6-6 サキュバスとエロ漫画野郎と冒険者 冒険の始まり
「今、タガネルへ行きたいって言った?」
残り物の温め直したスープを前にしながら、メイプルが対面に座る俺を、神妙な表情で見上げてきた。
午前四時を少し回ったところ。いつでもチェックアウトできる状態にしておいて、ガランとした食堂で、朝早くから色々と準備をしていた女将さんが用意してくれた朝食を頂いている。
そこで、ナターシャさんから受けた啓示に従い、メイプルたちに相談をもちかけたのだが、この世界の地理に無知である俺がはっきりと一地名を口にしたので、訝しまれてしまった。
「あぁ」
「アンタ、どこでその名前を知ったのよ?」
「昨日、街をぶらついている時に耳にしたんだ」
「嘘つきなさい。そんな単語、一切記憶にないわよ」
誤魔化せなかった。
ちぃっ!! こいつ、そう言えば地獄耳だったな。それに現世はもちろんのこと、こっちで得た知識も幅広く覚えているから、相当記憶力がいいんだろう。
それに、サブカルチャー知識もあるから、言動の真意や経緯も予想ができたのだろう。メイプルは興奮を抑えるように目を細め、声を少し潜める。
「晴樹、あの後何か変な夢でも見た?」
「かもしれない」
嘘です。見ました。
「誰かに何か言われたとか? 見た目綺麗なお姉さんが出てきたとかない?」
「えぇとなぁ、んー、なんかすっごく白い世界にいた、かなぁ……?」
嘘です。すごく綺麗な女神さまと出会ってお話して握手しました。後、俺がこの世界で本来もらう予定だった力も授かりました。
心の中だけで吐露していると、エルナが目を見開き、メイプルは「ふぅん?」と腕を組む。
「つまり、ほとんど夢の内容は覚えてないと」
「あぁ」
「そうですか、ありがとう。啓示すごいですね」
メイプルはついに口の端をひくつかせ、エルナは持っていたスプーンを机の上に落とした。
「ちなみに、どんなおじ様だった?」
「いや、だから何も覚えてねぇんだよ」
表面上はあくまで見てないとしらをきる俺に、メイプルがむすっと頬を膨らませる。
そんな簡単な誘導に引っかかるかよ。
しばらくそうやってにらめっこしていたが、先にメイプルの方が折れた。
「……アンタ、本当に勇者にでもなる気?」
「そんな気はさらさらねぇんだけど。なんか、そこに行かなくちゃいけない気がするんだよ」
「あくまでそれで通すのね……わかった。それじゃあ、タガネルへと向かいましょうか。エルナもいいかしら?」
メイプルに声をかけられ、ようやく我に返ったエルナは、少しだけ思案するように黙っていたが、やがて頷いた。
「……えぇ、いいわ。元々、そういう約束だし」
「んで、タガネルにはダンジョンがあるけれど、そっちに行くのかしら?」
二人とも、話が早くて助かる。
メイプルは俺の目的もある程度予想できているようだ。ナターシャさんのことは伏せておいて、聞かれたら答えていこう。あまり、多くを語らない方がいい内容かもしれないし。
「多分、そこかな?」
「ふぅん? エルナ、ダンジョン入りすることになるかもしれないけれど、大丈夫?」
「えぇ。近いうちにアタックするつもりだったし、他の冒険者も今の時間帯なら野営組しかいないだろうから、あまり目立たないと思うわ」
「じゃあ、決まりね」
エルナが楽しそうにそう言うと、メイプルも小さく笑う。今朝から二人の空気というか、心の距離みたいなものが少しだけ近くなっている気がする。仲が良さそうで何よりだ。
話しが纏まり、食事を終えたところで宿屋を出た。
その際、女将さんだけでなく、まだ眠っているはずの娘さんがやってきてエルナにお別れの挨拶をしていた。
また戻ってくると頭に手を置くエルナに、ぎゅぅっと抱き着き、一言二言交し合うと、女将さんの横に並んで俺たちを見送ってくれた。
メイプルと変わらないぐらいの年ごろに見えるが、しっかりとした子だ。
「いい子ね」
「えぇ、とっても」
宿屋へ振り返るその表情は優しい姉そのものだった。俺たちの知らない、エルナだけの大切な時間がある。普段なら気にもしない事を、少しだけ考えてしまった。きっと、夜明け前のセンチメンタルな気分がそうさせたんだろう。
まだ肌寒い中、街灯(!)だけがぽつぽつと明るい人気のない通りを抜け、夜勤明けの門番に挨拶をしながら滞在許可証を返却する。そう言えば、これ、所持者の行動を追跡できるんだったよな。よかった、昨日城壁に行かなくて。
さて、後は門が開くのを待つばかりとなったところで、門番の一人が話しかけてきた。
「そう言えば、昨日アニスさんがジョギングに出掛けたまま帰ってこなかったんですよ」
「ジョギング?」
その内容に、エルナだけでなく俺とメイプルも首を傾げてしまう。エルナたちの話しぶりからすると冒険者のようだが、この世界のジョギングは一昼夜続けるものなのだろうか。
「アニスなら大丈夫だと思います。ちなみに、行先とか聞いてないですか?」
「いいえ」
「そうですか」
そうこうしている間に、音を立てて門が開いた。分厚い城壁の中を通り抜ける時、魔物探知機が発動しないかと内心ドキドキしていたが、今回もメイプルの偽装が暴かれることはなかった。
外に出ると、ずっと遠くに見える山々から薄明かりが漏れ始めており、澄んだそよ風と相まって、これから旅に出るぞ、という気分が一段と強くなる。
丘を降りて、昨日メイプルが変装した辺りまで来るときには、山の向こうから陽が顔を覗かせようとしていた。
「うーん、いい朝ねぇ」
と、いつの間にかメイプルが偽装を解いて、俺の左肩に手を置いて浮かんでいる。
人目がないから角も隠していないが、服装だけは寒いからかワンピースの上にマントを羽織ったままだった。サキュバスの危ない服だと流石に寒いだろうからな。
「その服装で寒くないか?」
「大丈夫よ。このワンピは温度調整もバッチリなのよ!」
本人がそういうならいいが。
それと、もうそこがお前の定位置なのな。あんまり重さを感じないからいいけど。
顔を少し横に向ける、エルナが振り返ってラベルを見ていた。
朝日に照らされる城壁。人々が動きだし、いつも通りの日常が始まろうとしている。
俺は携帯を取り出し、カメラ機能を使って素早くその景色を収めた。おぉ、まるでファンタジー小説の扉絵になりそうな一枚が撮れた。妹や両親が見たら、食いつくだろうなぁ。
「へぇ、いいんじゃない?」
「あぁ」
一昨日、洞窟で撮ったエルナの画像の隣に、朝焼けのラベルが保存される。二枚が保存されているのは、『異世界』と題されたフォルダだ。
「どうだ?」
「……えぇ、綺麗」
エルナが興味ありげに見てきたので画面を向けてやると、そっと顔を緩ませた。
「朝焼けの出発、まさに冒険の始まりって感じねっ!」
「そうだな」
少ししんみりした空気を変えるように茶化してきたメイプルへ頷き返し、エルナと並んで歩き出す。
が、いきなりメイプルの顔が目の前に現れた直後、急に体を動かしている感覚がなくなった。
すっごいデジャヴュを覚えた。
「さて、晴樹君や。ウチらもジョギングしようや」
「おいお前、まさか……」
「メイプルちゃん式基礎能力アップトレーニング、第一章を始めるわよ」
「だが断る」
「却下」
なんとでも言え。エルナだって朝から走りたくないだろうし、口添えして……あれ、エルナさん? どうしてその場で足踏みしているんだい? トイレなら出立前に済ませたでしょ?
「メイプル、私にも回復魔法をかけてくれるのよね?」
「勿論、いいわよ」
「エルナ……?」
「ハルキたちが強くなるなら、私も強くなる。そもそも、私が二人を鍛えるって話だったんだから」
いや、そうなんだけどさ。
何でそんな強い意志を宿した目で俺を見るの?
「絶対にハルキを魔王にはさせないから」
「え? それどういう」
「じゃあそういうことだから春樹、ガンバ」
メイプルがそう言うなり、俺の意志に関係なく身体強化が発動、エルナと共に猛スピードで走り出した。
「な、なぁエルナ?! 俺を魔王にさせないってどういう意味だよ?!」
「貴方は急に強くなったから、道を外れないようにするってことよ!」
あぁ、そう言う意味か。てっきり、実は俺が魔王になるとかそういう展開なのかと焦った。
「でも、本当にハルキは強くなり過ぎたの。でも、まだまだ未熟だから、約束通り私が鍛える。でも、そのためには私も強くなければならないの」
「いや、エルナ十分強いんじゃ……」
「その慢心しない心意気、見事だわ!」
メイプルがノリノリで回復魔法をかけてくる。
ちぃっ、確かに慢心はダメだ。ダメだが、なんかこの展開は納得いかねぇ!
「アンタ、あの森を通る直前に身体強化する気なの? あの子、感知能力そこそこ高いから、知覚範囲に入った瞬間、アンタ目がけて一直線でやってくるわよ?」
「よしっ、このまま行こう!」
俺の考えが甘かったようだ。この世界では、強いに越したことはない。ならば、この狂気じみた超お手軽かつ安全な鍛え方で少しでも早く、強くなるんだ!
あの変態妖精に捕まらないためにも!!
早朝の街道を爆走しながら、俺たちは頷き合うのだった。
晴樹「ん? よく考えなくても、この爆走は目立たないか?!」
メイプル「普通の人間なら高速すぎて見ることはできないわよ。着いてこれないもの」
晴樹「逆に言えば、動体視力が良ければ見れるってことじゃねぇか」
メイプル「うるさいわね。サイレントベールつけてんだから文句言わない!」
晴樹「それ先に言えよ」
エルナ「メイプルもハルキの事を言えないくらいに凄いよね……」




