6-7 エロ漫画野郎と蒼海の魔王 嘘
俺とリヴァイアサンはしばらくの間にらみ合いを続ける。
『くくく……貴様、もうじき魔力が尽きるな。感じるぞ』
「もしかしたら、フェイクかもしれねぇぜ?」
『強がるな。貴様、生命力と感情の爆発で魔力を補おうとしているな。我にはわかるぞ』
どこまでもヤバい奴だ。
邪神の眷属になっちまったから、想像以上の化け物になっちまって。
「そう言うお前は……とっくの昔に魔力が尽きちまったのか?」
俺の言葉に、リヴァイアサンは嘲笑を浮かべた。
『尽きてはおらぬ。使わぬだけだ』
「ふーん? だったら、何で俺の仲間をスプライトで落とさないんだ?」
『スプライト……?』
「紫色の雷だ」
『あぁ、そうか、そうだったな……遥か上空で起きる、現象であったな。
うむ、別に使う必要がないだけだ。貴様を葬った後で、じっくり奴らを痛めつけるだけだ。その時に使おうと思っていてな』
「ふぅん、そうか……」
俺は、それが嘘かどうかわからない。
だが、わかる奴が一人いる。
「だ、そうなんだが、どーなんだ、エルナ?」
〈嘘〉
俺の感覚に、エルナの声が響いてきた。
彼女は今、遥か上空で、シールドの制御をしている最中だ。
声が届くはずもなく、また聞こえる訳でもない。
だが、そうしなくても、聞こえる方法はある。
俺の意識は、現実を見ている。同時に、半ばぼやけている感覚もある。
学生時代、授業を寝惚け半分で聞いていた時のように。
〈彼女は嘘をついてる。さっきから、ずっと嘘ばかりついている。本当だったのは、邪神について話した時と、あの人って言う人に関してと、ハルキが邪神に勝てないってところくらい。後は所々の雑談と、チートについて、何か意味のわからないことを話していた時かな〉
「サンキュー」
意識がハッキリと戻った。
絡繰りはこうだ。
先ほど、エルナの肩に触れた時に、彼女の意識に俺とリヴァイアサンの会話を届けるような魔法を付与していたのだ。
魔法の無線とでも呼ぶべきそれのおかげで、エルナはリヴァイアサンとの一騎打ちの間、その会話をずっと聞かされていたのだ。
そして、その魔法にリンクするために、夢魔法の応用で彼女に付与した魔法へと無理やりアクセスして、彼女と通信を行ったのだ。
無茶苦茶なやり方だったし、咄嗟の事だったのでエルナがどう反応するかわからなかったが、上手く行った。
これで、魔力はほぼすっからかんだ。
手の中に残った魔弾のうち二つを魔力に戻して、それで飛翔状態を維持する。
だが、これでわかったことがある。
『何を、言っている?』
訝しむ奴へ、肩を竦めて見せた。
「アンタがウソツキだって話だ」
『ほう?』
「アンタは魔法を使わないんじゃない……使えないんだ」
リヴァイアサンの目が鋭くなった。
図星か。
こいつ、感情が表に出やすいな……まるで、子どものように。
あ、俺も出やすい方か。何も言うまい。
だが、俺の口撃はリヴァイアサンに届いていることは確かだ。
「雷の魔法だけじゃない、ブレスもアンタは使わなくなった。どこからだ? そう、メイプルの魔法剣一斉射撃の二度目を受けた時からだ」
あの時、リヴァイアサンは、言った。
これを使うことになるとは、と。
「恐らく、邪神からもらった力とやらの影響だろ。その破壊光線や、メイプルを引き寄せた力に鎖に、魔法を無効化した力、確かに凄まじいけど、魔法が使えなくなる。違うか?」
『貴様……!』
表だって狼狽えはしないが、やはり図星なようだ。
チート、とコイツは言った。
確かにヤバい力だった。こいつの巨体と能力も合わされば、確かに魔王、いや、邪神の眷属として申し分ない存在として、この世界を好き放題に蹂躙できるだろう。
それでも、デメリットはしっかりとあって、それが魔法の使用不可、というものだった。
スプライトやブレスがないだけで、かなりやりやすかった。
最初は何時浸かってくるのか気になってはいたが、もしかして、と途中で考えてからは警戒はしても、そこまで気負うことなく戦うことができた。
そして、確信に至った今、俺は戦いの幅が広がったことで、希望が一気に見えてきた。
「どうした、魔法を使えるように、その力を一度パージ……無理か。しているなら、とっくにやってるだろうからな」
『うるさい』
「そう言えば、お前、体の傷、治ってないな。不死身の力はどうした? あれは、お前の身体能力じゃなかったのか? もしかして、魔力……魔法によってできていたことなのか?」
『黙れ』
「邪神の眷属になって、世界征服? ご苦労なこった。ん、回復能力はないのか? この先、その傷だらけの体で戦う気か? 弱点と言うか鱗の下が丸見えだぞ。各国の引退勇者が一斉にかかったら、強烈な一撃が入りそうだな。純粋な、物理攻撃が」
『黙れと言っている』
「邪神の眷属、楽しいか? 世界征服した後、お前、どーなるんだ?」
『黙れと言っているだろうが貴様ァッ!!!』
破壊光線が直撃するのを、どうにか避ける。
怒りのせいで、命中率が著しく下がったリヴァイアサンの猛攻を掻い潜りながら、翻弄し続ける。
『何がわかる?! 貴様に何が! 何がわかるというのだぁぁぁぁ!!!』
「わからねーよ。わからねーから、アンタに問う!
リヴァイアサン、アンタ、本当は何がしたいんだ?!」
残りの魔弾を、リヴァイアサンへ叩き込む。
奴は呻きながら、仰け反りながら、しかしこちらへ戻りながら灼熱を思わせる殺意を乗せた視線で睨み返してきた。
『何がしたい?! 決まっている、世界征服だッッ!!! あの方に捧げる、この世界を支配し、蹂躙することだぁぁぁぁぁッ!!!!』
「嘘付けゴラァッ!!!」
奴のすぐ近くを通りながら、ベールを纏った拳で一発その横っ面を殴り飛ばした。
仰け反ることなく、特に痛がる様子もない。
逆に俺が痛い。折れてないし、骨がむき出しになるような怪我になってないのなんて奇跡だってくらいダメージを受けている。
だが、身体的ダメージではなく、精神的ダメージを受けたのか、奴は呻き声を漏らした。
『嘘ではない!!』
「嘘だなぁ!! 俺は分かるぞ、お前は嘘をついている!!!」
『ついていない! ついていない!!!』
「嘘つきは泥棒の始まり、いや、悪い子の始まりだってな!!」
言っていて、我ながら気分が悪い。
だが、この煽りは、確かに奴へダメージを与えている。
ただの煽りで受ける怒りではなく、これは、きっと……。
『違う、違う、違ぁぁぁぁぁぁぁうっ!!!』
破壊光線のスプラッシュを回避。
魔法陣が消えた。
重心の移動だけで海へ落ちていく。
『違うもん、違うもん!!! 私、ウソツキじゃないもんッッ!!!!』
叫びながら、破壊光線の雨が降らせてくる。
俺は足に展開していたシールドを手に取り、頭上に掲げる。
防御用と認識したことで、光のベールがシールドを覆い、破壊光線を防いでくれる。
だが、もう一分も持たない。
海に半ば沈んだ体で、どうにか耐える。
『ウソツキはアナタだもん!!! 私は嘘つきじゃない!! 私はいい子だもん!!!!』
「街一つを蹂躙するって言って、いい子って何だよ!!!」
『~~~~~~~~~~~~!!!!!』
激しさが勢いを増す。これまでで一番だ。
残り三十秒とも持たなくなった。
ヤバいな。
だが、あぁ、残り三十秒切ったとしても、もういいやってなぁ!!!
随分とハイなテンションだが、仕方ないだろう。
それに、元よりこれは賭けだ。
俺個人はダメかもしれないが……結果的には、最後に勝つのは俺だな。
「リヴァイアサン、アンタは、大切な人がいるんだよな?」
『え?』
攻撃が、止んだ。
呆けるリヴァイアサンが、俺を見ている。
その眼差しには怒りはなく、戸惑いだけが浮かんでいた。
「その人は、アンタの事を、気にかけていたらしい」
『……あああああ』
リヴァイアサンが、声を震わせながら後ずさるように体を退く。
目は俺を見ているようで、どこか遠くを見ているような、いや、視点が定まっていない。
感情がぐちゃぐちゃになっている、そんな時のそれとそっくりで。
『うわああああああああああああああああああああああ!!!!』
いきなり、爆発し、破壊光線が俺目がけて放たれた。
「ああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
ベールで迎え撃つ。
シールドが、まず溶けた。
そして、光線が消えたのとほぼ同時に、ベールも消えた。
「がああああああああああああッッッ?!!」
熱された海水が、強化された俺の体に噛み付いてきた。
それをどうにか耐えると、やがて、身体能力も元に戻った。
ついに魔力が切れた。
収納魔法を開くこともできない。
ここに浮かんでいるのは、もはや普通の一般人だ。
どうにか沈まないようにはしているが、意識が本気で朦朧としてきた。
素の限界が近い。
次、奴が吠えただけで俺の鼓膜は破れ、下手したら絶命する。
ちょっとした恐怖だが、それでも、俺は笑みを浮かべる事が出来た。