3-1 サキュバスとエロ漫画野郎と冒険者 あ、フェアリー
大変長らくお待たせいたしました、申し訳ありません。
「知らない天井だ……」
星がまだ瞬いている紫色の空を眺めながら一人ごちた。
妙に心地よい疲労感と、それをしゅわしゅわと分解するような爽快感ある背伸びと共に目が覚めた。
ここ最近なかったこの感覚は、早寝早起きによるものか、それとも新天地に来たことで体が緊張感を紛らわせるために錯覚させているのか。前者だろう、そういうことにしておこう。
携帯で時間を見れば午前五時を少し過ぎたところだった。清々しい空気と薄暗い森の中で、小鳥のさえずりが神秘的な印象を俺に与える。
「夢じゃなかったんだな……」
「夢だったけど、夢じゃないってところかしらね」
「異世界に来ちゃった件についてだよ」
声をかけられて頭を動かすと、メイプルが昨日のスープを温めているのが見えた。
「おはよう、晴樹。よく眠れた?」
「あぁ、滅茶苦茶すっきりしてる」
「アンタの夢を出る前に快眠の魔法をかけておいたからねぇ~」
「そんな魔法あるんだな……」
メイプルはドヤァとつぶやきながら小さく笑った。
だが、おかげで最高の寝起きを堪能できた。今度教えてもらおう。
「そっか。サンキューな」
「どういたしまして。とりあえず、顔を洗って口をゆすぎなさい」
「あぁ」
背伸びして立ち上がる。
「エルナ~、そろそろご飯にするわよ~」とメイプルの楽しそうな声に、何と言うか、母親のそれを思い出し、転移二日目早朝にしてホームシックにかかりそうになった。
とりあえず、少し離れた場所に移動して、言われた通りに顔を洗う。
両掌に魔法で水をためて、それで一気に顔を濡らす。ひんやりした朝の空気と相まった冷たい感覚に、脳がクリアになっていく気がする。続けて口も同様にしてすすぎ、後は勢いを調整した風の刃で髭剃りして、朝の儀式終了。
「そういやぁ、こんなにすっきりした朝ってのも久々かもな」
しみじみと思いながら戻ると、汗拭き用の布を首にかけたエルナがメイプルの隣に座って、少しだけ驚いたような顔でこちらを見ていた。
「もうウォーターとウインドが使えるの……?」
「あぁ、まぁな」
「まだ教えていないのに、一体どうやって……」
そこで何かに気が付いたようにメイプルに目を向けるエルナ。
「夢の中でこんな魔法があるって見せたら、こんなことに」
「どういうことよ……」
ため息をつくエルナに、メイプルは「えへっ」とウインクしていた。そんな可愛い仕草をしてもダメだと思うぞ。
「基本の魔法を色々と教えてもらって、結構有意義だった」
「睡眠学習って結構有効よねぇ?」
「その域を超えてるがな」
実はあの後、しばらくメイプルに魔法を見せてもらっていたのだが、そこで俺の不思議な力の一端が明らかになったのだ。
「晴樹はね、教えた、というか見た魔法を即座に使える力があるのよ! 現実だろうと夢だろうとね!」
「天才ってレベルじゃないわよ、それ」
俺も同感だが、出来てしまったものは仕方がない。それに、この世界での生存率が格段に上昇する手段が穏便かつ最速で手に入るのは、正直な話、滅茶苦茶ありがたく思っている。
「確かに、超越者ならありえるかもしれないけれど……」
諦観したように肩を竦めたエルナが俺へと目を向けてくる。
「ハルキは一体何者なの?」
「通りすがりの異世界人だ。覚えておいてくれ」
「忘れたくても忘れられないかな」
「ふっふっふっ、これぞ異世界転移あるある、超凄い能力で現地の人を驚かせる! 見事達成ね!」
「メイプルの魔法にも驚かされてるんだけどね、私」
「よっしゃぁ、異世界転生あるある達成!! ダブルクリアよ!!」
「朝からテンション高ぇな」
メイプルが落ち着いたところで、朝食とあいなった。
メニューは昨日の野菜炒めとスープの残りに、エルナが取ってきた卵が使われたオムレツだった。トマトケチャップはなかったので、エルナが持っていた塩と胡椒が味のアクセントになっていたが、それだけでも美味しかった。
菓子パンも出そうとしたのだが、それはまた次回ということになった。
メイプル曰く、
「賞味期限までまだ時間あるじゃない。後一日二日は置いておきましょ!」
ということで、俺のリュックの中にしまってある。
多分、落ち着いた時にじっくり食べるつもりだろうと踏んでいる。
「ところで、ハルキ。他に何もされなかった?」
「あぁ、魔法を見せてもらっただけだな」
「安心しなさいエルナ。基本の魔法をいくつか教えただけよ」
現実の自分たちの寝姿を見せてもらってはいたが、あれもメイプルの魔法だ。エルナの寝顔が可愛かったとか、魔物の気配を感じて目を覚ました時にびっくりしたとか、余計な情報は口にしない。
というか、あれも使えるようになっているんだろうか。
「まぁ、害がなかったのならいいけれど……」
「ふふんっ、メイプルさんは約束を違えないわ!」
真っ平な胸をえっへんと張るメイプルに、エルナはやれやれと首を振って見せた。
その後、片付けを終え、薪を水魔法で完璧に鎮火させてから出発する頃には空も大分明るくなり、森の出口に近づくと朝の優しい陽光が俺たちを出迎えてくれる。
エルナによると、街までは歩いて四、五時間かかるらしい。その間に魔物と遭遇して戦闘になる時は、俺はメイプルと共にひたすら自己防衛に徹するという段取りとなった。
「晴樹、長距離の歩き方についてレクチャーしておくわ」
「お、マジでか。助かる」
「メイプルってなんでもできるのね……」
「なんでもじゃないわ、できることしかできないわよ。っと、それでね、まずは踏み出す時に」
メイプルが俺の隣をふわふわ浮きながら説明を始めようとした時だった。
ガサガサッと茂みが揺れたかと思うと、可愛らしい小さな女の子の顔が現れた。メイプルよりも幼い感じがするが、一体どこの子だろうか。
「あれ、メイプルじゃん。おはよー」
メイプルを見るなり親しげに挨拶してくる幼女。ということは、この子はいわゆる人種という訳ではないのだろう。
案の定、エルナが「あ、フェアリー」とつぶやいているのが聞こえた。
「なんか皆引っ越したって聞いたけど、アンタ、その冒険者に捕まったの?」
「違うわよ。それより、私も今日でこの森を出るから」
「そうなんだ? じゃあ皆にはそう言っとくね」
親し気なのに随分あっさりした別れの挨拶だった。
「突然の別れはよくあることだからね」
「そっか。殺伐としてんな……」
突然の別れ。その言葉の裏にある、この世界の暗黒面を感じ取って俺は何とも言えない気持ちになった。明日は我が身にならないように気をつけなければ。
「まぁ、体に気をつけてね、ということで、私は行くわ。じゃあね、ウララ」
「あ、待って。皆が挨拶したいって」
ウララと呼ばれたフェアリー幼女が茂みに一度顔を隠すと、次の瞬間にはたくさんの幼女、少女たちを引き連れて飛び出してきた。
「「「え?」」」
『メイプル~おはよ~!!』
あ、野生の妖精たちが飛び出してきた!
たたかう、どうぐ、なかま、にげる。
→たたかう
晴樹「ダメだ! 子ども相手に戦えない!」
→どうぐ
晴樹「菓子パンを囮に逃げれば」
メイプル「それを捨てるなんてとんでもない!!」
→なかま
メイプル「フェアリー、妖精種。様々な姿をしていて、世界中に存在している。性格は無邪気で、いつも楽しい事を探して飛び回っている」
晴樹「まぁ妖精っぽい説明だな」
メイプル「フェアリー、妖精種。悪戯が大好きで、魔王でも手を焼くらしい。色々な魔法を使い、この世に悪夢と軽い災厄を振りまくこともある」
晴樹「バージョン違い?! っていうかフェアリーちゃん?!」
エルナ「魔王でも手こずるんだ……意外」
→はなす
ウララ「メイプル、向こうに行っても元気でね。どこに行くかは知らないけど、風の便りを待ってるよ」
キティ「もしアーゼに行ったらその辺の猫に話かけてみ? 街の情報裏表色々教えてくれるから」
マシュー「このキノコなら三つくらい隣の国まではどこにでも生えてるし、食べられるよ。必ず加熱してね!」
メイプル「わかったわかった。皆、元気でね」
晴樹「いい友達持ってんなぁ」
エルナ「そうね」
→はなしかけられる
フェアリー?「ねぇメイプル。そのお兄さん、メイプルのコレ?」
メイプル「違うって言ってるじゃない」
フェアリー「そうなんだ……へぇ……じゅるり」
晴樹「お嬢さん、涎拭けよ」
→にげる
晴樹「あのお嬢さん、妖精なの?」
メイプル「比較的原典に近いタイプの妖精よ。妖精だって大人みたいなのもいるわ」
エルナ「彼女、ハルキを見てるわね」
メイプル「えぇ、ほぼ下半身だけど」
晴樹「……逃げるか」
メイプル「逃げた方がいいわね」
エルナ「逃げないとまずいかな。他の子もうずうずしているし」
メイプル「覚悟はいい? 私はできているわ」
晴樹「やれやれだぜ全く!!」