1-4 エロ漫画野郎とサキュバス幼女と冒険者
まぁわかっていた。
俺と会話している時、彼女はちゃんと日本語で話しかけてきてくれていた。口元としゃべっている言葉が完全に一致していたし。後、ネタの応酬。
「テンセイシャ? またわからない言葉を……」
「こっちの言葉で言うと『転生者』ね。もしくは前世記憶保持者、後は―」
「まさか、超越者?」
「そう。それ!」
何かそれっぽい単語が出てきた。文字通り受け取るなら、何かすごいことをやってのけるんだろうな。記憶とかイメージを頼りに、既存の概念をぶっ壊して周囲を驚かせるタイプか。
「……確かに、お話しで聞いたことがあるけれど、実際にそんな人は……いえ、魔物がいるなんて。他にもいるの?」
「私以外の転生者は知らないわ。でも、まぁいるんじゃないかしら。転生サキュバスに、こっちの転移者君がいるんだから」
「信じられない……」
エルナが俺たちをまじまじを見る。
俺だって実のところ、未だに信じたくはないが、現実は当の昔に受け入れた。
「話を戻すわ。あの洞窟にいたら、いずれはサキュバスとして生きていかなくちゃいけなくなる。さっきも言ったけど、絶対にそれは嫌。それに、折角の新しい人生ですもの。魔法も使えて空も飛べる。それで世界を旅して、色々と観て回れたら、きっと楽しいと思わない?」
これからの事を想像しているのか、楽しそうに笑うメイプルの年相応な雰囲気に、自然と笑みが浮かんでくる。
エルナも毒気を抜かれたらしく、小さく息を吐き、やれやれと肩を竦めた。冒険者だからだろう。彼女の気持ちと重なるところがあったのかもしれない。
「でも、それならどうしてあの洞窟を抜けだそうとしなかったのかしら?」
「決まってるじゃない。一人で出たら強い魔物とか人間に捕まっちゃうからよ! 子どものサキュバスの戦闘能力なんてたかが知れてるし」
「あの隠密性ならそうは捕まらないんじゃ……」
「晴樹君や。シーフとかアサシンって職業知ってるかい?」
「OK、把握した」
なるほど、それなら仕方がない。あいつらってそういうのに敏感そうだし。
ん、待てよ。この流れからすると、
「つまりこういうことか? 俺かエルナさんと一緒に旅をしたいと?」
「その通りでございます」
優雅に一礼するメイプル。こいつと俺の生まれた日本って同じなのかもしれない。
「けど、俺、戦闘能力は皆無だぞ。喧嘩だって中学生までに数えるほどしかやってないし、もしもの時に人をやれる自信はない」
一応、対素人であるならば切り札を持っているが、冒険者や山賊相手に通じる可能性は低い。防御魔法とか強化魔法なんて使われたら効かなくなるし、こちらがダメージを受ける。
そして何より、旅に必須のスキルをどれも持っていない。手持ちの道具とその辺の草木で水のろ過と火がおこせたらいい方だと思う。後は即席の弓矢が作れたら御の字。
「じゃあ、どこかの街で職に就いて、働きながら元の世界に戻る方法を探す?」
「それが一番建設的……だと思いたいがなぁ……」
しかし、そうなると元の世界へ戻れる確率はぐんっと低くなる。情報なんて最低限も集まるかどうか。こちらの経済や文化はまだわからないが、日々の生活を送っていくだけで手一杯になるだろう。そして、上手く生活が送れたところで、嫁さんをもらって、子どもができて、そのままこの世界に骨を埋めることになる。
それはそれで幸せなのかもしれないが、本当は自分の元居た世界に戻りたい。楽しさも辛さもひっくるめて、俺は故郷で生きていきたいのだ。
「眉間に皺寄ってるわよ」
メイプルの指摘を受けて眉間を指で揉んでいると、それまで黙っていたエルナが口を開いた。
「……二人とも、故郷に帰りたいんだね。何としてでも」
「何としてでも……まぁ、そうだな。何が何でも、という訳にはいかないけどさ。できることなら俺自身で方法を探せたらいいかなって。もちろん、簡単に情報が集まるならそれに越したことはないけど」
「右に同じく。まぁ、この子も私も、この世界で生きていくには戦闘能力が圧倒的に足りてないから、街で暮らしながらという線も考えないといけないかもしれないわね」
「ぐぬぬ」
俺とメイプルのやり取りを見て、エルナは少しだけ考える素振りを見せる。
「さっき、ハルキは、メイプルと一緒に旅をするなら、自分か私って言ったわね」
「ああ」
「俺たち、じゃないのね」
「当たり前だろ。命を助けてもらったのに、二人分のお守りをしながら旅なんてお願いできるかよ」
何を言っているんだよこの子は。そんな熱血冒険漫画みたいな超展開があったら苦労せんよ。
できれば、彼女が一緒に着いてきてくれたら、と思うところはある。
出会っていきなりだが、彼女のことは信用できると思った。もしかしたら裏の顔があるのかもしれないが、それを言ったらわざわざ自分が襲われるかもしれない状況下で、俺をサキュバスの群れから救うことはしない……こともないか。ええい、ジレンマが俺を苦しめる。
それに、彼女はメイプルがサキュバスだと知っても、どうにかこうにか受け入れようとしてくれている節がある。サキュバスと人のハーフがいると言うことは、他の魔物よりは近しい存在なのかもしれないが、野生に生きる彼女の言葉を聞いて受け入れるというのは、きっと俺が想像するよりも難しいことだと思う。
そして、少し前の会話で出た、俺に似た顔立ちの人物を知っている事だ。どこまで情報を持っているかはわからないが、エルナと一緒に行けば、もしかしたらその人物に出会えるかもしれないという、閃き、直感に似た何かが胸と頭を掠める。
何とも自分に都合のいい考えだが、今俺たちが頼れるのは目の前の彼女しかいない。この先の街か村で、全く見ず知らずの冒険者や誰かを頼るのは難しいだろう。
決めつけじゃない。エルナやメイプルを見ていると、何となく想像がつく。
ここは多分、現代海外よりも中世ヨーロッパ寄りで、それ以上に大変な場所なのだと。
エルナは冒険者だ。ボランティア活動でないことは明白で、命を懸けている。当然、依頼料がいるだろう。街で持ち物を換金してもらうことも考えたが、いつ終わるともしれない旅の護衛をしてもらうほどのお金は入らないだろうし、何より彼女の自由が長時間にわたって束縛される。
それに、こんなどこの誰とも知れない男や魔物と一緒に旅をするのは嫌だろう。
だから、俺はお願いできないと言った。こうすれば、冒険者であるエルナも、当事者がそう言っているんだからと引くはず―
「……ハルキは、地面の上でも寝られる?」
「へ? まぁ、そりゃ……寝られる、と思う」
覚悟を決めようとしていたところへの突然の質問だったが、イメージして、まぁできんことはないか、と答える。布団の上で寝るのは最高だが、ないならそれに適応していくしかない。早く元の世界に戻ってお布団被りたい。
「メイプルはどうかしら?」
「問題ないわよ。キャンプなんて楽しそうじゃない!」
「……わかった」
エルナは頷くと、俺たちを見据える。
「最後に、メイプルはハルキと一緒でも平気?」
「問題ないわよ。私みたいな年頃の子に手を出すようなド外道じゃなさそうだし」
「当たり前だろうが」
俺だって好きな人としか添い遂げたくねぇよ。っていうか、メイプルに手を出すようならそいつは敵だ。
女、子どもを傷つける外道倒すべし、慈悲はない。
魔物であっても同じで、子どもは子どもだ。
っていうか、この流れはもしかして……。
「エルナさん」
「エルナでいいわよ。私もハルキって呼んでるし」
「じゃあ、エルナ。アンタ、まさか俺たちと一緒に旅してくれるのか?」
信じられないとエルナを見ると、何故かメイプルも一緒になって苦笑された。
「本当なら、救難者を助けたら、街のギルドまで送ればそれで終わりなんだけれどね」
「だったらどうして」
「話は最後まで聞く。……なんといえばいいのかな。私も冒険者ってことよ」
「はぁ?」
わかるような、わからないような。やっぱりわからん。
「真偽のほどはいいとして、自称生まれ変わりのサキュバスに、別世界? の人間が目の前にいるのよ。元の世界に戻りたいってことは、それを探すために色々な場所を見て回るってことじゃない」
「自称じゃなくて紛れもない本物よ!」
「落ち着けメイプル。まぁ、そうなるだろうな」
「でしょ? いつもだったら、拠点にしている街の周辺か、護衛の依頼にしたって隣国に行くくらい。それでも見ず知らずの場所へ出かけられるけど、貴方たちの旅はいくつもの国、いえ、迷宮や遺跡を巡ることになるかもしれない」
確かに、異世界転移ものなら、迷宮や遺跡に元の世界へ戻るためのきっかけやキーワードが眠っていることはままある。
そして、国を超えて、時には海を超えることすらも。
だが、お荷物の俺たちを抱えて行けないだろう、絶対に。
「もちろん、二人にはそれなりに動けるように鍛えてもらう。でも、ハルキは色々と目立つし、メイプルは魔物だから、正体がばれる訳にはいかない」
「え、じゃあ、例えば冒険者のギルドがあったとして、そこで鍛えてもらう訳にはいかないと?」
「そう言うことね。訳ありということでマスターに掛け合ってみるのもいいけれど、多分メイプルの正体は看破されちゃうわ。ハルキも、下手したら別世界の出身ってばれたら、何かしら弊害が出るかもしれない」
「じゃあ、どうやって俺たちを鍛えるつもりなんだ?」
「そうね。当面は私が鍛えるわ」
「……いいのか?」
彼女の腕前を心配している訳ではない。
この子の生活などもある中で、俺たちの長旅に付き添ってくれる上に、教育までしてもらえるというこれ以上ない最高の待遇。こちらに都合が良すぎて、彼女へのメリットはいつもよりも遠い場所へと旅をできるかもしれない、という点のみ。
どうしてそこまでしてくれるのか、という疑問も兼ねて聞いてみるが、彼女の答えはシンプルだった。
「私がしたいから、それでいいのよ」
惚れそうになるくらいかっこよかった。何という男前……いや、漢前なのだろうか。可愛い女の子だけど。
胸の高鳴りを抑え、俺は彼女に頭を下げる。
「ありがとう、これからよろしくお願いします」
「お願いします」
視線を横へ向ければ、メイプルもしっかりと頭を下げていた。表情は真剣そのものだった。
「わかったから、二人とも頭をあげて!」
顔を上げると、呆れているのか照れているのか、それとも両方なのか。とにかく苦笑しながら困ったようにエルナは頬を掻いていた。
「頭を下げてお礼を言う魔物なんて初めて見た。本当に人の生まれ変わりっぽいわね、メイプルは」
「ぽいんじゃなくて、ちゃんと前世は人だったわよ。何度も言わせないで欲しいわ!」
「ごめんごめん」
最初は警戒心満載だったが、もうそこそこに仲良くなっている二人に、俺は心が温かくなった。危機的状況を一応脱出できそうだから、余計事かもしれない。
「とりあえず、まずは街へ戻って依頼を完遂させるわ」
「あぁ、もちろんだ」
見るからにあんまり人が通らなさそうな場所へ、しかも森の中へと入ってきたと言うことは、サキュバス関連で依頼があったんだろう。その依頼があったからこそ、俺は助かった。依頼主には感謝したい。
なんて感動していたら、メイプルが小首を傾げてエルナに尋ねた。
「ちなみに、どんな依頼だったのかしら?」
いや、聞かなくてもわかるだろう。
ほら、なんかエルナも答え辛そうにしてるじゃんか。特にお前の方を見てさ。
「……えと、サキュバスの巣窟の探索」
ほらやっぱり。
けれど、メイプルは気にしたようすもなく話を続けた。
「追加報酬は?」
「え?」
「おいメイプル?」
「多分だけれど、撃退できたら追加報酬出るんでしょ?」
「え、えぇ、それは出るけれど……」
「メイプル、まさかお前……」
「勘違いしないで。それより、戻って確認してみるといいわ」