4-1 サキュバスとエロ漫画野郎と冒険者 お気に入りの街なのっ
「おぉ……!」
「へぇ……」
俺とメイプルが感嘆の声を漏らしながら見上げるのは、高さ数十メートルはありそうな城壁だ。綺麗に切り出された巨大な石が規則正しく積み上げられており、粘土や漆喰みたいなもので接着、補強しているようだった。
それが、俺たちの眼前いっぱいに広がっており、途中で出っ張った部分や塔のような建築物が見える。遠くから見た時にはあんまり意識していなかったところだが、こうしてみると存在感に溢れていた。
「すごいな」
「魔法、特に土魔法を使うことで地球なんかとは比べ物にならないす速度で構築できるみたいなの。強度も普通に建築したものとは比べ物にならないほど凄いわよ」
「へぇ……!」
まさに、中世ヨーロッパの城郭都市! と言った感じで、見ているだけで感動してしまった。
さて、目の前の城壁についてメイプルが解説を加えてくれたところによると。
全体的に強化の魔法がかけられ、そして壁表面に対物理・魔法コーティングが施されており、大砲の弾がぶち当たろうが、魔法による攻撃があろうが、ある程度までなら弾いてしまうという。そして、ここまで大きな規模のものを構築・維持し続けられているのはすごい事らしい。
ファンタジー世界の城壁、何かわからんけど、とにかくすげぇ。
そんな感想を抱いている間に、門番さんとやり取りしていたエルナがこちらに手を振っているのに気が付いた。その向こうに広がる賑やかな街並みが想起されて、ワクワクが止まらない。
門を潜る前に、手のひらサイズのカードを手渡される。
「はい、これが滞在許可証。無くしたら再発行にお金がかかるし、出入りもできなくなるから、街を出るまでは絶対に肌身離さず持っていてね」
「わかった」
木の板を綺麗に加工したものだったが、触った感触はしっかりしている。
表面に書いてある文字はこの世界のものなんだろうが……。
「『ラベル市街内でのみ有効』か」
まるで日本語のようにするすると理解できてしまった。しかも、俺の意志で漢字変換まで行えて、微妙なニュアンスも汲めるようだ。
いわゆる『言語理解能力』で、異世界召喚あるあるなんだが、実際にこれがあるとすごく助かることがわかった。もしこれがなかったら、文字を読むどころか、エルナとも会話できないんだからなぁ……。
「へぇ、木の板に材質保護と偽造不可の魔法がかけてあるのね。後は、探知かしら。魔法も全部、かけた本人にしか解けないようにロックされているわね」
「おぉ」
「後、滞在者の行動記録も見れるみたいね。追跡魔法の応用かしら?」
メイプルがカードに目を落とし、ふふっと口端を上げた。
少し綺麗な木板だと思っていたら、めっちゃハイスペックじゃねぇか。
「いつからファンタジー世界が現代文明に遅れを取っていると錯覚していた?」
「です……よね……」
お前の分析力もハイスペックすぎて怖いわ。
「二人とも早く行くわよ」
エルナに急かされて門を潜るが、その際、門番さんに何かじろじろと見られた。珍しい顔つきと服装だからだろうなぁ……。
ちなみに、メイプルはエルナから借りたマントを頭から羽織っており、魔力やら何やらを抑えるなんてことまでして正体を隠している。
何でも、こういった門には魔物が通過しないように魔物探知用の大がかりな仕掛けが施してあるとか。空港の探知機を思い出した。
それに引っかからないメイプルの偽装の腕前も驚異的だが、詳しいことは何一つわからないので、とりあえずどっちも凄いとしか感想が浮かばなかった。
さらに、マントの下もしっかりと魔法で変化させており、両側頭部の角は風魔法の応用で見えなくし、衣服も若草色のワンピースを着用している。収納魔法でもあるのかと思ったら、似たようなものがあると言われた。そしてそれを聞いたエルナが、諦観の眼差しをずっと、ずぅぅぅぅっと遠くへ向けていた。俺も似たようなもんだった。
というか、昨日からメイプルが色々と凄い。こいつ絶対主人公タイプだろ……。
そんな風に考えながら門を潜り抜けると、
「そこは雪国」
「んな訳ねぇだろ」
「冗談よ」
目に入ってくる街の景色に、俺もメイプルも声音が弾んでいた。
木材と切石で組み立てられた建物が並ぶ通りを行き交う人々。普通の人もいれば、頭に獣耳が生えた人もいて、おぉファンタジーと声が漏れそうになる。
「まぁ、わかっていたことだけど、中世ヨーロッパ風のイメージとファンタジーがごっちゃね」
「そうだなぁ」
ブリオー風の服もあるが、エルナが着ているような比較的現代風の服装も多く、皆身なりが綺麗で、女性に至っては髪の毛がサラサラしている。不潔さや不健康さはあまり見られず、表情も明るい人が多い。
次に足元を見れば、老若男女問わず皆、皮靴を履いている。特に身なりが良い裕福そうな人たちは、もっとファッション性のあるものや、エルナのものよりもしっかりとしたブーツを履いており、木靴らしきものは全く見受けられなかった。
さらに、行き交う人の中には冒険者らしき姿もあり、彼らは革や鉄、何かしらの外殻(!)を使った武具を纏っており、時折エルナに気が付いて目礼している者もいた。
「すげぇ、本物の冒険者か」
異世界の街や人の様子に感激していると、メイプルが「ねぇ晴樹」と袖を引っ張ってきた。
「足元、見てみて!」
「ん?」
「ほら、石畳がすっごく綺麗!」
「あぁ、なるほど!」
視線を落としてみると、石畳の表面が平らだった。しかも大きさや形が均一化されたものを綺麗に組み合わせて使用している。
さらに、路上も汚物で汚れていることもなく、道路端には側溝らしき小さな穴がある。
「綺麗だな」
「定期的に掃除しているのかしらね。風の魔法を使えば掃除も楽でしょうし」
「こりゃ、中世じゃなくて近代っぽいな」
「地球じゃないからね~」
そう、ここは地球ではない。目の前に広がるのは中世ヨーロッパ『風』の街並みなだけで、異なった世界なのだ。
「上下水道が発達していて、街は綺麗だってサキュバスの皆(姉さんたち)から聞いて、色々調べたの。そしたら、まぁ現代から転移してきた奴でもそこそこ住めそうなくらいには発達した文明が見えてきたのよ。カメラに写真があるくらいだから、地球中世にはなかった発明とか発見があったかもしれないし、産業革命かそれに似たことがあったとしてもおかしくはないわ、多分」
「産業革命じゃなくて魔法の力だろう、これ」
現代と比較するように街を観察する俺に、メイプルは微笑を浮かべる。
「まぁ、この世界は生きやすいってことで、気楽に考えて行きましょ?」
「そうだな」
本当に気楽そうなメイプルに頷き、ちらちらとこちらを見ていたエルナに向き直る。ずっと日本語で会話していたので、エルナは蚊帳の外だった。
「なぁエルナ。産業革命って知ってるか?」
「サンギョウカクメイ?」
「いや、知らないならいい」
この世界の文化や経済の成り立ちに少し興味はあるが、今は置いておこう。
そう、異世界やファンタジーと言うことでひとまず片づけておこう。
便利な言葉だ、異世界、ファンタジー。
「そういやぁ、サキュバスたちの服もなんか結構上質そうだったな」
「ふふふ、わかる? アラクネとシルキーの職人さんたちが作ったものでね、破れにくくてそこいらの鎧よりもずっと丈夫って評判なの。さらに、手洗いでも魔法で洗っても大丈夫だし、速乾性も抜群よ! 後、薔薇とか蝶のデザインが入ったレースとかすっごく可愛いいの!」
「滅茶苦茶高級品そうな上に性能が凄すぎる……」
「ちなみに姉さんたちが株主に入ってるから超お得に入手できたの。後、今着ている奴の他にもお気に入りのワンピがあって、その防御力は魔気甲冑と比肩できるほどで―」
嬉々として自慢してくるメイプルを遠い目で見ながら、この世界の文化を『風』たらしめている原因が、魔法だけでなく魔物にもあるんだなぁと思い至った。
きっと人間社会の様々なところにもこいつらのもたらした恩恵があるんだろう。ハーフさんとか、好き好んで人と関わっているような魔物がいて、そいつらが力を貸しているに違いない。
まぁ、それそれでいいか。
少なくとも、この世界での日常生活はあまり困らないだろうから。
とりあえず、風呂とトイレ事情はしっかりしていそうだ。安心した。マジで。
「二人とも、何の話をしているの?」
「街も人も元気だなって話してたんだ」
「そうなんだ」
エルナが嬉しそうにはにかむので、俺とメイプルは首を傾げる。
「どうしたんだ?」
「この街、気に入ってもらえたんでしょ?」
「あぁ、まぁな」
「私も人の街は初めてだけど、いいんじゃないかしら?」
俺たちの感想に、エルナはにかっと笑った。とてもとても嬉しいと表情が、そして彼女の纏う空気が伝えてくる。
「ラベルはね、私のお気に入りの街なのっ」
なるほどな。
城壁メモ
メイプル「石落としからは火と水の魔法で作られた熱湯が落ちてきて、専用の矢狭間からは魔法がバンバン飛んでくるらしいわ。こっちは銃眼ならぬ魔眼ってところかしらね」
晴樹「魔眼っておま……」