5-6 サキュバスとエロ漫画野郎と冒険者 生きてるって、幸せだ
「ん?」
「どうかした?」
ギルドの飲食スペースで、今日の反省会をしていたフリージアが急に明後日の方角へ意識を向けたため、ナンナが首を傾げた。ディーとアナもその目線を追うが、年季の入った木製の天井しか見えない。
「うぅん、なんでもない」
ごめん、と一言断って会話へと戻る。
そうやってしばらくお互いに意見を交換し合い、新しい目標ができたところで終了となり、頼んでいた料理が運ばれてきた。
「今日も四人で夕食が取れる。これもナザリーさんのおかげだな」
「でも、ナザリーってば自分はやってないの一点張りだったよ? ミレイアさんも他の重傷者にかかりきりだったみたいだし」
「ですが、あの場で一番回復魔法に長けているのはナザリーさんとミレイアさんですから、お二人とも使用されていないというのはおかしいんですよね」
自身も回復魔法の使い手であるらしいディーの意見に、全員が小さく首肯する。
近くにいた冒険者や職員はそれぞれの用事や会話に勤しんでいるようだが、ちらっと視線を向けたりしていることから、聞き耳を立てているようだ。
「腹部裂傷、骨折、内蔵損傷に多量の出血と魔力消費……身体の損傷はナザリーさんもある程度は治せていましたが、失われた血と魔力の補填はほとんどできていませんでした。おそらく、ミレイアさんでも応急処置くらいしかできないでしょう」
「じゃあ、ナザリーが土壇場の奇跡を起こしたんだよっ!」
「ナンナ、いくらナザリーが高水準の回復魔法使いだとしても、この街ではというレベルだからな?」
「じゃあ神様が助けてくれたんだよっ! フリージアってば普段からいい子だからさぁ」
そう言ってフリージアを猫かわいがりするナンナをアナが静かに引きはがす。
「病み上がりだと言っているだろうが」
「大丈夫だよ、アナ」
「全く、お前もナンナに甘いな……」
「私、皆好きだよ?」
「そういう話しではない……」
顔を手で覆いながら席に戻るアナだが、その頬は紅くなっている。素っ気ない態度も、照れ隠しの一種のようだ。
「神様……もしくは、勇者様のような力なら、可能かもしれない」
ディーが静かに告げた言葉に、フリージアたちが視線を一斉に向ける。
「でもあの場に勇者様はいなかったし、だったら神様じゃんっ」
「そう……だね。時折、神々は人を手助けしてくれるとも言うし、今はそう言うことにしておこうか」
「何はともあれ、フリージアは助かり、私たちはこうやって同じ時間を過ごせる。喜ばしいことだ」
「私も……私も、皆と一緒にいられて嬉しい」
カップに口を付けながら小さくそう言ったフリージアに、ナンナたちだけでなく、周囲で聞き耳を立てていた人たちも微笑を浮かべた。
「ところで話は変わるけどさ、ハルキとカエデちゃんって、顔が似てなかったよね?」
「確かにそうだが、商人だそうだから、色々あるのだろう」
「そうなんだけどさぁ。何となくハルキの顔立ちって、どこかで見たことあるんだよね」
ナンナが首を傾げていると、ディーが机の下で彼女のつま先を軽く蹴った。するとナンナは怒ることなく、「ぁっと」と何かに気が付いたように静かになった。
「僕たちも色々と旅をしたし、もしかしたら、どこかですれ違っていたりするのかもしれないからね」
「それに、ナンナは人の顔を覚えるのと、新しい菓子と専用道具の情報集めだけは得意だからな。一目見ただけの人物でも、記憶の片隅に残っているのだろう」
「えへへ、それほどでも~って! だけって何よだけってぇ!」
ディーが自然に会話を繋ぎ、アナが上手に誘導しナンナが憤慨したことで、ディーが懸念していた何かは免れたようだ。他の冒険者も苦笑しているだけにとどまっている。
「それにしても、私たちは遠出したとしても隣国か、その隣の国との国境沿いまで。大陸全土を見回ったことはないし、他の国の人間やその文化を自身で見聞きしていない。エルナはそう言う旅に出ることができるのだから、正直なところ、少し羨ましいと思っている」
「あ、私も私も! この街も故郷も好きだけど、他の国や地域を見てみたいって思うし!」
「僕も、海の向こうの国やエルフの魔法が見てみたいな」
「私は、海の果てを見てみたい」
四人が冒険者らしい夢を語り、表情を輝かせる。
例え今日みたいな悲劇や苦難があったとしても、四人は冒険を行う覚悟があるのだろう。
周囲から生暖かい目で、または懐かしそうな視線で見守られながら、フリージアたちは食事を終えて、ギルドを後にした。
「――ふぅん、いいパーティじゃない」
「メイプル、何か言った?」
「いいえ、なんでもないわ。それより……」
『晴樹、見てるんでしょ! そろそろ目を覚ましなさい!』
メイプルの声が空から降り注いできた。
実験をある程度終えてから、外をモニターできる魔法も使ったところ、丁度メイプルが遠視と盗聴している先が見えた。
それがフリージアたちの反省会だったというわけだが、副音声よろしくメイプルの解説や感想も流れてきたので、ずっと見てしまっていた。
そして、メイプルが魔法を終えたところで、俺の周囲の景色がモニターされているのが今の状況だ。
『起きないと額に肉って書くわよ?』
『メイプル、そっとしておいてあげない?』
エルナが心配してくれているが、お約束の悪戯をされるのは御免だ。しかも、メイプルの奴、俺の収納魔法に勝手にアクセスしているらしく、ペンケースからマジックペンを取り出そうとしている。
お前やっぱり主人公タイプだろ。
何はともあれ、起きなくては……。
「……起きたからやめてくれないか?」
「あらおはよう。私たちの入浴シーンを覗き見しなかったことは褒めてあげるわ」
「俺は自分の信念を曲げるようなことはしねぇよ」
「それはよかった。でも、私の魔法をジャックしたことについては色々と聞きたいことがあるんだけれど」
「試しに使ってみたら、たまたまお前の見ている遠くの景色が映ったんだよ」
「ちぃっ、アンタ本当に魔法の最適化が得意みたいね」
本当に悔しそうなところ悪いが、俺にも全く理由がわかっていないからどうしようもない。ただ、メイプルの予想を上回る機能を持ったモニターだったということは理解した。
「ハルキ、じゃなくて、メイプルは何を見ていたの?」
「ちょっとした周囲の警戒よ」
「周囲の……まさか、フリージアたちを見てたの?」
「何でまたアンタはそこで正解を導けるのよ!?」
メイプルも驚愕するエルナの洞察力と推理力。これが冒険者のデフォルトなら、今さっきまでの訓練は絶対に無駄にはならないはずだ。よかったよかった。
「それで、フリージアたちは何か言ってた?」
「いいえ。ただ、あの子たち、いいパーティー、いえ、チームだったわ」
「そうね。あの子たちは、とってもいいチームよ」
エルナが少し誇らしげにしている。
フリージアたちもこの言葉を聞けたら、きっと喜ぶだろう。
「ところで晴樹君や、早速私の魔法をいくつか使っていたみたいだけれど、何をしていたのかな? ナニをしていたのかな?」
絶対に最後のは突っ込まんぞ。
「魔法の練習だよ」
「ふぅん……?」
メイプルは俺の頭の上からつま先まで見回した後、不敵な笑顔を浮かべる。
「後で見せてもらえるかしら?」
「あぁ、いいぜ」
きっとメイプルなら似たような事ができるだろうが、だからこそ何かしらの助言がもらえると期待している。
「見るって、夢の中で?」
「ええ、そうよ。そうだわ、アンタも来てみる?」
「私は遠慮しておこうかな。明日は早いし」
「そう。じゃあ私一人で拝見させてもらいましょうか」
その前に、風呂へと行かせてもらおう。
一日入っていないだけだが、限界を超えた運動と緊張の連続だったため、風呂に浸かってゆったりと癒されたい。
「晴樹、ここのお風呂、男女時間別よっ」
「さいですか」
「美少女二人が使ったお湯に浸かれるわよ!」
「変態か」
「あわよくば、美少女か美女がうっかり時間を間違えて入ってくるかもしれないわね!」
「最低か」
ちなみに、ここのお風呂は男女別になっているため、そんなフィクションにあるような展開はない。あってたまるか。
「アンタ……青年向け本買うくせに、そういう展開、憧れないのね」
「なんでがっかりしてんだよ……」
反応が薄いためなんだろうが、嘘だってわかってるのに動揺のしようもない。
そして何より、俺は確かにエロ本を買うが、リアルとフィクションはしっかりと区別してんだよッ!!
「姉さんたちの魅了攻撃が効かないのも納得だわ……」
「対策知ってたら誰でもできるっつーの」
「普通はできないからね?」
律儀にエルナが突っ込んでくれたことで、俺は会話を断ち切り、風呂へと向かうことができた。
かけ湯をしっかりしてから、そこまで大きくはなかったが狭くもない浴槽に身を沈め、ゆったりとした至福の時間を味わう。
「風呂の文化、最高ぉぉ……」
生きてるって、幸せだ。
フリージア「……誰か、私の噂をしていた?」
メイプル「ぷはぁっ! 風呂上りのミックスジュースは最高ね」
エルナ「本当っ。これもメイプルたちの世界の飲み物なのね」
メイプル「そうよ。飲むときには腰に手を当てて、ぐいっと飲むのよッ!」
エルナ「こ、こう?」
晴樹「また一種族の文化に影響を与えそうなことをしやがって……」
フリージア「? 何か、おいしくて素敵な感じがする……?」
アナ「今日は独り言が多いな……?」




