3-3 サキュバスとエロ漫画野郎と冒険者 これが身体強化魔法よ!
大変長らくお待たせしました。申し訳ありません。
とにかく、とっとと森を出るに限る。
幸いにも、出口の近くだったため、少し走ればそこは街道だ。足場の悪い森の中のため、俺は注意しながら走り、エルナもそれに合わせてくれているため、思ったように進まない。
さらに最悪なことが起きた。
出口近くに突然、蔦や蔓が発生し、絡み合って壁を作り上げ始めたのだ。一本一本は子どもでも引きちぎれそうな細さなのに、それらが縒り合わさり、太く強靭な一本の巨大蔓のようになっているため、剣で切り裂いたり、魔法で燃やしたり穴を開けたりするのも難しそうだ。
「えぃっ!」
エルナがフレイムを撃ったが、燃えるどころかじゅぅっと音を立てて被魔箇所―数本の蔦が焼けただけだった。
「マジでか……三本の矢かよ……」
「三本どころか百本はありそうな気がするわね……」
しかも、焼けた場所は新しい蔓や蔦で覆われて修復、強化されていく。嫌がらせか。
「このままだったら森に閉じ込められるわよ!」
遠い目をする俺とメイプルとは違い、エルナは諦めずにフレイムやウインドで突破しようとしている。後ろに向かってたまに撃ちこんでいるが、
「その程度の攻撃が私に通用すると思う~?!」
という変態の勝ち誇った声と、他の妖精たちの「すっご~いっ!」だの「流石魔術師殺し!」だの「そこに痺れる憧れる~!」という歓声で通じていないことが嫌でもわかる。まぁ、子どもたちに被害がないからいいんだが、複雑だ。少しくらいは足を止めて逃げ帰っていいのよ? 怪我をする前に、森へおかえり。
「ちょっと不味いわね。晴樹、もうちょっと速く走れない?」
「て言っても俺はこれが限界なんだが?!」
「閉じ込められたらアンタ、後はわかってるわよね?」
「だよなー!」
このまま逃げ切れなかった後の展開が容易に想像できる。メイプルとエルナは多分大丈夫だろうが、俺はそうもいかない。十中八九、ある意味快楽で天へと昇らされるのが目に見えている。二次元の創作世界ならそういう展開はやぶさかでもないのかもしれないが、リアルで我が身だとノーサンキューですマジで。
「こうなったらぶっつけ本番でやるしかないわ。晴樹、サキュバスと相乗りする勇気、あるかしら?」
「こんな時に何の話だよ?!」
「身体強化よ! このままだったらアンタ、スタミナ切れで追いつかれるわ!」
「くっ、社会人になってからの運動不足を痛感するぜ! 強○薬プリーズ!」
「言い訳しない! 手短に言うけど、初心者がこの魔法を制御するのは難しいから、一度アンタの体のコントロールを私に預けてもらうわ」
「そういうことか」
自分の体のコントロールを他人に預けるという行為に一抹の不安を感じるが、向こうはこちらで長期間過ごしてきた経験がある。ここは、メイプルを信じてみることにしよう。
「わかった! 頼むぜ!」
「了解。エルナ、身体強化魔法を使って見せてくれるかしら?!」
「わかった!」
その瞬間、エルナの姿が消えた。正確には、人間では出せないような猛スピードを初っ端から出して、閉じかけた蔦の壁の隙間から外へと走り去っていったのだ。
「まるでチータね」
「そんなレベルじゃないと思う」
オリンピック陸上に出たら確実に総金メダルだ、あれは。いや、魔法ってドーピングに入るのか? だとしたら最初から出れないな。
「じゃあ晴樹、私の目を見て!」
馬鹿な事を考えていた俺が慌てて返事をする前に、アイツの顔が目の前に現れた。
可愛らしい顔は真剣みを帯びていて、綺麗な赤い瞳と目が合った瞬間、疲労や痛みはあるのに、体を自分で動かしている感覚がなくなった。例えるなら意識だけがそこにあって、椅子に座って映像を見ているような、そんな不思議な状態。ただ、喋ることはできそうだった。
「行くわよ晴樹。身体強化!」
メイプルの掛け声と共に変化が起きていた。
そこから先は、あまりにも現実離れしすぎていて、ゲームの画面を見ているのではないかと錯覚したほどだ。
「調子はどう?」
「あ、ああ、問題ないけど……これは……ッ!!」
体の動きがとてもスムーズになったというべきか。枷のようなものが外れたような。とにかく全身が軽くなるような感覚。それでいて、腕や足に生じる痛みや疲れが抑えられ、呼吸も楽になった。
視界の中で、電車の窓から覗いたときのように、景色が後ろへと凄い勢いで流れていく。風の音も耳元でいつもよりも激しく聞こえ、風圧をモノともせずに進む心地よさに思わず高揚した。
「どう晴樹? これが身体強化魔法よ!」
「すっげぇなこれ! 冒険者はこれを使って戦うのか!」
もしかしたらこれ、特撮の変身に当たるんじゃないのか? 体だけじゃなくて思考速度とか動体視力も強化されており、文字通りの『身体強化』を行うこの魔法に俺は状況も忘れて興奮しっぱなしだった。
しかし、そう喜んでもいられない。植物の壁はほぼ完成しており、俺が通り抜けられる大きさの穴はもうなかった。
「晴樹、ジャンプ!」
「犬か俺は!」
メイプルの指示を受けて体が勝手に地面を蹴ると、ブウェァッと風を切る音と共に浮遊感を覚え、視界が普段ならあり得ない高さの世界を映し出した。
おそらく数十メートル上空。
空と森とその向こうに広がる山々や転々と見える村らしき場所。異世界の早朝風景が俺たちを出迎えてくれた。ラピ○タのエンディングがふと脳裏を過った。
「おぉ?!」
「着地するわよ! 衝撃に備えて心の準備しなさい!!」
頂点に達した一瞬の停滞から一転、猛スピードで地面へと自由落下していく。迫りくる地面に自然と恐怖が沸き起こるが、強化された体を信じて無理やり勇気を奮い立たせる。どの道、今の俺に選択の余地はない。
「ウインド!!」
メイプルが風魔法を使ってくれたおかげで、それほど衝撃はこなかった。漫画や映画さながら、シュタッとスマートに着地することができて、正直自分でも驚いている。
さらに、風魔法の効果が持続しているのか、走り出した俺の背中を追い風が押してくれたおかげで、森を出てすぐのところで待機してくれていたエルナと合流できた。俺の姿を見つけると、エルナも再び走り出した。
「待たせた!」
「いいけど、凄いジャンプだったわね。体は大丈夫?」
「あぁ、絶好調で怖いくらいだ」
「二人とも、まだ油断できないわ!」
メイプルが注意した直後、耳に今聞きたくない声が届いてきやがった。
「ダーリン! 待って~!!」
「ダージリン? 俺茶葉に関しては詳しくないわー!!」
「苦しいわよ晴樹」
黄色いラブコールを投げかけてくる美少女妖精。ただし、見ず知らずの俺のキノコを狙おうとしているサキュバスめいたフェアリーだ。怖い。
っていうか、あいつもあの壁越えてきたのかよ。どんだけアグレッシブに俺を求めてるんだよ。その情熱をもっと別のところに向けていい出会いを探してくれませんかね?!
「一人で来てるわね。適当に走っていれば、そのうち森へと帰るわ」
「どこまで走ればいいんだよ」
「あの子が「ダーリンカムバァァァァァックッ!」って言うまで」
「道は長そうだな……!」
「ダーリンカムバァァァァァックッ!」
「諦めるの早っ?!」
悲しそうなラブコール(怖)を背に受けながらも振り向かず、俺たちはとっとと街道を駆け抜けていった。