらぁ、後ろの三人がびっくりしているし、メイプルなんて「ん゛?!」って感じのオーラを出してるしさぁ。
まぁそれは置いておこう。
「その神器は神から貸与されたものだろう? ふむ、気に入られているようだ」
神?
これを俺にくれたのは大食いっていう棍棒を持った無敵巨人なんだが……ん? 何かひっかかったぞ。
「まぁよい。重要なのは、お主が勇者かそれに匹敵する役割を持っている、ということだ」
「勇者じゃなくて、誘拐被害者です」
「謙遜するな。まだまだ未熟だが、近いうちに先代勇者に匹敵する実力を手に入れられるだろうて」
やめてくれリアさん、俺勇者じゃなくて一般人だから。日本に戻るためにちょっと強くなって旅をしているだけだから。
「まぁ、その話はこれくらいにしておこう。山に入ってきたのは何故だ?」
「リアさんが、ここで何をしているのかを調べに来たんです」
ギルドから調査を依頼されたこと、リアさんの行動がわからず皆が不安を抱いていることを伝えると、リアさんは顎に指を添えて頷いた。
「安心せよ、誰か何処かへ復讐しようとか、何かしら怒りを抱えているだとか、そう言った事は一切ない」
「そうですか」
エルナたちがため息をついて、胸を撫で下ろしたのがわかる。懸念していた破壊神の怒りではなかったのだから。
「すみません。俺たちも姿を消して近づいてしまって……」
「いや、お主たちは当然の事をしたまで。覗き見られるのは好きではないが、今回は皆を不安にさせてしまったようだし。それにお主との仲だ。気にすることはない」
「ありがとうございます」
よかった、これ以上の大騒動になる事なく問題が解決した。
振り返ると、メイプルたちがよくやったと頷いてくれた。
しかし、ふと疑問に思ったことがあったので、それとなく聞いておこう。報告には必要になるだろうし、もしリアさんの不利になるようなことであればその時は俺たちの胸の内にしまっておくだけだ。
「ところで、失礼ですが、リアさんはここで何をしていたんですか?」
「あぁ、そうだな。教えてもいいが、一つ、私の頼みを聞いてはくれないだろうか」
「えぇと……内容によりますが」
「よいよい、簡単な事だ」
こういう場合の簡単な事って、大概は発言者にとっては朝飯前のことでも、頼まれた側にとっては難しい内容だったりするんだよな。
まぁいいや。
神様の依頼なんて滅多に受けられるもんじゃない。
メイプルたちは少し警戒しているが内容を聞こうと耳を傾けているし、俺も続きを促した。
「実はな、私がここで神気を発していたのは、ハルキ、お主を待っていたのだ」
「……え?」
俺を待っていた……?
「何、時間は取らせん。すぐに街に戻れる」
いや、それ中々戻れないパターンの持って行き方ですよね?
内心で身構える俺に、リアさんはこう告げた。
「少しばかり、戦ってはもらえないか?」
その瞬間、半ば無意識にシールドを展開していた。
そして、エルナとセイジュさんが俺の真横からそれぞれシールド魔法付きの盾と、魔法剣と化した愛剣で守ろうとしてくれていた。
しかし、放たれる威圧と、シールドがひび割れる音を聞いて、全身に寒気が走る。
「ちぃっ!」
すぐさま三人同時に後方へ下がって目にしたのは、粉々に砕け散った二枚のシールド魔法の前で、リアさんが拳を突きだしている姿だった。
「ふむ、咄嗟に放ったにしては見事な出来合えだ」
「いきなり何するんですか!?」
「見ての通りだ」
リアさんが拳を解いて指を弾くと、周囲の景色が垂れ幕のように揺らいで収まった。
それを見たメイプルが強張った声で、
「退路を断たれたわ。ついでに、ステルスも剥がされたみたい」
「は?!」
見ると、本当にメイプルの隠蔽魔法が解けていた。エルナとセイジュさんの姿も見えている。
破壊神は、どうやら相手の魔法効果も破壊できるらしい。なんじゃそりゃ。
「結界か……メイプル君、脱出はできそうか?」
柄を掴んでいつでも抜剣できるようにしたセイジュさんの質問に、
「無理ね……ははっ、はははは」
メイプルが突然大笑いし始めた。
ダンジョンで重量センサを見つけた時とは違って、少し空虚さが混じっている。
「何があったんだ?」
「晴樹、当たりよ……大当たりよこいつはぁ!!」
そして嬉しそうに声を張り上げた。
その間に、リアさんがもう一度指を弾くと、彼女の体が薄く発光し始めた。
本当に神様みたいだし、綺麗だな、と思っていたが、セイジュさんたちの警戒心は高まっていた。
「空間がね、捻じ曲げられている訳でもないのに……何かおかしくなっちゃっているのよ。空間跳躍系の魔法は全部無効化されるわ。携帯とかスマホが圏外になっている、みたいにね」
「凄い事はわかるんだが、この世界においてどれくらいの凄さなんだ?」
「神様以外が使ったら間違いなく全魔力消費によるショック死する上に、下手したら空間の歪みに巻き込まれてミンチより酷い事になるかもしれない、ってクラスね」
「つまり、絶対に逃がさないってことか……」
OK、結界に触れないように最大限注意しよう。
「まぁ、戦闘になることも予想はできていたし、これはいずれやってくる系の強制イベントって考えればいいわ」
「そんなイベントまっぴら御免だ」
「私だって避けたいわね。けれど、負けが決まった訳じゃないわ。諦めたらそこで試合は終了でしょ?」
「……試合じゃなくて人生が終了しそうだけどな」
エルナとセイジュさんは……あぁ、戦う気満々ですね。
セイジュさんは上級冒険者としての意地があるんだろうが、エルナが怯えを表にちっとも出していないことが、滅茶苦茶失礼な話、意外だった。
「エルナ?」
「言ったでしょ。私はハルキとメイプルと一緒に旅をするの。それに、破壊神と戦うなんて、滅多にできないわ」
覚悟はできているってことか。
流石は冒険者。年下の女の子なのに、理不尽へ立ち向かおう(冒険しよう)としている。
神様相手でも一向に退かない勇気に敬意を表した。
「我々は冒険者。依頼を受けた瞬間から、死ぬ覚悟はできている。こうして破壊神と真正面から、それも勇者と共に戦えるんだ。光栄と思うことはあっても、恨みも憎みもしない。終わったら、君に言いたいことはたくさんあるがな」
「勇者じゃないんですよ」
セイジュさんもこれまた照れくさくて、それでいて死亡フラグにつながりかねない台詞だったが、不思議と怖くはなかった。とりあえず終わったら全力で言い逃れしよう。
メイプルが補助を魔法を全員にかけたところで、ずっと待っていてくれたリアさんへ向き直った。
「リアさん」
「何だ?」
「俺たちと戦う理由は何ですか?」
「お主たちが勇者とその仲間だからだ。私は、お前たちと戦わなければならない」
話しが通じない。本当に交渉の余地はないようだ。
それにしても、自分や仲間の命がかかっているっていうのに、今回は随分と心に余裕がある。
どうして、何でだよリアさんと思う部分はあるが、彼女をどうにかしてやろうという気持ちはない。
それに気が付けば、何か暖かな存在が俺を包んでいた。
そうか、タスラム、お前か。
タスラムの穏やかな光が心を静めてくれているようだ。
「メイプル、もしもの時はエルナとセイジュさんを連れて逃げてくれ」
「どうやって?」
「いざとなったら、タスラムをお前に渡す」
「わかったわ。終わったら本当に全部吐いてもらうからね?」
頷き、俺とメイプルも構えた。
「うむ。さぁ、始めるとしようか」
リアさんと俺たちは静かに見詰め合う。
微かに山の向こうから洩れていた光が消え、夜が訪れた、その瞬間。
リアさんの目が見開かれた。
「ッ!!」
甲高い金属音が聞こえ、灼熱色のオーロラのようなものをエルナが剣で弾いていた。
その隙に、俺はメイプルと共に聖域魔法を展開する。大食いの動きも封じたこの力は、しかし、リアさんの振るった拳によって弾き返された。
神様相手に聖域は相性が悪かったか。
だが、その隙にセイジュさんはリアさんの側面、その死角へ回り込んで剣を振るっていた。
音もなく、掛け声もない、薄く煌めいた刃の魔法剣の一撃がリアさんの脇腹へと吸い込まれるように打ち込まれるが、表面の淡い光によって刀身が砕け散った。
「?!」
「良い一撃だ」
リアさんは一瞥もくれずにそう告げると、離脱しようとするセイジュさんの手を掴んだ。そして、俺が駆け寄り、メイプルがチェーンを使う前に、セイジュさんはリアさんの背後にあった岩室の壁に叩きつけられていた。
「カハ……ッ!?」
かすれた息を吐いたセイジュさんが崩れ落ちるが、膝を着いて耐えた。身体強化や付与魔法が功を奏したのだろう、内臓にダメージはいっていないようだ。
目端でセイジュさんの様子を捉えながら、メイプルのチェーンを腕に巻き付けたリアさんの四方をシールド魔法で囲い込んだ。
エルナがそこへシールドバッシュを叩き込む。破城槌のような衝撃がシールド魔法を通じて内側へ襲い掛かる、はずだった。
「無駄だ」
次の瞬間、シールド魔法が一斉に砕け散るだけでなく、俺たちも吹き飛ばされた。全身に強い痛みを覚えるが、背中のメイプルを庇うようにして受け身を取るだけの余裕はあった。
引っくり返る視界の中で一瞬だけ目にしたのは、吹き飛ばされる途中のエルナの真横を通り過ぎたリアさんの姿だった。
背筋に再び怖気が走った。
着地して顔を上げるのと、エルナが崩れ落ちるのは、同じタイミングだった。
彼女の少し離れたところに、エルナの愛盾が握るリアさんが立っていた。盾はその場に落とされ、地面に突き刺さった。
「よい盾だ」
つぶやいたリアさんの背後で、魔法を撃とうとしていたセイジュさんが赤いオーラに打ち据えられ、今度こそ俯せに倒れた。
パーティーの半壊は、一瞬のことだった。
手を軽く振ってチェーンを砕き解いたリアさんは俺たちへと向き直った。
「残るは、お主たちだ」
パーティー半壊。




