3-5 サキュバスとエロ漫画野郎と冒険者 まさにファンタジーね!
結局、俺とエルナは数分おきに回復魔法をもらって爆走し続け、目的地まで目と鼻の先のところで、ようやくメイプルから解放された。
走っている間、運がいいのか悪いのか、魔物の類だけでなく、冒険者や旅人にも出会うことはなかった。途中にあった村を通り過ぎる時に、もしかしたら村人の誰かに見られたかもしれないが、気にしないことにした。
いつかどこかで、街道を爆走する謎の影とか噂が聞こえても無視しよう。
「二人ともお疲れ様。調子はどう?」
「特に問題ないわ。というよりも、疲れてなくてびっくりしてる」
「……俺もお疲れって言うほど疲れてないな……うん」
彼女の言っていた通り、特に体に異常はなく精神状態も安定しており、さらに立ち止まってからも軽く走りこんだ後のような疲労感があるだけで、それも回復魔法の力でピタリと収まる。
最初は精神的に少しクるものがあったが、それも走って数分もしたら慣れてしまい、映像アトラクションみたいだなぁとか考えられるようにまでなっていた。
「通常の鍛え方をしていたら時間があまりにもかかりすぎるし、旅の途中でもしものことがあったら嫌だから。荒業だけど、基礎能力だけでも上げさせてもらったわ」
「そうなのか?」
「ええ、ちゃんと体力も筋力もあがっているわよ」
メイプルは俺の肩や腕に触れて満足げに頷いているが、俺にはよくわからなかった。
「これがメイプルちゃん式基礎能力アップトレーニング、その序章よ!」
「まだ続きあんの?!」
「あるに決まってるじゃない。普通の人間が身体強化を何年、何十年も使って鍛えていくところを最長でも一週間で完成させていくんだから」
「やっぱりありえん」
「魔法でできないこともたくさんあるんだけど……」
「そのありえん、できないことを成し遂げるのが魔法なのよ」
俺とエルナの言葉を無駄にシリアスな笑顔と無茶苦茶な理屈で一蹴し、遠方を見やるメイプルの視線を追う。
俺たちが立っている場所から数百メートルほど向こう。小高い丘の上に巨大な城壁が鎮座していた。草原のど真ん中で圧倒的な存在感を放つその偉容に、言葉にしがたい高揚と緊張感を覚える。
「ここからでもわかるくらいの巨大な城壁だわ! まさにファンタジーね!」
サキュバスと言うファンタジーな存在がファンタジーを語る。ファンタジーって何だっけ。あ、やばい、ゲシュタルト崩壊しそう。
興奮する俺たちに、エルナは生暖かい視線を向けながら手を叩いて注意を促してきた。
「メイプルはこの辺りで変装した方がいいわ。それで門番は騙せる。でも、門には魔物を探知する仕掛けがあるから、そこをどうするのかが問題だけれど……」
「大丈夫よ、問題ないわ」
「メイプル、それ失敗フラグ」
ドヤ顔で謎の決めポーズのメイプルに一応突っ込んでおく。言葉の持つフラグ力が大きく影響を及ぼす恐れがある。
「本当に大丈夫よ、晴樹。一番いい隠蔽魔法を使うから」
「勝利フラグを重ねて相殺しやがった……」
「普通はできなさそうなんだけれど、メイプルならできそうな気がするわ……」
出会ってまだ一日なのに、エルナは達観した表情だった。昨日から色々と常識をぶち壊されるような出来事を目の当たりにし過ぎたせいだろうな。俺もそうだからわかる。
「そうそう、街では偽名を使うわ。そうね、私はカエデちゃんよ!」
「まんまだな」
「そして晴樹の義妹って設定だからよろしくね!」
「妹、間に合ってんだけどなぁ……しかも義妹って……」
その後、いくつかの決め事を確認して、メイプルの変装を済ませてから、城壁に向かって歩き出した。
メイプル「私たちは登り始めたのよ。この長い、長い坂m」
晴樹 「だから変なフラグ建てるなっての」
エルナ 「この丘、そこまで長くはないんだけれど……」