3-2 サキュバスとエロ漫画野郎と冒険者 あのお嬢さん、妖精なの?
「旅に出るんだって? 行った先の妖精どもによろしく!!」
「メイプル、向こうに行っても元気でね。どこに行くかは知らないけど、風の便りを待ってるよ」
「もしアーゼに行ったらその辺の猫に話かけてみ? 街の情報裏表色々教えてくれるから」
「このキノコなら三つくらい隣の国まではどこにでも生えてるし、食べられるよ。必ず加熱してね!」
「わかったわかった。皆、元気でね」
妖精たちはメイプルを囲むと、ぺたぺたと彼女に触れ、抱きつき、頭を撫でて自由気ままに挨拶をかけてくる。メイプルは鬱陶しそうにしながらも、それぞれの手に触れ、時に握ってやっている。
「いい友達持ってんなぁ」
「そうね」
暖かい光景に俺はしみじみと漏らすが、エルナは少し呆気にとられているようだったので、妖精のこういうアットホームな風景を見たことがないんだろうと勝手に予想した。
「ところでブロっちとかラクちゃんも呼ばないの?」
「もうそんな時間ないわよ。皆には、私は大丈夫だから元気でねって伝えておいて」
「ブロっち、可愛そうに……」
「ブロード失恋、ライラック、ライバルとの突然の別れに意気消沈!」
「ミーネがいるし大丈夫じゃないのぉ? ライラックはしばらく拗ねて閉じこもるだろうけどさぁ」
「旅に出辛い事言わないでよ。あの子たちなら大丈夫よ」
魔物の子どもたちも、俺たちとあんまり友達関係が変わらないんだなぁとほのぼの考えていると、何やら視線を感じて身震いした。
熱く、探るようなその主を探すと、メイプルをもみくちゃにしている妖精たちの中の一人と目が合った。
「は?」
思わず声が漏れてしまう。
幼女の中に、一人だけ十代半ばから後半に見える美少女が混じっているのだ。しかし、俺たちの世界の昔ながらの伝承を思い返すと、妖精の中には大人の姿や、巨人ような大きさのものもいるので、別におかしくない。エルフやトロール、コボルトも妖精の一種だったはずだし、ウィンディーネやシルフィードも水と風の妖精という見方もある。
だが、目の前のそいつに関しては、妖精とあまり認めたくなかった。
一度見たら忘れられないような可愛らしくも可憐な顔に、発育が色々といい抜群のスタイルはまぁいい。だが、その身を包む衣服がどう見ても子どもサイズで、無理やり着ている感が半端なく、さらにそれを恥ずかしがるどころかこちらへ色々と見せつけるようにしているのだ。
「なぁメイプル」
「何かしら?」
「妖精ってなんだ」
「可愛いってことよ」
誰もそんなシブい声真似でネタ返ししてほしいんじゃねぇよ。
「妖精ってどういう生き物なのかを知りたいんだが……」
「フェアリー、妖精種。様々な姿をしていて、世界中に存在している。性格は無邪気で、いつも楽しい事を探して飛び回っている」
「まぁ妖精っぽい説明だな」
実際、目の前で無邪気にメイプルにまとわりついている少女たちを見て納得する。実際に楽しそうで微笑ましい。
「フェアリー、妖精種。悪戯が大好きで、魔王でも手を焼くらしい。色々な魔法を使い、この世に悪夢と軽い災厄を振りまくこともある」
「ヴァージョン違い?! っていうかフェアリーちゃん?!」
「魔王でも手こずるんだ……意外」
エルナも驚く事実に俺もかなり意外性を感じているが、知りたいのはそこではない。
と、例の痴j……じゃなくて妖精(?)がメイプルに顔を近づけ、話しかけてきた。
「ねぇメイプル。そのお兄さん、メイプルのコレ?」
「その指やめーや」
「違うって言ってるじゃない。それとその指やめなさいよ」
小指を立てるのではなく、握り拳の中から親指を出す残念妖精に、メイプルは「何言ってんの」と手を振って見せる。
すると、残念妖精の雰囲気ががらりと変わる。さっきまでからかうような、探るような仕草だったのだが、まるで大好物を前にしたような、恰好の獲物を狙い定めた肉食獣のような獰猛さを伴った、怪しい目つきになったのだ。
それは昨日、洞窟でサキュバスたちが向けてきたものと非常によく似ていた。
「?!」
「?!」
これには、俺だけでなくエルナまでもが警戒し始めた。すでに後ろ腰に装備してある愛剣の柄に手が伸びている。
「そうなんだ……へぇ……じゅるり」
「お嬢さん、涎拭けよ」
何とかそう言って宥めてみるが、無駄だった。
流石に他の妖精たちも彼女の変化に気が付いたのか、「まただよ」と笑っている。
「あのお嬢さん、妖精なの? サキュバスじゃなくて?」
「比較的原典に近いタイプの妖精よ。妖精だって大人みたいなのもいるわ」
妖精たちから離れ、軽く跳躍して俺の隣に着地するという超運動神経を見せたメイプルが淡々と語ってくれる、残酷な真実。あの残念な美少女は本当に妖精だった。マジでか。
「彼女、ハルキを見てるわね」
「えぇ、ほぼ下半身だけど」
そして、俺が狙われていることも確定してしまった。しかも予測できた理由が超絶しょーもなくて泣けてくる。マジで震えてきやがった。
「……逃げるか」
「逃げた方がいいわね」
「二手に分かれるわよ。他の子もうずうずしているし」
何故か俺に興味がなかったメイプルの友達妖精ズも、爛々と輝く目を向けてきていた。楽しい事をいつも探している。なるほど、追いかけっこの気配を感じ取ったようだ。そう言うことにしておこう。
「覚悟はいい? 私はできるわ」
「してなかったのかよ!! やれやれだぜ全く!!」
絶叫しながら走り出すと、後ろから猛烈な気迫と、無数の陽気が追いかけてくるのを感じた。
そろそろ本当に泣いていいだろうか。
昨日から俺が何をしたというんだこんちくしょー!!
「ハルキ、風の魔法で吹き飛ばすわよ! 多分防がれるだろうけれど……」
「ダメだ! 子ども相手に戦えない!」
「アンタ本当に甘いわね!!」
早速こちらの肩に乗っかってきたメイプルからダメ出しを受けるが、性分なんだよ。
その時、俺の脳裏に電流が走った。いや、閃光か。ピキピキーンッと、まるで天啓のように!
この場で妖精ども(子どもたち)を傷つけず、そして窮地を脱出する方法、それは!!
「菓子パンを囮に逃げれば」
「それを捨てるなんてとんでもない!!」
天啓は、味方の子どもから却下されてしまった。
お前、俺(の貞操)と菓子パンどっちが大事なんだよ……。
残念妖精「お兄~さんっ♪ 私と宮廷恋愛ごっこしーましょっ!」
晴樹「だが断る」
エルナ「貴女、全世界の騎士と貴婦人に謝りなさい!!!!」
メイプル「怒るところそこなのね、エルナ」