7-2 サキュバスとエロ漫画野郎と冒険者 ダンジョンへ
ダンジョン。
フランス語の『ドンジョン』からきている言葉で、城の主塔などを意味していたが、やがて城や塔の最上階に存在した牢獄をそう呼び、そしていつしか地下の牢獄を指すようになった、らしい。
超有名老舗TTRPGのタイトルしかり、これまで数多くのファンタジー作品の舞台となった、ロマン溢れるギミックだ。
実際は、そんな魔境めいた場所ではなかったようだが、この世界のダンジョンは現代地球人が思い浮かべるそれに近いようで、魔物にトラップ、宝物もある。その上、ダンジョンを建築したダンジョンマスターも存在するというのだから、嫌がおうにも胸のドキドキが止まらない。
良い意味でも、悪い意味でも、だ。
恐ろしくも探究・好奇・冒険心を駆り立てる人外魔境の迷宮。
その一つが、目の前で大きな口を開けている。
タガネル・ダンジョン。
ひと月ほど前に出現した、ラベル近辺では最も新しいダンジョンらしい。地下に構造が広がっていく典型的な下降式ダンジョンで、今のところ確認されているだけで八階層、専門家の予想では二十階以下はあると見られている。
内部はタイルで舗装されており、壁には等間隔で並ぶ、熱くない不思議な灯りが常にほんのりと輝いており、陽光の届かない内部で松明が必要になるのは一部の部屋のみらしい。
トラップもしっかりと存在しており、落とし穴はもちろん、下層に行けば吹き矢に毒ガス、丸太、大岩に鏡張りの部屋、そして殲滅部屋も完備している。
そして、生息する魔物だが、わかっているだけで十数種類。中にはこのダンジョンのみ確認できた新種もいるらしいが、既に知られている魔物の亜種のため対処方法はほぼ確立している。俺が知っている種類もいて、その中でも一番興奮し、会いたくないと思ったのは岩の巨人ゴーレムとその亜種メタルゴーレム、そしてタガネルで新しく確認されたというチャージゴーレムだ。
ゴーレムは古今東西、伝説や物語に出てくる典型的な岩の巨人で、頑強かつ疲れ知らずな上に力持ち、決して真正面から戦いたくない相手だ。亜種の方は文字通り、体を形成しているのが鉄へと変わったもので、頑丈さと打撃力が跳ね上がっているが、体重も増えたので動きは遅いらしい。
そして一番最後のチャージゴーレムは、天井ギリギリまで聳えるその巨体を活かし、ほぼ回避不能の突撃をしてくるため、冒険者や研究家がこのダンジョンで絶対会いたくない魔物ナンバーワンなのだそうだ。
ただ、弱点はしっかりと確認されており、ゴーレム全種に共通する泣き所、胸部に込められた宝石、またその近くにある魔法陣を破壊すればいいらしい。ただ、こいつはその巨体に似合わない速度でぶちかましてくるため、見つけたら即座に逃げるか、弱点を攻撃する必要がある。ゴーレム種が出てくるのは三階層以降らしいが、絶対に会いたくないなこれ。
逆に会ってみたいと思った既知の魔物は、例えばダンジョンの外から住み着いた妖精種で、メイプル曰く、友好に接することができればダンジョンの情報を少し教えてくれる、らしい。
エルナとメイプルから聞いたこれらの情報と、目の前に開いたダンジョンへの入口に、好奇心と同時に怖さも覚える。
果たして、ここに俺たちの旅に役立つどんな存在があるのだろうか。
「これが、タガネル・ダンジョンか」
「遠くからの見た目は超々小型のエアーズロックって感じだったわね」
「ねぇ、えあーずろっくって何?」
「俺たちの故郷とは別の国にある、滅茶苦茶大きな岩だよ」
「先住民たちの聖地よ。私たちの世界で二番目に大きな一枚岩って言われているわ」
「あれ、一番目じゃないのか?」
「一番目はマウント・オーガスタスよ」
なんて会話をしているが、目の前に広がるのはレンガ造りの人工物だ。遠くからだと本当に岩山のように見えたのだが、綺麗に組み合わされたレンガと、同色の漆喰を使って隙間を埋めていたため、近づくまでわからなかったのだ。
「まぁ近くで見ると、岩っていうより要塞だよなぁ」
「普通の要塞と違って、誰でも出入り自由だけれどね」
「行きはよいよい、帰りは恐い、ってね」
エルナの言葉にメイプルが軽く冗談交じりで乗っかってくるが、恐らく真実なので全然笑えないぞ。
ぽっかりと空いたダンジョンの入口は、高さ三メートル、横幅八メートルほどで、タイルの床や壁、天井が外からでも見えた。魔物の姿は今のところ見えないが、いつ出てきてもおかしくない。
「さて、晴樹。ダンジョンに潜るにあたり、必要なものは何かしら?」
「松明とロープと飲食料と日用品と地図。後は各種回復ポーションと冷静さを失わない状況判断能力」
「正解。まぁ今回の場合、松明はほとんどいらないと思うけれど」
「二人が真面目に会話している……?!」
エルナが軽く驚いている。失礼な。
流石に命がけの場面で冗談を言えるほど、俺たちもふ抜けてはいない。ちなみに、できればそこに探知や罠発見の魔法があればなおよいと思う。
「魔物を含む敵性対象の探知と、小範囲の構造把握くらいならできるわよ。これで罠もすぐに見つけられるわ」
「マジでか。万能だなお前」
「それほどでもないわ」
いやいや、それほどでもあるぞ。その力があるのとないのとでは探索速度や生存確率に大きな差ができる。
敵や罠の早期発見ができれば、休憩を挟む時やダンジョンを進む際に心身の疲労が少なく、移動速度が上がり、余裕を持って物事に対処できるということだ。
ダンジョン探索において、大きなアドバンテージとなる力だ。自慢したって誰も怒らない。だが、やり過ぎるとフラグとなる可能性があるので注意だ。
「ねぇメイプル? それって、貴女以外のサキュバスも使えるの?」
「探知はまぁ、大体使えるけれど、私のは少し特別ね。構造把握は流石に私だけしか使えないけれど、多少経験を積めば誰だってできるわよ?」
「確かにシーフやアサシンは罠の把握や解除もできるし、建物の構造も予測はできるわよ……? でも、それらだって完全なものじゃないわ」
エルナが呆れながら肩を竦めた。
メイプルさんや、俺のサイレントムーヴをあれこれ文句言っていたけどさ、お前の能力も相当なもんだと思うぞ?
そこに自動地図作成があったら文句なしにダンジョンキラーの要の一人になれるからな?
冗談半分でそんな話題を振ると、メイプルはきょとんとした表情になった。
「え? やれないことはないわよ?」
ダンジョンキラーの要の一人、確定。こいつが味方で本当に良かった。
「じゃあ、早速行きましょうか。引き続きサイレントベールはかけておくから。後、私が止まれって言ったらちゃんと止まりなさいよ?」
「あぁ、わかった」
「お願いするわ」
もうこいつの高性能ぶりには慣れてしまった。エルナも同じようで、取り乱すことはなかった。慣れって恐ろしいな。
話が纏まったところで、俺たちはダンジョンへと足を踏み入れたのだった。




