7 サキュバスと繋ぐ者と光の運命神 行こう、二人で共に
「……ぇ?」
気が付いたら、真っ白な世界にいた。
うぅん、違う、なんていうんだろう……真っ白に見えるほど明るい光?
その中に私は立っていた。
ちゃんと、自分の体が認識できる。
あれだけあった気だるさも、体の痛みも、苦しさもない。
ここは、天国?
「残念、違うのよねぇ」
「ふぇ?」
顔を上げると、そこにいたのは……あぁ、あぁ……!
「何泣いてるのよ。ほら、もう」
涙が止まらず、しゃっくりまで出てきた私に苦笑しながら、彼女は抱きしめてくれた。
しゃがんだ彼女の胸の中に抱きかかえられ、私は彼女に抱き着いて脇目も振らずに泣いた。
「よく頑張ったわね、うん、本当頑張った。偉いぞっ、っていうか尊敬するわ」
「で、でも、わ、わたひっ、ま、まも、守れ……なかったぁ……」
「守ったじゃない。ちゃぁんと見てたわ」
「でもっ、ハルキお兄ちゃんがぁっ!」
自分の体も、彼の体も、消えた。
きっと、彼もこっちに来ているだろう。
どう謝ろう。
どう謝ったら、彼は叱ってくれるだろうか。
「こら、そんな事望まないの」
少し困ったように、怒ったように、でも優しい声で、彼女は私のことを叱った。
「叱ってもらおうなんて、おこがましい。貴女がどう思っていても、相手が叱ろうと思わなければ叱られないのよ」
「でも、でもっ」
じゃあ私はどうすればいいのっ。
「まっすぐ、立っていなさい」
後ろ頭を撫でる彼女の温かい手に、震えていた心と体が少しずつ収まっていく。
「それで、真っ直ぐ相手の事を見なさい。それで、相手の言う事を受け入れなさい」
「それって……」
「大丈夫、アイツはちゃんとアンタの事、叱るわよ。でも、それはアンタが思っているような理由で、じゃないでしょうけれどね」
そう言うと、彼女は私から離れ、指を私の額に当てて弾いてきた。
痛くて、でもそれ以上に彼女の怒ったような、悲しそうな顔に、泣きたくなった。
「私のためじゃなくて、自分のために死にたくないって思いなさい」
「でも、だって、今はぁ!」
「うん……私の押し付けになっているのはわかっているけれどね……でも、私は、貴女が死にたくないって思って、生き残ってくれる方がうれしいのよ」
「何で……?」
だって、死にたくなって思っているのは……。
「確かに私も死にたくないけどねぇ……」
苦笑しながら言って、でも、私の頭に手を置くと、彼女は微笑みを浮かべた。
「私はね、友達で、妹で、子どもみたいな貴女が、大切なのよ」
そんな、そんなこと――――。
「私だって、お姉ちゃんのこと、大好きだもんっっ!!!」
だから、
「私は死にたくないっ! 私のためにも、お姉ちゃんのためにも、私は、まだ死にたくない!!!!!」
そう言うと、彼女は頷いてくれた。
「うん、わかった。じゃあ、メイプルの言う通りに、私も、自分と貴女のために、まだまだ生きていようって足掻いていくわ」
私たちはひとしきり抱きしめあった。
「……ハルキお兄ちゃんは?」
「アイツなら、ほら」
お姉ちゃんが指を指す方を見ると、遠くで、お兄ちゃんととても綺麗なお姉さんが会話しているのが見えた。
「もう、無理しちゃだめですよ?」
「すみません、本当すみません、この通りです」
違った、お姉さんにお兄ちゃんがひたすら頭を下げて謝っているだけだった。
お姉さんはとても素敵な笑顔のはずなのに、怒っているのが何となく私にもわかった。
「あの二人の関係性がわかるわー」
「あのお姉さんは……?」
「女神様ね。名前がわからないけど、悪い人じゃないわ」
「もしかして、お兄ちゃんの夢に出てくる女神様ってあの方?」
「多分ねぇ。あ、そうそう。私たちの会話と姿は、アイツはわからないから」
それって、お兄ちゃんはあの女神様しか認識できないってこと?
もしかして、お兄ちゃんは、地獄へ送られちゃうの?
「いや、アイツ地獄送りにできないっていうか、死んだら確実に地球へ戻されるでしょうね」
「じゃあ、お姉ちゃんも?」
「そうなるんでしょうけど、生きたまま戻りたいから、まだまだ死ねないわねぇ本当」
苦笑しながら立ち上がったお姉ちゃんを見上げて、私は首を傾げた。
「ここって、天国じゃないの?」
「違うわ。ここはね」
「夢と現実の狭間、と呼んでもよいかもしれませんね」
びっくりして前を向き直ると、お兄ちゃんと話していた女神様が、私たちの前に立っていた。
お兄ちゃんの姿はどこにもなかった。
「彼は先に帰りました。でも、目覚めるのは同じ頃合いでしょう」
「目覚める……もしかして、私たち、生きているんですか?」
驚く私に、女神様は頷いた。
「そうです」
「でも、私たち、リヴァイアサンの光に飲み込まれて……」
「その時、不思議な事が起こった……」
お姉ちゃんが、低い台詞口調で何か言い始めた。
それって、確かお姉ちゃんの好きなお話しの台詞だよね?
「午前七時三十分を過ぎた頃ってところかしらね」
「え?」
それはつまり、
「夜が明け始めた……という事ね」
私は口元に手を当ててしまった。
「じゃあ……」
「えぇ、だから早く戻りましょう。それに、アイツがアンタを庇ったのは、何もただ守るってだけじゃないわ」
「え?」
「時間作ってあげるから、自分で聞きなさい。行くわよ」
「う、うん!」
私がお姉ちゃんに着いて歩きだそうとしたところで、そのお姉ちゃんが立ち止まり、振り返った。
そこには、女神様が相変わらずにこやかに立っていて、私たちを見守ってくださっている。
「一つ、いい?」
「何でしょうか?」
「ちょっと姿を変えてるけど、貴女、会ったことあるわよね?」
「否定はしませんよ?」
「じゃあもう一つ聞くわ……あの子に、何をさせる気?」
お姉ちゃんの目がすぅっと細められる。
女神様は困ったように笑って、頬に手を当てた。
「星海の邪神の退治のお手伝い……と言っても、信じてもらえないでしょうか?」
「いいえ、信じるわ。でも、それ以外ね……あの子、周囲に何だか女性が集まりまくってるけど、これ、貴女の仕業?」
女神様に対して、態度を一切変えないお姉ちゃんに、少しハラハラしてしまう。
けれど、これは以前、ロキという神様たちに対しても同じだった。
お姉ちゃんは、神様相手でも、自分を曲げない人だ。
女神様はため息をついて、悪戯っぽく笑った。
「違いますよ。別の方々の仕業です。後は、晴樹さん自身の性格というか、元々の運命ですね」
「嘘じゃないわね?」
「私の名誉と敬愛する前長と、晴樹さんに誓って」
「……あ、そう」
聞きたいことを聞けたらしく、お姉ちゃんは踵を返した。
「……ありがとう、助かったわ。今度、神殿に立ち寄ったら、何かしら寄付をするわ」
「お気になさらず。貴方たちの旅路に、幸あらんことを」
女神様の祝福を聞きながら、感覚が真っ白になっていくのを感じた。
そうだ、今は、何よりも……やるべきことがある。
「行くわよ、メイプル!」
「うんっ!」
諦めない、終わらせなくちゃ、あの子の悲しみを!!!