5-4 サキュバスとエロ漫画野郎と冒険者 妖精の剣士
冒険者ギルドの近くを通り過ぎると、飲食スペースで騒いでいる冒険者たちの歓声や悲鳴が聞こえてきた。楽しそうで何よりだ。
そう言えば、さっき助けたあの冒険者の女の子はどうしているだろうか。仲間たちと一緒に、楽しく過ごしているといいな。
「あれ、エルナじゃん」
「え?」
聞き覚えのある声に顔を上げる。
声をかけてきたのは、如何にもシーフらしい軽装備の少女で、他に魔道士らしいローブ姿の少年と剣士の女性、そして外套で首から下を覆い、大剣を背負っている少女の四人組だ。
全員に見覚えがある。
門前で俺たちが助けた子とその仲間だった。
「さっきの……」
「あの子たちは何も知らないわ。普通にしてなさい」
日本語でメイプルと素早く打ち合わせる。
「こんばんは、皆。さっき、フリージアが大けがをしたって人伝に聞いたけれど、もういいの?」
フリージアと呼ばれた件の少女は、エルナへ小さく頷いてみせた。
「うん、もう大丈夫」
「だが無理は禁物だ。今回は運がよかったが、即死でもおかしくはなかったんだからな?」
剣士の女性がキツイ口調でそう言うが、目は心配そうにフリージアへと向けられていた。
「ごめんなさい」
「あぁ、もう、ほら、アナさん。フリージアも反省してしますし、ね?」
「ディーはもう少し厳しくてもいい気がするぞ」
「もうアナさんが僕たちの分まで怒りましたから」
魔道士の少年ディーがまぁまぁと剣士アナを宥める。ディーは美少年然とした顔立ちで、喋り方からも気が弱そうに見えたが、意外とまとめ役をやっているのかもしれない。周囲は女性ばかりだし、この子もメイプルみたく主人公タイプかな?
「大丈夫大丈夫! 全員でこれから注意すればいいんだからさ」
そう言って快活に笑うシーフの少女ナンナのセリフに、ディーやエルナは苦笑を浮かべる。
と、一歩下がって様子を見ていた俺たちへナンナが目を向けてきた。好奇心旺盛な猫みたいな雰囲気を感じる。
「ねぇエルナ。そのお兄さんとお嬢ちゃんは?」
エルナが簡単に俺たちの事を紹介し、さらに旅のことも話すと、フリージアたちが少しだけ寂しそうに眉を下げた。
「そうか。しばらくは会えなさそうだな……」
「でも、もしかしたら旅先で会えるかもしれませんよ?」
「その時は、また臨時でもいいから一緒に依頼をこなそうよ!」
「私も、またエルナちゃんと一緒にお仕事したいな」
フリージアたちの言葉に、エルナは顔を綻ばせた。
「ハルキとカエデちゃんだっけ。二人とも、大船に乗ったつもりでいなよ? エルナは一人でも無茶苦茶強いんだからな」
「はい。……ですが、エルナさんばかりに頼るのもアレなんで、私も自身と妹を守れるようにはします」
「わたしもおにいちゃんたちとがんばるー♪」
「うんうん、いいね。……ところでさ」
ナンナがこそこそと俺に近づき、
「ハルキってさ、エルナのコレ?」
こそっと聞いてくるはずの冗談を、普段の声量でぶっ放してきた。ただ、小指を立てたのが救いだった。よかった、この子は”まだ”まともだった。
「違いますよ」
「違うわよ」
「だよね~」
「ナンナ、やめなよ。すみません」
ディーが頭を下げて来るが、軽く手を振って大丈夫だと伝えておく。これくらいのじゃれあい、昨日と今朝出会った奴らに比べれば痛くもかゆくもない。学生時代のやり取りを思い出して、少し懐かしくなったくらいだ。
「カエデちゃん、ハルキとエルナが結婚したらどうする?」
「もぅ、ナンナ!」
「おにいちゃんとエルナおねえちゃんがけっこんしたら、わたし、むすめになる~♪」
天使の笑顔を浮かべたカエデモードのメイプルに、ナンナとディーが動きを止めた。
ついでに俺とエルナも硬直したが、理由はメイプルの猫かぶり具合に寒気を覚えたからでしかない。
「……。……うん、そっか。カエデちゃんはいい子だねぇ」
「ありがと♪」
悟ったような顔になったナンナが、苦笑を浮かべるディーと共に離れると、彼の肩に手を置いて悶え始めた。無邪気(笑)なメイプルの様子に、茶化していた自分が恥ずかしくなったんだろうなぁ。
その隣で、アナも頬を赤くしてもじもじしていた。うん、凛々しい剣士っぽいけれど、可愛いものは好きなんだな。
じゃあフリージアは、と視線を動かすと、いつの間にか彼女が俺の近くに立っていた。
そばかすが目立つが、そこもまた可愛らしく見える。背丈もメイプルより少し高い程度で、エルナや他のメンバーに比べて年下に見えるが、自身の身長に匹敵する大剣を扱っていることから、その力量は見た目で推し量れない。
妖精の剣士、と言われたら、信じてしまいそうだ。
「どうしましたか?」
「……貴方、どこかで会った?」
「いえ、初めてだと思いますよ。私は今朝この街に来たばかりですので」
「……そう」
フリージアは首を傾げながら身を引く。
危なぁぁぁぁ……一瞬、実はさっき見られていたのかと焦った。メイプルも無邪気な子どもの笑顔のまま、小さくガッツポーズをとっていた。
「フリージア、ハルキと知り合いなの?」
「うぅん。でも、どこかで会った気がする」
「え、何? もしかしてフリージア、ハルキの事が気に入ったの?! こいつはエルナのライバル登場だねぇ!」
「ナンナ、いい加減にしないと僕も怒るよ?」
「ま、まままままさかフリージア、ついに春が来たのか?! これは祝わないとぉっ!!」
「アナさんも落ち着いて!」
顔をニヨニヨと歪ませるナンナと、真っ赤になっておろおろするアナを冷静に抑えようとしているディーは、間違いなくリーダーだ。頑張ってくれ。
「あはは、皆さんは仲良しなんですね」
「そうだろっそうだろっ!」
本当に嬉しそうに笑うナンナ、その小脇に抱えられて文句を言いながらもされるがままのディー、二人の様子をぼぉっと見守るフリージアと、その後ろ髪を手早くリボンで纏めるアナ。
性格はバラバラだが、いいチームなんだろうな。
ところでナンナ、そろそろディーを離してやれ。最初はラッキースケベめと思っていたが、何だか苦しそうな表情になってきてて、心配になってきた。
ディーが解放されたところで、エルナがフリージアたちに声をかけた。
「ところで、アニスがどこにいるか知らないかな? 今日一日会えなかったんだけど……」
「けほっ、アニスさんですか……?」
「アニスかぁ。そう言えば朝から見てないなー」
「それなら、今朝早くに街を出て行ったと耳にしたぞ?」
「行先とか聞いてない?」
「さぁ、門番たちが話しているのがちらっと聞こえただけだからな……ただ、何か急いでいるようだった、とか」
「……そう」
エルナは肩を少しだけ竦めた。
「ありがとう。もしあの子が戻ってきたら、元気でね、って伝えておいてくれないかな?」
「わかった。確かに伝えておこう」
真面目そうなアナとディーがいるし、伝言については大丈夫だろう。
それから、エルナが四人と握手し終えたところで解散となった。
別れ際、、フリージアが振り返って俺を一瞥していたが、すぐにナンナたちを追いかけて行った。
大丈夫だ、バレてないバレてない。
「ねぇハルキ、メイプル」
「ん?」
「何かしら」
「フリージアを助けてくれて、ありがとう」
「ぅえ?!」
「私は何もしてないからねー」
訂正、うちのメンバーにはバレていた。
しかも、不意打ちで思わず変な声が出てしまったから、誤魔化しが効かない。
「なんで俺だと……?」
「フリージアがあんな風に初対面の人に近づくことは珍しいし、致命傷が嘘のように回復したって聞いていたから、もしかしたらと思ったの。もし違ってたら、それはそれでいいかなぁって」
くっ、流石は冒険者ということか。僅かな手がかりから俺とメイプルが関わっていることを予想して、カマをかけてきたってことか。
エルナ、おそろしい子っ。
「でも、隠れてやったからフリージアからは俺が見えてないはずなんだけどなぁ」
「もしかしたら、ぼんやりとだけど見られていたのかもしれないわね」
「は?」
「ほら、主人公とかヒロインが、こっそりと助けたつもりが、その後ろ姿を見られていたとかって。よくあるパターンじゃない」
「いやいや、あの時って目を覚ました直後でナンナたちに抱き着かれてたしそんなことが……」
って、それ、よくある邂逅パターンじゃん!!?
「ね?」
愕然とする俺に、メイプルは片目を閉じて、悪戯っぽく笑った。
フリージア「……ハルキ」
ナンナ「ん? どうかした?」
フリージア「……なんでもない」




