2-4 サキュバスとエロ漫画野郎と冒険者 可愛い寝顔でしょ?
お待たせいたしました。
目の前にいきなり浮かんできたのは、俺が買いたかったエロ同人誌だった。
咄嗟に手に取って開こうとする前に、別の本が俺の目の前に浮かび上がり、かと思えば次々と現れた無数のエロ漫画によって俺は包囲されていた。
異常な事態だが、どうしてだか慌てることなく、俺は近くに会った本も手に取る。あぁ、これは妹と両親が俺に推しまくっていたゲームのキャラだ。正義のメイドとかなんたらがすごく気になってしょうがなかったので、帰ったらそのゲームをしてみようと思わせてくれた登場人物の一人。でもそれは異世界転移によって叶わなかったが。
「っつーか、あれも、これも……俺が読みたいと思ってる奴ばっかりじゃねーか!」
感動のあまりに放心してしまいそうになるのを何とか堪える。
もしかしてここは天国なんだろうか。
いや、まだ死んだ覚えはないから、夢……?
「夢でもなんでもいい! 買えなかったエロ漫画を今ここで!」
選り取り見取りなこの境遇に、俺は幸福感を胸に今度こそ一番最初に手に取った本を開こうとして、
「はい、夢だからその先は読めないのよねぇ」
聞きなれていないのに聞きなれている気がする、可愛らしい女の子の声が耳元で聞こえた。
「ようこそ、乙女の世界へ」
唐突だが、真っ白な世界で俺はメイプルと向き合っていた。
上下左右があやふやだが、気持ち悪さは感じられず、しかし足場はしっかりしているような不思議な体感に、俺はこれが夢であると認識した。
そこで、さっきまでの記憶がよみがえる。
あぁ、残念……あんなに素敵な夢だったのに、結局本を読むことはできなかった。
肩をがっくりと落としたが、次に浮かんできた疑問に思わず首を傾げる。
「え? 何これ。俺の夢にメイプルがいるってどういうことなの?」
おいおい、まさか……俺、エロ本が買えなかったからって、まさかメイプルに? いやいやいやいやいやいや!!! 普通は洞窟であったサキュバスクラスでないと欲情も何もないだろう!
俺が混乱の極みで悶えていると、メイプルが苦笑交じりに声をかけてきた。
「安心なさい。アンタの夢に介入しただけだから、私は妄想の存在じゃないわよ」
「……そうなのか?」
自分の夢だからどうにも信じられないが、メイプルはサキュバスだ。夢への干渉くらい楽勝なのだろう。そういうことにしておこう。
「納得いったみたいね。うんうん、ちょっと待ってなさい」
メイプルが指をパチンと鳴らすと、周囲の景色が一変し、俺がよく通っている同人ショップになった。人っ子一人おらず、流れてきた店内BGMは最近のアニメ主題歌ではなく、懐かしのイメージソングという具合に、あぁ夢だなと妙に感心してしまう。
そして俺たちが立っているのは、よりにもよって十八禁同人誌コーナーのど真ん中だった。
ちょ、おまっ。
「なるほど、これがアンタの心象風景の一つってことね」
「どんな風景だよ」
自称俺より年上らしいサキュバス幼女が照れも恥ずかしがりもせずに、普通に頷いている光景に、こっちが恥ずかしさを覚えた。というか、勝手に人の心の中を投影すんなし。
「ふぅん、純愛ものが好きなのね」
「十八歳未満は閲覧禁止だっつーの」
「とっくの昔に十八歳なんて過ぎてるわよ。こっちに来てもう八年も精神年齢を……」
「自分で言って落ち込むなよ」
自分の心象風景がエロ漫画やエロ同人誌というショックもあるが、納得している自分もいた。同時にメイプルの反応がシュール過ぎて冷静になれた部分もある。我ながら色々とカオスな心境だった。
「で、何で俺の夢に入ってきたんだよ」
「何となく、アンタがどんな奴なのか知りたかったのよ。勝手に覗いた事は謝るわ」
「……まぁ、別に怒りはしないけどさ」
妹だけでなく、家族全員にエロ漫画の件は知られているからな。全く見ず知らずの奴に知られるのは色々と嫌だが、この半日近くというごく短い間で不思議と打ち解けていたメイプルには、気恥ずかしさくらいしか覚えなかった。
だから、勝手に人の心を見るなよ、と思うくらいで、特別怒ったりしない。
するとメイプルは、苦笑を漏らし、微笑んだ。
「そう。優しいのね」
その笑顔が、何だか年相応じゃなくて、年上の女性が浮かべる暖かなものに見えて、少しだけ、そうほんの少しだけ、心臓が跳ねた。
「あら、ちょっとドキッてした?」
「うるさいよ」
一転して意地悪く笑ったメイプルを軽く睨んでいると、近くにあった液晶画面がパッと輝きだした。
映し出されたのはギャルゲーの新作PVやCMではなく、眠る俺たちの姿だった。
「これもお前の魔法か?」
「そうよ。眠ってる自分の姿を見るっていうのも面白いでしょ?」
「色々と変な感じはするな」
仕事用の上着を掛布団にして横向きに寝る自分の姿は、何と言うか、無防備過ぎている気がする。魔物もいて命の保証がない場所にいるとは思えない、すごく緊張感のない寝相だった。
俺と鎮火した薪を挟んだ反対側で、エルナと並んで眠っているメイプルも似たような感じで、こちらはエルナが貸した予備の布に包まって眠っている。
おいおい、口から涎垂れてるぞ。緊張感の欠片もないけど、あどけなくて可愛らしかった。
微笑ましく見ていると、メイプルから「見ないでくれる?」と睨まれた。嫌悪感を抱かれたかと思ったら、照れているだけみたいだった。ちょっと安心。
微妙な気持ちになりつつ、エルナの方へと映像が切り替わる。すやすやと眠る姿は、年相応の女の子だった。昼間の勇ましさや頼れる冒険者としての顔は見られない。ただし、剣を抱いて眠っているため、その辺りは冒険者というか旅人だよなぁと感心してしまう。
「可愛い寝顔でしょ? でもこれ、半分は起きてるのよ?」
「あれ、エルナの奴、起きてるの?」
「正確には、半分寝てて半分起きてるってところかしらね。ほら、授業中にうつらうつらする感じっていうのかしらね。そのせいか、あの子の意識にはあんまり入れなかったのよ」
なるほど。冒険者として、警戒しながら休むのは当然だ。メイプルの使った魔法によって安全がある程度保障されているとしても、その習慣が損なわれることはなかったということか。
後は、こう言ってはなんだが、まだメイプルや俺のことをそこまで信用していない、というのもあるのかもしれない。俺は男だし、メイプルは魔物でサキュバスだしなぁ。
「エルナの対応は大正解よ。だから別に不満はないし、寝込みの私を暗殺しようとしていないから、文句もないわ。というか、風邪ひかないようにってマントを貸してくれたし、感謝してるくらいよ」
「そうか……」
エルナは、やっぱりいい奴……というか、すごくお人好しなのかもしれない。見ず知らずの俺や魔物のメイプルを受け入れて、一緒に旅をしてくれるとまで言ってくれたのだから。
「もしかしたら、明日から少しずつ訓練が始まるかもね。私はバッチ来い!! って感じだけど、アンタはどう?」
「折角教えてもらうんだ。もとよりやるしかないし、やれるだけやるさ」
「いい心がけね。少なくとも、身体強化が使えて近接格闘ができるのが基礎だし、頑張りなさいな」
「あぁ」
メイプルと頷き合っていると、映像がパッと切り替わった。
「ほわっ?!」
「あらら」
エルナの顔がアップされるが、目をうっすらと開けていた。一瞬、メイプルの魔法がバレたのかと思ったが、特にそれらしい反応は見せず、少ししたら、何事もなく目を閉じた。
「え、何今の?」
「あぁ、近くを何か魔物の類が通り過ぎたから、その気配を感じたのね。もちろん、相手はこっちに気付かずに通り過ぎて行ったけど」
「怖ぇよ」
魔物もそうだが、それの接近を距離がまだある状態で察するエルナも怖い。本当にこの世界は現代人にとって優しくないらしい。
「まぁ、あれがこの世界の冒険者ないし旅人のデフォだから、頑張りなさいな」
将来的に俺もあぁなるのか……。
早く元の世界に戻りたいんだが……マジで。