PR ハーフサキュバスと冒険者とラベルの人々 絶世の残念美女
第二章開始です。
それは気持ちのいい朝だった。
ここ、ラベルの街は今日も清々しい空気に溢れ、眩しくも煌びやかな朝日と共に目覚め、皆が各々の一日を過ごすために動き出そうとしていた。
冒険者ギルド・ラベル支部でも、早朝出勤の職員たちが営業準備を始める頃合いだ。一応、二十四時間営業とはなっているものの、深夜は夜間担当の受付と護衛役の冒険者がいるだけで、基本的には誰もいない。そのため、彼らはカードゲームや最近の噂話について語り合うなどして夜を過ごし、朝やってきた職員たちにたたき起こされて帰宅するのだ。
今週の担当である上級冒険者アニスは、寝落ちした夜間担当の女性職員をカウンター越しに見守りながら、果実酒が入ったカップに口を着ける。
職員は夜間担当でも職務中の飲酒は禁止となっているが、冒険者は酔わない程度に飲むことが許されている。
退屈極まりない仕事だし、忙しい中でやってもらうのだからせめて酒くらいは、という支部長の意向なのだが、副支部長によって安酒しか用意されていない。不満を口にする冒険者もいるが、ただで酒が飲めることには代わりないので、実はそこそこ楽しんでいる。
しかし、アニスは退屈極まりないと言われているこの仕事も、文句ひとつ言わずに請負っている。安酒一杯を手元に、職員の愚痴を聞いてあげてもいる。その面倒見の良さのせいか、それとも胸のもやもやを吐き出したおかげか、彼女と一緒になった夜間職員は翌週くらいまでは元気溌剌としているのだ。
ちなみに、同性同士でしかバディは組まれないため、男性職員は彼女へ人生相談なりできる女性職員たちを羨ましく思っているとかなんとか。
閑話休題。
アルコール分も抜けかけている酒をちびちび飲んでいると、ドア鈴を鳴らしながら入ってきた早朝出勤の職員たちに視線をスライドさせ、静かに一礼する。
彼らもアニスの姿を確認するとそれぞれ挨拶の言葉を投げかけ、それからカウンターに突っ伏している同僚へ視線を動かして、仕方ないとため息をつく。
アニスはカップに残っていた酒を飲みほし、夢の世界を満喫中の相方の肩をゆすった。
「それじゃあ、私は行くから」
「私も帰るぅ~」
アニスにそっと起こされた女性職員は、体を起こした時に滑り落ちたマントに気が付いて、慌てて拾い上げる。
「ありがとぅ、アニス」
「いい。それよりも早く帰らないと。彼氏さんとデートがあるんでしょ?」
「そう、そうなのよ。でも、後一時間は寝ないと……眠い」
「二時間は寝ていたけどね」
眠そうな徹夜仲間に肩を貸しながら、さて自分も帰って仮眠しようとギルドを後にしようとしたその時だった。
「お、一番乗りだぁ。ちょっと早かったかな?」
見知った顔の冒険者が入ってきて、のんきに首を傾げた。
皮鎧と、急所の部分だけ魔物の外殻を使った鎧で覆う軽装の少女は、ブルーの瞳で店内を見回し、アニスを見つけると手を大きく振ってきた。
「アニス、おっはよー!」
「おはよう、でも、もう少し静かにして」
肩を貸している職員を示すと、彼女は「おぉ、ごめんごめん」と片手をあげ、掲示板へとそそくさと移動する。
「さて、どのダンジョンにしようかなぁ~」
「こんな朝早くからダンジョンに行くの?」
「うん! 今なら撃破できそうな気がするんだぁ」
「今年でもう二つ撃破してるじゃない」
「ノンノン! ダンジョンが減ればそれだけ世界に平穏がやってくるんだよ。ダンジョンを管轄して資源扱いするなんて、いつ爆発するかもしれない爆弾を抱えているのと変わらないよ」
少なくとも、この国はダンジョンは危険物として速やかに調査が行われ、国や冒険者ギルドが多額の報酬を以て撃破の依頼を出す。
彼女の行動はこの国の方針に沿ってはいるが、本人は溢れる冒険心や好奇心で動いているようにしか見えないし、事実そうであった。
「それにココロだって言ってたじゃない! サーチ・アンド・バスターって!」
「聖女様はそんなこと言っていませんよ」
堪りかねたのか、交代の受付嬢が苦笑気味に口を出す。アニスも同意見だ。
ちなみに、それを言ったのはかの未踏地帯の一つへ挑んだ異国の勇者二人の、夫の方だ。後、バスターではなくデストロイである。
ダンジョンは魔物の一種という研究報告はあるものの、基本的に建築物扱いなので破壊でもいいのかもしれないが。
当の少女は突っ込みを無視して、掲示板からひっぺ剥がした一枚の依頼書をカウンターについた受付嬢に見せた。
「という訳で、今日の私はこの、タガネル・ダンジョンへと突撃するよ!」
「タガネル・ダンジョンですか。確か、二日前からセイジュさんが潜っていますね」
「なんと、セイジュさ、じゃなくてセイジュが?! よぉし、私も負けられないわ!!」
先に他の冒険者が受けている依頼を後から受けることは基本的にできないが、ダンジョンの探査や攻略ならば、条件付きで許可されることが多い。他の冒険者と鉢合わせても喧嘩しないとか、ドロップ品は必ず見つけた者がその所有権を持つから奪うな、などの常識的なものだが、これが破られた場合、最悪はギルドから追放され、牢屋へ物込まれる羽目になる。
意気込む少女は契約書に素早くサインをすると、両腰にぶら下げている得物―小型の折りたたまれた弩のような形をした鉄塊―を収める革製の収納を叩き、颯爽とギルドを飛び出していった。
「じゃっ、行ってくるから! ダンジョン三つ目の撃破という吉報を待て!!」
「行ってらっしゃい」
騒がしい少女を見送り、アニスはすでに二度寝を始めた友人職員を背負い直し、ギルドを今度こそ後にする。
「そう言えば、エルナ遅い……」
昨日朝早くに出掛けて行った親友が帰ってきていないことに気が付くが、あまり心配はしていない。
駆け出し冒険者として在籍しているが、彼女が今回引き受けた依頼なら、無暗に突っ込んだり、引き際を誤らなければ問題ない。そして彼女はその二つを犯さない。
ならば、調査が長引いているのだろう。
今回の対象は自分の従姉たちが住まう場所で、上級冒険者と言えど早々見つけることはできない。すなわちエルナは薬草を集めながら延々と入口を探し回っているに違いない。
そう結論付けると、さっさと友人職員を職員女子寮の部屋へと放り込み、颯爽と朝の街を抜けていく。
「うん、心配ない。あのあたりには魔物がいるけど、野盗はいない。魔物はいるけど、熊はあんまりいない。魔物はいるけど、虎はいない」
魔物、魔物とつぶやきながら広場を、朝市を抜け、門前までやってきた。
彼女の姿に気が付いた衛兵の一人が気さくに声をかけてきた。
「おはようございますアニスさん。どうかしましたか?」
「うん、ちょっとジョギングに行ってくる」
「え、でもアニスさん」
衛兵が何かを言おうとしていたが、アニスはすでに駆け出していた。
冷静沈着に見える彼女だが、その頭の中では親友との思い出がフラッシュバックしていた。つまり、あんまり周囲が見えていなかった。
「アニスさん、服! ジョギング用の服じゃないですってそれ!!」
衛兵たちの悲鳴染みた絶叫が後ろからかけられているが、アニスには届いていなかった。
それに、例え聞こえていたとしても彼女は特に何も思わないだろう。
アニス・レイグリッド。
上級冒険者で、ギルドマスターの愛弟子の一人でもある、ハーフサキュバスの絶世の美女。
故に、マントの下が若い男子鼻血ものの際どい服だったとしても、本人は恥ずかしくもなんともないのであった。
それに、必要とあれば、サキュバスの魔法で服装や装備はすぐに変えられるため、全く問題はなかった。
ラベルの街は、アニスにとって住みやすく、優しい街だった。だが同時に、彼女に関わる者たちは、マント下の危うい魅力にひきこまれそうになるのを防ぐため、屈強な精神力を有しなければならないという、厳しい修行を課せられているのである。
エルナはその魅了に引き込まれなかった稀有な存在で、アニスにとって彼女は公私で大切な存在だ。
ちなみに衛兵たちは特殊な訓練を積んでいるため、彼女の格好を見ても「あぁ、目の保養」、「アニスさん今日も綺麗だな」、「彼女が最近アニスさんに人生相談しているけど、俺の悪口言われてないかな」くらいの感想を抱くくらいである。
サキュバスに一々魅了されているようでは衛兵など務まらないのだが、アニスにとってはエルナほど大切な存在ではないため、そう言う意味では全く気にかけていないという、どうでもいい切ない事実があったりする。
その証拠に、衛兵との会話はすでにアニスの頭になく、地面を強く蹴って空へと浮かび、魔法で追い風を起こして鳥のように高くへ飛翔する。
どうか、姉さんたちがエルナを洞窟に引っ張り込んで魅了していませんように。
そう願いながら、アニスは早朝の街道上空を飛び抜けていった。
アニスさんがラベルを出たのと同時刻、街道では聖域+隠蔽魔法を使ったサキュバス幼女一行がラベルを目指して爆走していました。




