1-1 サキュバスとエロ漫画野郎と冒険者 グッバイ、お嬢さん
古今東西あらゆる物語で、出会ったばかりの男女がすぐさま恋に落ちる話は多い。
別にそれが悪いとは言わないし、一目ぼれという言葉もあるくらいだから、蚊帳の外から見聞きする分には羨ましくもあり、微笑ましくもある。
エロ漫画ではそのさらに一歩先へ早々に踏み込んでいるシチュエーションも多いが、まぁそういうもんだから問題ない。フィクションだし。
では、現実で我が身に降りかかる事としたらどうか?
彼女いない歴=数年の成人男性が、故郷からあらゆる意味で異郷の地で美少女や美女と出会っていくのだが、その中で最初期に知り合った少女が一途というか、滅茶苦茶熱心に追いかけて来るのだ。
男性なら一度は憧れるような話だが、果たしてその実態は恋心だとかロマンチックだとか素敵なものでは断じてない。
例えそれが、とても愛らしい妖精の美少女であったとしても、だ。
「ダァァァァリィィィィィィン!!!」
森の方から聞こえてきた可愛らしい声の主が、俺を追いかけて爆走している。
十代半ばから後半に見える、スタイル抜群の美少女。その服装は子どもサイズの服を無理やり着たようなあらゆる意味で危ういもので、見えそうで見えないし、どことは言わないがものすごく揺れているのに、不思議とエロさを感じない。
彼女は妖精の一種で、詳細は省くが、出会った瞬間から俺の貞操を狙っている要注意人物だ。
その執念たるや、異世界人たちも驚く、身体強化付き超隠蔽魔法サイレント・ムーヴを使用した俺を察知するほどで、ヤンデレ属性という言葉が脳裏を掠めた。
ついさっきまでダンジョン最深部にて、大食いと呼ばれた無敵巨人と死闘を繰り広げていたのだが、その時とはまた違うベクトルの恐怖を覚えた。ぶっちゃけ、今の方がよっぽど怖ろしい。
何が怖いって、この世界でも上位の存在であるダンジョンマスターすら存在を探知できなかった俺を、理屈なしで探し当てられるってところがこの世界に来て一番怖いッ!!
「モテ期おめっ」
「こんなモテ期あるかい!」
俺の左肩に肘をついて、マスコットキャラよろしく浮かんでいるサキュバス幼女メイプルが茶化してきた。
二度あることは三度ある。ダンジョンへの道すがらも追いかけられ、その際メイプルがそう言っていたのだ。本当なら、今頃王都を目指して街道を延々と走り続けていたはずなのだが、ダンジョンで色々あり、こうして今朝来た道を戻っているせいで、三度目のご対面が実現化してしまった。
しかし、戻るとなった時から、こうなることも最悪の展開として予測していたことだ。
「メイプル、予定通り頼む!」
「任せなさい! バ○ス!!」
背後で輝く閃光の一部が視界の端っこに見える。名称はメイプルが面白がって叫んでいるだけで、実際は痛いほどに眩しい光を放つだけの魔法フラッシュだ。
朝はこれで撃退したのだが、今回聞こえてきたのは目つぶしによる悲鳴ではなく、勝利宣言の高らかな笑い声だった。
「その魔法はもう通用しないわ!」
「何っ?!」
思わず振り返ると、薄黒い球体をバリアよろしく纏った変態妖精の勝ち誇る姿が見えた。
「あはははは、メイプルが前に教えてくれたのよねぇ! 日食を観賞するならこうすればいいって!」
「へぇ、そーなのかー」
「えぇ、そーなのよー」
俺の八つ当たり気味の一言に、メイプルが明後日の方角に顔を背けて応えた。こっちを見ろよ。
「植物の妖精だと思ってたけれど、あんな魔法も使えるの?!」
そう戦慄するのは、メイプルを挟んで左隣を走る冒険者の少女エルナだ。たまに振り返って背後に魔法を飛ばしているが、変態には全く通用していないらしく、相変わらず余裕の笑い声が聞こえてくる。
「流石は魔術師殺しってところかしら。あの闇バリア、魔法防御にも使えるように改良したみたいね」
「普通の妖精が使える魔法のレベルを超えているじゃない!!」
悲鳴染みた文句をエルナが口にしている間にも、変態妖精は着々と俺たちとの距離を詰めてきている。
俺たちは全員身体強化を使っているため、常人とは比べ物にならない速度で走っているのだが、変態もそれに負けず劣らずの勢いで追いかけてきている。
というか、奴の追跡速度が少しずつ上がっていないか?
「風魔法で追い風を作っているみたいね」
「ご明察、そして追撃よ!」
メイプルの考察を称賛した変態の掛け声と共に、俺たちの前方に突如として蔦や根っこの群れが出現し、壁を形成し始めた。二日前にも使用してきたものだが、その時跳躍した俺のジャンプでは乗り越えられないように高さが増していた。
と、足元で何かが燃え、消えるような音が一瞬聞こえたので何かと見れば、俺たちの足を絡めようとする蔦や草が燃えては鎮火していく光景が延々と続いていた。
「アンタたちは前だけ見てなさい」
メイプルが奴の攻撃を防いでくれていた。しかも、しっかりと鎮火して周囲に影響がでないようにも配慮している。凄い幼女だ。
ところで、以前なら森からある程度離れたら諦めていたのだが、今回はやけに粘っている。
「アイツ、ラベルまで追いかけて来るつもりかよ!」
「それはないわね。とりあえず、アレを超えるわよ!」
「無駄よ! そして私は限界地点までにダーリンをゲットしてみせるっ!!」
「その情熱をもっと有意義なことに向けてくれねぇかな本当!!」
その根性が凄いし、ちょっとだけ見直した部分もあるが、奴にゲットされればその後はR指定まっしぐらのリアルなのに夢のような生活を強いられることになるため、素直に賞賛できない。
しかし、限界地点の存在が判明したのはありがたい。ならば、後はあの馬鹿でかい壁を突破すればいいだけだ。
「エルナ、俺にしっかり掴まってくれ!」
「え? わかった!」
驚きながらも躊躇せずにエルナが俺の腕を掴んだのを確認して、準備完了。メイプルにも同じように強く捕まるように言うと、ほほぅと半眼になって口元を釣り上げた。
「まさか晴樹、アレをやるつもり?」
「おう、アレしかねぇだろ」
「アレ?」
エルナが首を傾げるが、きっと驚くだろう。
目の前には、高さ五十メートルはありそうな植物百パーセントの壁が完成して、行く手を完全に塞ぎ、後方には勝利を確信した変態がラストスパートをかけてきている。
「ダーリン、ゲットよぉ!」
「もっといい人見つけてくれ! チェーン!」
俺の叫び声と共に、掌から魔法の鎖が飛び出し、先端が壁の上部付近に突き刺さる。すぐさま鎖の根元を軽く掴み、何度か引っ張って先端が壁から外れない事を確認し、いざ、ショータイム!!
「ご、ま、だ、れぇぇぇぇっ!」
「きゃっ?!」
鎖を手元に引き寄せるイメージを浮かべると、しっかりと先端が突き刺さったために、逆に引っ張られる形で俺たちは宙へと跳び、あっという間に壁の上部付近にたどり着いた。
「なんですって?!」
流石の変態妖精もこれは予想外だったようだ。
彼女が動揺している間に、俺は魔法で強化された脚力で、注連縄のように太く縒り合わさった蔦の壁面を蹴りぬいて、そのまま一気に壁の頂上を飛び越えた。
この前よりも高い視界に、地平線の向こうまで続く異世界の風景が飛び込んでくる。その中にラベルの城壁と市街地、またそのさらにずっとずっと向こうに城壁が小さく見えた。
その時、耳元で聞きなれた携帯の作動音が聞こえてきた。メイプルがまたもやカメラを使ったみたいだが、グッジョブと言っておこう。
「ふわぁ……」
エルナの小さな吐息が聞こえてきたが、すぐさま落下の風音に掻き消された。
「あいきゃんふらぁぁぁい!!」
風魔法を使って落下の速度を緩め、着地に備えようとしたところで、背後からの殺気に気付いた。
「二人とも、もっとしっかり掴まってくれ!!」
咄嗟に声をかけ、俺は風魔法を使って百八十度方向転換する。視界に入ってきた巨大壁のど真ん中を構成している蔦や根がざわめきながら開き、その向こうから闇バリアを解いた変態妖精が飛び出してきた。
本当に、恐るべき執念だった。
「ダァァァァリィィィィィンッ!!」
「お嬢さん、アンタの気持ちは嬉しいよ」
そう言うと、妖精はきょとんとした表情になり、殺気が和らいだ。
一瞬の隙に、俺はイメージした魔法を素早く発動する。目の前に巨大な魔法陣が展開され、それを見たメイプルとエルナが息を呑むのがわかった。
「でもな、俺、好きな人がいるんだ」
「ぇ……?」
「サヨナラっ!」
早口で一方的に告げ終わった直後、魔法陣から猛烈な風が噴き出し、俺たちと妖精を正反対の方向へと、猛烈な勢いで吹き飛ばした。
すぐさまシールド魔法で敵味方の身体へかかる悪影響を防ぎ、茫然としたまま小さくなっていく妖精の姿を見送る。
「グッバイ、お嬢さん」
あの子に、本当の運命の良き相手が見つかりますように。




