1-3 サキュバスとエロ漫画野郎と冒険者 やはり勇者だったか
本当に長らくお待たせいたしました。
夕暮れのラベル支部訓練場のど真ん中で、幾多の冒険者たちが死屍累々の体で倒れている、異様な光景が広がっている。
上級、中級冒険者たちが、為す術もなく一瞬にして全滅したのだ。皆、一様に安らかな顔をしている。
その中央にいる俺は、この惨状を作り出した己の手を見下ろした。凄まじい事を起こした気配などまるでない、傷の少ないすべすべとした掌だ。
その数歩手前で、支部長の友人だと紹介された受付嬢さんが一人倒れている。
二十代後半で、凛々しい雰囲気の美人だが、今は制服の上から練習用の皮鎧を纏っている。気を失いながらも握りしめられた刺突剣は、実戦の雰囲気が出るからと支部長がわざと彼女に指定した武器だ。
そして、彼女は元上級冒険者なんだそうだ。あはは、ワロス。
まともな防御部分が皮鎧の胸当てくらいしかない俺に、何と殺意満載のチョイスか、と戦慄していたのもついぞ数十秒前の事。
今では、あどけない少女のような寝顔を晒している受付嬢さんが、なんだか可愛いなぁとか考えて現実逃避している最中だ。
離れて見ていたセイジュさんと支部長が息を呑んでいる隣で、メイプルが影の入った無駄にシリアスな顔で、エルナは無表情で静かに佇んでいる。
俺も、本当にどうしていいかわからない。
まさか、これほど威力のある魔法だとは思っていなかった。いくら自動で改良されるとはいえ、まさか、こんなことに……。
「これが……勇者の力……」
「まるで上級魔族の放つ魔法のようだわ」
やっと口を開いたセイジュさんと支部長がそう零すが、これはそんな大げさなものじゃない。そしてしつこいようだが、俺は勇者じゃねぇ。
「これ、スリープなんですが……」
スリープとは?
読んで字の如く、眠りに誘う、または相手を操るための魔法だ。
初級催眠魔法で、大抵の場合は対象者を眠りから簡単に起こすことができ、威力としてはそこまで高くはない。しかし、瞬時に相手を眠りに誘う魔法は意外と難しいらしいので、これを使える魔法使いは重宝されるらしい。一瞬でも隙ができれば攻撃も逃走も自由にできるからな。
逆に言えば、ゲームや漫画みたいに使用者が多いとそれだけ犯罪や事件が起こる可能性もあるわけで、世の中上手い事できてるなぁと感心するばかりだ。
そう言う訳で、俺の放ったスリープが現状を作り出したのだ。
開始早々に殺気をぶつけてくる冒険者が一人いたもので、思わず非殺傷かつ効果がありそうなものを適当に放ったのだが、予想以上かつ凄まじい結果を生んでしまった。
メイプル曰く、「起きている生物を眠らせるのって、簡単なようでいて難しいんだぜっ!」とのこと。ちなみにこの魔法を教えてくれたのは彼女だ。というか、サキュバスは催眠系魔法が超得意な魔族だ。
何が難しんだぜっ、なのか。サキュバスにとって催眠魔法からのR指定コンボの流れは十八番だろうが。十八禁だけに。
「審議中」
「うるせぇ」
んで、そんな貴重な催眠魔法(改良型)を使用した、俺に対するセイジュさんのコメントはというと、
「こんなスリープがあるかッ!」
昨晩のメイプルの如き怒声をもらった。解せぬ。
その間にも俺の横を素通りして、件の受付嬢さんの傍に屈んだ支部長がその肩をそっと揺らす。
「ネイト、起きなさいネイト」
「すぅ、すぅ……レリックぅ、けっこんおめれとぉ……」
「何年前の話をしているのよ……」
支部長は、幸せそうな顔で寝言をつぶやく件の受付嬢さんから俺へと視線を移し、
「どう見ても上級催眠魔法よ、これ」
報告を受けた時より、明らかに動揺していた。上級冒険者でも予想外な出来事だったようだ。うん、俺も予想外だったし、うん……うん。
だとしても俺は抵抗させてもらう。
「初級催眠魔法なんですが……」
「こんなスリープがあったらたまらないわよ……」
全然信じてもらえなかった。よく考えなくても、当たり前の話だった。逆の立場なら、俺もそう言うと思う。
メイプルと、三日間で常識をぶち壊し尽くされたエルナだけが、俺の言葉に頷いてくれるが……エルナ、どうしてそんなに遠い目をしているんだ。
ダンジョンで俺たちの行動を見ていたおかげか、すでに冷静さを取り戻したセイジュさんが、額を指で揉みほぐす支部長へ振り返る。
「……それで、支部長、彼の力の方は信じてもらえたか?」
「えぇ、嫌と言うほど理解したわ……報告以上の力ね……」
支部長の顔は凛々しいものなのに、目に浮かぶ環状は諦観に溢れ、視線はどこか遠くへ向けられていた。修羅場を潜り抜けてきた上級冒険者でも現実逃避したくなるような事態というのは、転移・転生系あるあるだが……やはり実際見ていると、何と言うかこう、少し不憫だった。
それから、眠っていた受付嬢さんや冒険者たちを起こし、今回の一件は終了となった。冒険者たちは、このギルドの職員たちなので、俺の事を不必要にしゃべることはないそうだ。
転移初日にエルナから聞かされていたが、口が堅いというのは信じていいのかもしれない。
肩を叩いてくれたり、畏怖や嫉妬、驚愕の視線を投げかけてくる職員たちへ軽く手を振って見送っていると、セイジュさんが支部長と一緒に歩み寄ってきた。
「やはり勇者だったか、ハルキ君」
「だから、勇者じゃないんですってば」
俺はちょっと不思議な力を授かっただけの一般人だよ。そもそも勇者ってなんだよ、勇気で偉業を成し遂げる奴が勇者だろう。たかだか初級催眠魔法使って認定されるってどんな存在だよ勇者ッ!
あれ、ゆうしゃってなんだっけ……。
ゲシュタルト崩壊を起こし、どんよりとする俺を慰めてくれるのは、さっきから気持ち悪いくらいに幼女めいた言動をしているメイプルだ。他の職員たちがまだ訓練場にいる手前、妹モードであるカエデちゃんを維持したままだが、時期に本性を現すだろう。
「おにーちゃん、げんきだして♪ ゆうしゃだったとしても、おにーちゃんはおにーちゃんだから♪」
「全然フォローになってねぇ……」
「げんきばくはつ! ぜったいむてき! ぼくらのゆうしゃおにーちゃんだよっ!」
「最後以外別系列!!」
とりあえず、俺の力試しに関してはこれで終了とあいなったのだった。
メイプル「じゃあ、究極焼n」
晴樹「勇者全然関係ねぇ!!?」
エルナ「二人ともー、そろそろ次の準備をお願いできるかな?」




