6-3 サキュバスとエロ漫画野郎と冒険者 ようこそ、この世界へ
気が付いたら、目の前に金髪の美人さんが立っていた。
「は?」
「おそようございます、晴樹さん」
とびきりの笑顔で俺の名前を呼ぶ謎のお姉さん。
あれ、おかしいな。まだ夢を見ているのか。それにしては意識がはっきりしすぎているんだが……明晰夢っていうレベルを超えているクリアさで。
辺りを見回すが、周囲の景色が上手く認識できない。明るい気もするが、それ以外の情報がわからないのだ。眩しすぎて見えないわけではないのに、どうなっているんだ。
困惑する俺に、美人さんはくすくすと笑い声を漏らす。
「ここは夢であって夢でない場所です」
「はい?」
夢だけどそうじゃない場所?
はっ!
まさか、この人はサキュバスか?!
「違いますよ! 失礼ですね」
「心を読まないでください」
頬を膨らました顔に一瞬呆気にとられたが、可愛らしいな。
というか、心を読めたということは……
「さとり、か」
「違います」
「じゃあ忘れ去られた楽園の賢者」
「違います。私は妖怪じゃありませんし、貴方たちの世界からの転生者でも転移者でもありませんから、そういう“わかる人だけわかる問いかけ”をされても答えられません。それに、もう答えに行きついているのでしょう?」
怒らず俺の戯言に付き合ってくれているお姉さんの優しさに感謝しながら、一目見て頭に浮かんだ印象を口にする。
「女神さまですか?」
「That’s right!!」
右指を打ち鳴らす女神さま。最初に受けた印象とは違って、ノリのいいお姉さんって感じだなぁ。後、英語の発音が完璧だった。別世界の言語を言いこなすとは、女神すげぇ。
「随分と落ち着いていますね?」
「結構驚いていますよ?」
この世界に来て一番驚いているんだけど、そう見えないのは、多分、濃い経験を二日と言う短時間で休む間もなく経てしまったから、リアクションが薄くなっているだけなのかもしれない。
もしくは、この一連の流れで彼女に親近感が湧いているせいだろうか。
「貴女が俺をこの世界に呼び出したのですか?」
「いいえ、私ではありません。私は運命の神……そうですね、ナターシャと呼んでください」
偽名だろうな。
「わかりました。それじゃあ、ナターシャさんはどうして俺に話しかけてきたんです?」
「貴女がフリージアを助けてくれたからです」
確かに助けはしたが、運命の女神さまから直々にそんな言葉をもらうようなことはしていないはず。
「え、と、フリージアって、そんなに凄い子なんですか?」
「詳しくは言えませんが、将来、大きな使命を果たして世界の安寧に貢献する予定なんです」
「まさか、勇者ですか?」
俺の問いかけにナターシャさんは小さく首を傾げて、困ったように笑う。
「近いんですが、また別の役割です」
「そうですか……」
まだ小学生高学年か中学生になったばかりのような子が冒険者をやっていて、身の丈ほどもある大きな剣を背負っていたから、本当に凄い世界だな、くらいにしか認識していなかった。
なるほど、あの子も主人公タイプだったか。
きっと、今よりもずっと強くなってから、何か大きな試練や事件に挑むんだろう。物語なら燃える展開だが、現実で面識がある相手だと、複雑な気分になる。
「事情はわかりました。フリージアだけじゃなくて、世界の平和な未来も助けられたなら、俺も嬉しいです」
事がでかすぎて実感ないけど。俺、フリージアを助ける以外に何もしてないし。
「それで、彼女の守護霊からお礼の言葉を預かっています」
「え?」
「よかったら、フリージアをお嫁さんにもらわない? とのことです」
「謹んで辞退させていただきます」
きっとその守護霊さんは俺の事を試しているんだろう。でなければそんな戯言をわざわざ格上である女神さまに託すはずがない。
「結構本気な様子でしたよ?」
「相手はまだ子どもなんですが……」
ナターシャさんみたいな大人の女性ならお付き合いしてみたいとも思うが、子ども相手に恋愛感情は抱かない。
「この世界なら若くして結婚できますよ?」
「そう言う問題じゃないです。そもそも、フリージアとは今日会ったばかりで、あの子もそう言う気は全くないと思います」
「それはそうなんですけれど……何だか面白みに欠けますねー」
本音漏れてるぞ女神さま。
堅物とか面白くない奴とかよく言われてるから慣れているさ。
だが、譲れないもんは譲れないんだよ。
「ふふっ、冗談です。あの子にはそう伝えておきましょう。それに」
そよっ……と俺に流し目を送ってくる。
「私のような女性が好きみたいですし」
「……えと、伝言、お願いしますね」
ノーコメントで通しておこう。冗談と分かっていても恐れ多すぎる。
「さて、それではこの辺りで失礼しましょうか。突然押しかけてしまって、ごめんなさい」
「いえ、わざわざありがとうございます。ところで、一つ聞いていいですか?」
「何でしょう?」
「俺をこの世界に召喚した人が誰か、ご存じですか?」
俺の問いかけに、ナターシャさんは少しだけ目を伏せて首を横に振る。
「ごめんなさい、私からは何も言えないんです」
「そうですか……」
本当は知っているけれど、何か事情があって言えないって感じかな。無理に聞いても多分、答えはくれないだろう。
物語でよくあるパターンだ。この場合、旅をしていたらそのうちそれっぽいヒントが出てくるから、それまで待つとするか。
「その代り、と言ってはなんですが、一つ啓示を授けます」
「啓示……」
いきなりそれっぽいのが出てきた。
「いえ、晴樹さんの望んでいるものではありませんが、もしかすれば、貴方たちの旅に役立つものが手に入れられるかもしれません」
なるほど、宛てもなく旅に出るよりもずっと建設的だ。
寝る前にメイプルたちと軽く相談したが、まずは情報が多く集まる王都へ向かおうってなっていたからなぁ。
「ここから王都へ行く道の途中に、タガネルという村があります。その近くにできた迷宮へと向かってほしいのです」
「ダンジョン……」
これまたいきなりそれっぽい場所を提示された。
ドラゴンとかいそうだし、落とし穴とか武器を錆びさせる罠がありそうだ。武器にメッキ加工とかした方がいいかな。後、パンかお握りを持っていくか。
現実逃避はそこそこに、ナターシャさんへ頷き返す。
「わかりました。起きたら、仲間たちに相談してみます」
「お願いしますね。そうそう、私からもう一つ、貴方に授けるものがあります」
そう言ってナターシャさんが俺の手を取る。温かくて、心がとても安らいでいく。
「貴方が、本来この世界に呼び出された時に身につけるはずだった能力です。今所持している能力が強すぎて、弾かれてしまったみたいなので、渡しておきますね」
「それが、俺をこの世界に呼び出した奴が与えたかった、俺の役割、ですか?」
ナターシャさんは微笑を浮かべたまま答えない。
「えと、どんな能力なんですか?」
「起きてからのお楽しみです」
悪戯っぽくそう言うナターシャさんに、俺は苦笑しか返せなかった。女神さまなのにお茶目な人だなぁ。
だんだんと周囲の輝きが増していき、それに合わせて意識も薄れていく。
「そうだ、晴樹さん」
「はい」
「ようこそ、この世界へ。そして、貴方が元の世界へ戻る日があらんことを」
ナターシャさんの祝福を聞きながら、今度こそ俺の意識は光の中に溶け込んでいった。




