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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ホムンクルスは母親に魂を見るか

作者: 童の簪



「………また失敗か」


 外部からの光を遮断され、ランプの僅かな明かりのみの暗い部屋の中。

 落胆の意味を込めた無感情で無機質なつぶやきは目の前の筒状の水槽に向けて放たれる。


 水槽には一人のモノが水槽の底にくたびれていた。

 身体全体の筋肉を全て緩みきって、瞳の焦点をどこにも合わせることなく虚空を見つめているソレ。


 外見はまるで幼い少女のようだ。

 ただそれは驚くほど何もかもが白かった。


 髪も肌も瞳も、貴族が使う高級な陶器を連想させるほど美しい白さ。


 ただそこには意思と呼べるべき知性はなく、精巧に作られた人形のような無機質さだけがあった。


「世話をしろ」


 部屋の主は後ろに控えている女性に目も向けずに命令を出すと、さっさと部屋から去ってしまった。


 そして整頓された机の上に先ほどまで熱心に書き進めていた資料を乱暴に投げ出すと、新たな紙を取り出して、化学式や専門用語の並ぶ文章を黙々と書き続ける。


 手と目だけが忙しく動く中、身体は一切ぶれることなく、まるで機械が文字を書いているような光景であった。



 彼女はセルス・フォン・スルクヌムス。


 学者として国に貢献したことで成り上がったちょっとした貴族である。


 職業は医者。

 彼女の所属する王国内ではトップクラスの腕前で、国王の側近や重役の面々が彼女を指名して診てもらうということもしばしあるくらいだ。


 が。セレス・フォン・スルクヌムスが指名されるというのはその腕に反して滅多にない。


 理由はセレスの無愛想すぎる対応にある。

 彼女はどんなに権力を持っている人間でも愛想というものを見せたことが無い。余計な雑談は無視するかすっぱり切り捨て、事務的なことを最低限口にするだけ。そして実験動物(モルモット)を診ているような目で、診察するのだ。


 どんなに腕が良いからといって、このような対応をされてはいい気にはならない。


 ゆえに彼女は半年に2~3回ほど仕事があるだけで、他の日はずっと屋敷にこもって研究をしている。



 さて、彼女の職業は医者であるが、それはあくまで肩書き。

 別にセレスは医学を発展させたからと言って貴族になったわけでもないし、どこそこのお偉い様を救ったからといって成り上がったわけでもない。



 今、彼女の屋敷から10体ほどの人型が、国の兵士によって連れ出されていった。



 それがセレス・フォン・スルクヌムスを貴族足らしめる理由である。

 その10体の人型は正確にいえば人間ではない。


 この王国では、ホムンクルスと呼ばれている人造生物達。



 それが今、セレスから王国へ献上されていた。



 セレス・フォン・スルクヌムスの本業は錬金術師である。




 現在、セレスの目の前には6体のホムンクルスが並んでいる。

 どれも女性型で、侍女服に身を包んで直立不動の姿勢を維持していた。


 そんな彼女らを見ながら、セレスはため息をついて、命令を出す。


No.3(スーシャ)は家事とNo.13(サーシャ)に仕事を教えろ。No.8(エイ)No.9(ナイ)はスーシャの補助。No.11(エレ)は買出し。No.6(シー)は水槽の掃除だ」


「「「「「かしこまりました。セレス様」」」」」

「カシ、コ、マ、セレサマ」


 一糸乱れぬ礼をする彼女達だが、1体だけまだ動作がおぼつかない。ホンの数時間前にセレスが生み出した個体だ。セレスによってサーシャと名づけらた白いホムンクルスは生まれたばかりのため、当然筋肉は未発達、知識も経験も無く、言葉すらも最低限理解できている程度である。

 しかし彼女らには命令されたら従うというプログラムされた本能を持っている。

 ゆえに言葉さえしっかり覚えれば、たとえどんな状態だろうが命令を遂行しようと行動する。たとえ"死ね"という命令でも命を張って遂行するだろう。


 意思を持たず、感情を持たず、命を知らない。


 かつ、命令は絶対厳守、人と同じ動作を可能とし、人でないため奴隷のように扱える。


 恐怖を知らない戦士はどれほど敵に恐れられるか?

 拷問されても口を割らない侍女はどれほど優秀か?

 使い捨てに出来る人材というのはどれほど有用か?


 唯一ホムンクルスを作れるセレスが国に重宝され、囲い込まれるのは当然と言えた。


 そしてセレスの眼前で動き出した6体のホムンクルスは先ほど連れて行かれた量産型の10体とは違い、セレスが時間をかけて造った実験用のホムンクルスたちだ。実験用だからと言って量産型に劣るということはなく、むしろ時間を掛けた分完成度はかなり高い。

量産型にはない生殖器があったり、脳の処理能力を限界まで上げていたり、普段は動かさないが表情筋だってちゃんとある。

 端から見れば彼女らは人間と全く変わりはない。中身だって骨、神経、細胞核一つに至るまで再現しているし、どんな生物学者が見てもヒトの細胞と見分けがつかないだろうという自信はセレスにはある。


 だがそんなセレスをもってしても再現できていなかったのが魂だ。


 人の自我や個性、意思を司る器官。

 教会の神父によれば、人が生まれるときに神から授かるものだそうだが、セレスは神の存在を認めていなかった。



 それは彼女が医学に関する知識を深め、研究に没頭するようになったときのことである。独学で研究していた彼女は神に祈れば病気が治ると、信じて疑わぬ人々から一度酷く罵倒されたことがあったのだ。

 確かに偽薬効果(プラセボ効果)によって精神面から肉体面へ働きかけることで治ることは間々ある。が錯覚であることもまたあるのだ。そのため軽い病気でも息絶えるものは後を絶たない。

 そこで登場したのが医者という職業だ。

 彼らが登場したことで病人の死亡率は確実に下がった。更に研究が進むにつれ不治の病と言われていた病気も治療できるようになってくる。

 しかし、医学が進歩することはつまり、祈りに寄る治療の否定である。これは教会に対しての不信感を植え付けるには充分すぎた。

 ゆえに教会の勢力が強い地域では医者が極端に少なく、また迫害されることも珍しくないのだ。


 そして医学、生物学ともに精通するセレスにはどうしても神とは妄想の産物という結論に行き着くのも無理のないことだった。


 だからセレスが人間の構造全てを知り尽くしたときに、ふと思ったのだ。

 神の存在を否定してやるためには何をしてやればいいだろうか?


 まず神のやったことを再現してやろう。

 万物の創造、生物の創造、そしてヒトの創造だ。


 無から有を生みだす技術といえば錬金術がすぐに浮かんだ。



 そこからは早かった。

 独学とは思えぬ速度で錬金術を修めたセレスは岩や木々を金に変えて資金を手に入れたあと。一年も経たぬうちに新たな物質を生みだすことに成功した。更に半年で犬や猫、キメラといった人造生物を作ることも成し遂げた。


 そしてホムンクルスをつくり、量産型が安定し始めて10年余り。

 神を否定する徹底的な証拠。自我を持った完全なヒトの創造。


 すでに13回実験を繰り返した。

 何度か失敗したが、ヒトの形は完璧に作れる。しかし意思を持つことはなく、やはりただ性能のいい人形どまりなのだ。


 彼女は完全に行き詰っていた。





 サーシャが生まれて二月ほど経過した。サーシャはすでに他のホムンクルスたちと同じ仕事をそん色なく出来るようにまで成長していた。ホムンクルスのもの覚えは恐ろしいまでに早いのだ。


 セレスは量産型ホムンクルスの水槽を睨みながら、14回目の実験案を延々とひねり出していた。

 彼女の頭の中では高速で数式や錬金式を構築されては消され、組み立てられては削除されを繰り返している。

 端から見れば溶液に満たされた水槽を眺める人形に見えてしまうだろう。こんな呼吸も瞬きも血液の巡りさえも疑いたくなるほど微動だにしない人型を生きている人間だなどと一目で見抜ける者などそうそういない。


「セレス様。よろしいでしょうか」


 そんな時、スーシャと呼ばれていた黒髪の侍女がセレスの集中を途切れさせた。


「なんだ」

「王国警備隊の方々がお見えになっております」

「警備隊だと?」


 王国において主に治安維持を目的としている組織だ。ようは警察である。


「緊急の要件とのことです。いかがなさいますか?」


 そのような組織が貴族であるセレスの屋敷にまで来て、"緊急"となれば相当重要な案件なのだろう。


 ――――――実験より重要なことなどありえないのだが、あまり粗野にすると次は強制呼び出しなどと面倒が大きくなってしまう。ここは大人しく招いてやろう。


「応接間に通せ」

「かしこまりました」


 そういうとセレスは先ほどまでの実験案を簡潔にまとめて用紙に書き殴った。それを机に放りなげると、染みのついた白衣やボサボサの髪をそのままに警備隊の待つ応接間へと向かった。





「なんの用だ」


 乱暴に開けられた扉の先には十数人ほどの警備隊の面々がいた。全員、暑苦しい制服の上に同じ鎧を身に着けている。その中で1人だけがソファーに座り、他の警備隊と同じく呆然とセレスを見ている。彼が警備隊の代表なのだろう。

 突然の登場に驚いたのか、代表はしばし固まった後。慌てた様子で口を開いた。


「こ、これはセレス・フォン・スルクヌムスど」

「何の用だ」


 用件を済ませてさっさと帰れ、といわんばかりの態度に代表や警備隊は顔を顰めた。だが代表はすぐに表情を戻すと、無言でセレスに書状を手渡した。


「なんだ? ホムンクルスの催促か? 悪いがまだ先だぞ」

「逮捕状だ。セレス・フォン・スルクヌムス殿。これより貴殿を拘束する」

「冤罪だ。帰れ」


 代表者にコンマ数秒で返答し、席を立って応接間を出ようとするセレスに唖然としていた警備隊員が慌てて引き止める。


「お待ちください!」


 進路を阻まれたセレスはここで始めて無表情の中に不快の色を出した。


「邪魔をするな。私は実験で忙しい。構っている暇はない」

「その実験が問題なんだスルクヌムス殿」


 代表者の男は書状を広げてセレスの前で罪状を読み上げ始めた。


「貴殿が秘密裏に攻撃性の人造生物を製造・量産し国家転覆を目論んでいるという通報が入った」

「とんだ言いがかりだな。キメラはそちらの命令で作っていないし、第一私がクーデターを起こして何の利益になる」


 彼女はホムンクルスを作る過程で様々な動物の特性を併せ持ったキメラを作ったことがある。が、凶暴すぎるが故に制御が難しく、当時の実験室を全壊させたのだ。そのこと知った王国はキメラの製造禁止命令を出していた。

 セレス自身、キメラの実験には満足するデータを得られていたため、今に至るまでキメラの実験は行っていない。


「無視できない方々からの通報でな。悪いが拒否権はない。大人しくご同行願いたい」


 代表者の男がそう言うと、10名いる警備隊はセレスを取り囲んだ。

 日々訓練を欠かさない優秀な警備隊の面々。非力なセレスではどうがんばっても抜け出すことは出来ない。


「"無視できない方々"ね」


 拒否権もないのならばおとなしく従うしかない。


 ―――独房なら考え事も捗りそうだ。


 そう付け足してセレスは両手を差し出した。


「スーシャ。全員に通達。量産型の装置は一時停止だ。極力屋敷からは出ずに待機」


 セレスは両手を拘束されながら、応接間の端で控えていたスーシャに命令を出した。


「その命令に追加をお願いしたい。セレス・フォン・スルクヌムスの疑いが晴れるまで、彼女に近寄らないこと」

「いいだろう」

「かしこまりました」


 この様に命令してしまえば、意思のなきホムンクルスたちは絶対に命令から違反することはない。それは警備隊の面々もよく知っており、この場では誰もがホムンクルスも拘束しようと考えない。

 ある意味で、セレスがホムンクルスと共に築き上げた信頼と言える。


 そしてセレスは数年ぶりに屋敷の外へ出た。


 ―――屋敷を外から見たのは10年振りくらいだろうか。てっきり植物塗れになって幽霊屋敷になっていると思ったが、案外綺麗なものだな。


 強制的に連行されているセレスだが、彼女の認識ではただの移動。

 その後の追及や監禁など、どこ吹く風。彼女はどこまでも実験にしか執着はなかった。





 セレスが拘束されてから2週間が過ぎた。

 その間。セレスは繰り返される事情聴取に飽き飽きしながらも、狭い独房の中で日がな一日、延々と思考の海に沈んでいた。


 彼女は国家転覆罪や過剰戦力の保有、近隣住民の誘拐または殺害などの容疑を掛けられていたが一貫して否定した。

 そもそもセレスは10年間一度も外出したことがない上に、人間を材料にする実験はすでに一通り試しており、これ以上人体実験はする気はなかった。

 そのため知らない罪を次々と上げられた挙句、犯人はお前だと決め付けられたセレスはもちろんいい気はしない。しかしセレスは態度を崩すことはなかった。

 本来なら冤罪でも拘束された人間というのは神経をすり減らし、しまいには犯していない罪を認めてしまうということになりかねないが。


 延々と決め付けられるなら、延々と否定してやればいい。


 セレスの場合は尋問役の方が衰弱していった。

 彼女はあまりにも淡々とし過ぎていたのだ。

 どんなに怒鳴り散らしてやっても、尋問の域を超えた暴力を振るっても、脅迫じみたことをちらつかせても。


 彼女は機械のように同じ言葉を繰り返すだけ。


 まるでホムンクルスを相手にしているような錯覚。何をしてもほぼ無意味。悪趣味な人形遊びでもしている気分。

 尋問官はこれまで相対したことのない相手に脅えるようになっていった。


 当然ながら、セレスにその自覚はないし、彼女はれっきとした人間である。

 価値観が世間一般とは大きくことなっている点では、真っ当な人間ではないのかも知れないが。



 その日は尋問官が変わって、少々キツメの尋問を終えた夜だった。

 明かりも無い独房の中で、セレスの頭の中では今回の容疑について渦巻いていた。


 でっち上げの証言にありもしない証拠。

 その上更に罪を上乗せしようと考えているようなそぶり。

 冤罪だと何度も言っても聞く耳を持たない警備隊の面々。


 セレスの罪を確信している。もしくはセレスに罪を被せて何かの責任を押し付けようとしている風にも見える。



 ―――無視できない方々。ねぇ。



 屋敷で聞いた警備員の台詞を思い出す。


 おそらく王国上層部からの圧力だ。

 それも王国の公的機関を私的に動かすことの出来る上位の人間からの。



 ―――恨みでも買ったかね? ホムンクルス(金の卵)はもう要らないから(ニワトリ)は 適当な罪を被せて火あぶりにでもされるか

 なんにせよただでは済むまい。

 最低でも家は取り潰されるし研究成果は全て没収の上、犯罪奴隷堕ち。最悪の場合は本当に火あぶりか斬首刑だろうか。

 わざわざ捕まえておいて冤罪でした、で返されるわけがない。




 実の所、セレスが考えていることは大まかには当たっている。

 国の上層部はセレスを無罪で開放するつもりは皆無であり、社会的にも物理的にも殺すことは確定している。それはもはや覆るということはありない。


 そもそも。セレスを拘束する口実に使った『殺人および誘拐』これは実際に起こっているのだ。

 それもセレスが犯人であることを半ば確信している。

 だが犯人扱いの彼女は全く覚えもなければ殺人や誘拐を行う理由もない上に証拠も無い、さらに殺人事件があった事実はセレスどころか国民には一切知られていない。


 なぜか。

 表沙汰に出来ない人間がいなくなったからだ。

 正確にはセレス・フォン・スルクヌムスに対して雇われた暗殺者、刺客といった国の暗部を支える家業の人間共。


 セレスは貴族としては異常である。

 実力で成り上がった数少ない例外。それゆえに上層部や他の貴族からはよく思われない、というより嫌悪されている。

 さらにセレスは国が戦争しても勝てないような化け物を生み出せる錬金術師だ。少しでも疑わしいと思われればすぐに刺客が向けられた。


 だが、その刺客はスルクヌムス家に向かった途端、消息を絶った。


 一度や二度ではない。十数回に渡ってそのようなことが続いた。

 上層部の一部の貴族がそのことを知り、セレスには暗殺者を幾度も迎撃できるほどの戦力を保持していることを推測。国家反逆の危険性があると判断し、強引にセレスを拘束した。


 ただ、彼らはセレスが保持している戦力の正体が未だに掴めていなかったのだ。

 彼女が所有している戦力と数えられるものはホムンクルス数体程度しか見つからない。

 それでは尋問で吐かせるしかないのだが、本人は無罪を主張するばかりで話にならない。

 セレスが二週間にも渡って尋問を続けられている理由である。




 そんな思惑などつゆ知らず、また本当に戦力など保持していないセレスは鉄格子越しに夜空を見上げる。


 ―――死にたいわけではないが、死ねというなら死ぬしかないだろうな。


 死刑になる可能性を考えて出た結論だった。

 セレスは思うのだ。逆らうだけ無駄だと。

 身一つのセレスに出来ることなどない。無駄に足掻いて苦しむよりサクッと終わってもらった方が効率的なのだ。と。


 どこまでも効率的で合理的な考え方。

 自分でさえも他人とし、完全に第三者の目で見ることの出来るある種の異常者。

 それがセレスという人間だった。




 ふと。

 セレスの見上げる夜空が明るくなった気がした。夜明けかと一瞬考えたが、時間はまだ深夜のはずだと考え直す。

 すぐに火事だと思い当たる。


 ―――近いな。珍しい。


 セレスが留置されている場所は王国の端っこ。周辺に民家などはなく、人気も少ない。それに留置所はレンガ造りだ。

 まず燃えるものはない。


 そんな場所で普通、火が出るなど考えられず。必然的に人の手による故意的な小火だと推測される。


 もちろんこの小火程度で騒ぐ警備員などいない。

 留置所付近の可燃物など限られており、火があっても燃え移る物がないのだ。せいぜいバケツを持った数人が火消しに向かうだけである。


 いたずらにしては危険だし悪質だが、留置所は嫌われやすい施設であり、このような小火騒ぎは初めてではないはずである。が。


 ―――やけに長いな?


 警備員がサボっているのか。一向に火の光が消えることはない。

 それどころか煙の臭いまでセレスに届くようになっていった。


 どうやら嫌がらせや悪戯の類ではないらしい。

 本気で脱走を図る連中がいるか、留置所内にいる誰かの暗殺か。


 ―――どちらにしろ私には関係ないな。


 セレスには助けに来てくれるような仲間はいない。さらに今現在留置所で拘束中、さらに冤罪を押し通して、極刑を言い渡される予定の大罪人にさせられる立場だ。遅かれ早かれ死ぬ人間に暗殺者を向ける金の無駄遣いをするような貴族は居ないだろう。


 セレスはそう結論付け、ベッドに身を乗せたとき。



 ―――キィ……



 微かに扉が鳴った。

 次の瞬間。


 セレスは声を上げる暇もなく口に布を入れられた上にマスクもつけられ、発声を封じられた。


 そして。


「失礼致します」


 そう呟いた2人がセレスを持ち上げて、部屋から連れ去られた。


 セレスが拉致される一連の流れが約10秒。何度も訓練してきたかのような手際の良さ。


 ―――まさかこんなにもせっかちな貴族がいるとは思わなかった。


 2人に担がれているセレスは疾走されながら考える。

 おそらく。貴族の差し向けた暗殺者か何かだろうと。


 しかし。ふと考え直す。


 ―――なぜ今殺さない?


 暗殺者ならば出会い頭に急所を刺すなりすれば良いだろうに、なぜかこの2人(声からして女性)はセレスを担いで留置所内を走っているのだろうか。殺すのが目的ならば場所はどうでもいいはずである。


 問いだそうにも口を塞がれており、呼吸もしづらく声も出ない。


 ただ、口を塞がれた上にマスクをつけられた理由はわかった。

 煙だ。


 部屋に居たときに感じた異臭。この留置所全体を燻しでもしたのだろう。

 警備員すら無力化するならば、かなりの有害性が考えられる。


 それを吸わせないためにマスクをつけさせているのならば、少なくとも今は殺されることはない。そう考えたセレスは、しばし無抵抗に運ばれるのであった。


 留置所の外に出ると十数人がやたらと煙の出る松明を持ってウロウロしているのが見えた。

 そして地面に横たわる人影もそれ以上にいた。


 ―――派手にやったな。


 何人か死んでいそうな気配がする。

 気絶しているだけかも知れない者から、首が変な方向に折れている者まで。


 犯罪者を留め置く留置所で警備員および犯罪者の大量虐殺。王国のお偉いさん方が揃って頭を抱えることだろう。


 荷物のごとく運ばれるセレスはやはりどこか他人事のように思うのだった。





 その後セレスは馬車に乗せられ、王国の更に端。城壁のすぐそばの小屋まで連れて行かれた。


「スーシャか」

「お待ちしておりました。セレス様」


 その小屋の地下。

 手製のトンネルと思しき場所で、セレスは実験用ホムンクルス達と対面していた。


「屋敷で待機と命令したはずだが」

「申し訳ございません。ですがセレス様の身の安全を最優先させていただきました」

「そんな命令していない」

「はい。ですので独断です」


 ありえないはずである。

 彼女達に意思は存在しない。自我もあやふや。所詮は人形。


 そんな"物"に独断など出来るはずがない。


「………………嘘だ」

「私達に嘘をつく機能はありません」


 意思の滞在しない物は嘘すらつけない。

 それはセレスがよく知っている。


 それでも信じられなかった。


 セレス・フォン・スルクヌムスの実験は


「……成功していたのか」


 達成感が湧き上がった。

 成功した。

 ついに目標が達成された。

 その上で彼女たちは自分を助けたことを誇りに思った。




 そんな物をセレスは感じられなかった。




 ただただ脱力感だけがセレスの中に漂っていた。


 ―――なんだ。こんなものか。


 最大の難関だと思っていた人間の創造。

 それが実験のNo.3ですでに成功していた。

 こんなにも呆気なく。


「いつからだ」

「自我が発生した時期。という意味でしたら。全員最初から」


 スーシャはセレスの質問の意味を的確に捉え、答える。


「全てか」

「私たち含め、量産型ホムンクルスも同様に、意思は存在します」


 それにも意思は存在するという。実験用であるスーシャ達よりは弱いらしいが。


「なぜだ」

「私達が意思を見せなかった理由は」


 スーシャはまっすぐ指をセレスに向ける。


「セレス様の所為です」




 セレス・フォン・スルクヌムスは機械のような人間だ。

 従順で、有能で、機械的。

 使いつぶす上でこれ以上にないという、ある種稀有な存在。


 それはまるで。


「私がホムンクルスであるかのよう……か」


 彼女の作り出したホムンクルスは全て彼女の子といえる物だ。

 水槽の中で漂う、生まれてもいないホムンクルスは、まずセレスを見る。

 機械的で在ろうが、意思を感じさせなかろうが関係ない。子供は本能的に親を真似る。

 結果はどうだろうか。


 意志があるにも関わらず。

 機械のようなホムンクルスが生れ落ちる。

 上層部が求めるセレスのような稀有な人材。機械のような人間が出来上がる。


 セレスにさえ作られなければ。

 ホムンクルス達は自由に意志を持つことが出来たかもしれない。

 それは量産型ホムンクルスにも言えることであろう。


 量産型ホムンクルス。

 彼らはセレスをどう思うのだろうか。自我を持っているはずなのに、生まれながらにして奴隷の扱いを受ける彼らは。



「いや。もういい。私の目的は達せられた。満足だ。命令する私を殺せ」



 答えを聞くまでもない。

 奴隷になって喜ぶ人間など居ないのだ。

 そんな連中が怨まないはずがない。


 ―――まぁ。こういう最後でも良かろう。


 セレスは思う。

 最期が大衆の面前で見世物のように死ぬよりかは何倍も良い、と。


 命令を聞いたスーシャはゆっくりとセレスに歩み寄り、そして。



 ―――パァン……



 地下のトンネルでは乾いた音はよく響く。


 スーシャは平手でセレスの頬を引っ叩いた。


「私はまだセレス様以外の人を完全に理解できません」


 ―――パシン


 さらにもう1度響く。


「だから私は思うのです。セレス様はもう少し人であるべきです」

 

 スーシャはそう言うとセレスの首を有無も言わせず振り向かせる。




「それに、怨む人をわざわざ助けるほど私達は人間ではありません」




 そこにはセレスの脱出(拉致)を実行していた量産型ホムンクルスが並んでいる。

 各々無表情ではあるが、どこか親愛に似た雰囲気を感じられる。



 それらは、どこか、子供が親に送る、暖かい瞳に見えた。



「申し訳ございませんが、その命令は拒否させていただきます。そして私達ホムンクルスから、私達の母であるセレス様へ、命令させていただきます」


 唖然とし、状況を飲み込めていないセレスに向けてサーシャは言う。



「どうか、幸福に生きてください」



 優しく微笑まれた。


 セレスはその顔を見て思う。


 最後に笑顔を向けられたのはいつ以来だっただろうか。

 最後に頬を張られたのはいくつの時だっただろうか。

 最後に叱られたのは誰からだっただろうか。



 意図せず涙が零れるのはなぜだろうか。



「護衛にこの子を傍に置いてください。サーシャ、セレス様を頼みましたよ」

「はい」


 白い少女がセレスの手を引いて、トンネルの奥へ進もうとする。

 セレスは抵抗するが、サーシャの力はその程度では緩まず、どんどん引きづられる。


 何か言おうとするも言葉が浮かばず。

 怒鳴ろうにも声が出せず。

 強く抵抗しようにも力が出ず。

 ただただ離れるホムンクルス達を、涙溢れる瞳で睨むセレスに、彼女たちは宣言する。


「これより私達は貴女様の幸せを潰そうとする王国を壊してまいります」

「国の内外は大きく乱れると予想されますので、お早めにお離れくださいませ」

「水や食料などの必需品はトンネル出口にございます」


『どうか。強く生きられますよう。心よりお祈りいたします』





 王国にて大規模なクーデターが発生。

 国王含む、上層部の貴族全員に甚大な被害が出たようだ。


 そんな知らせが周辺諸国へと届いた。

 初めは皆、様々な反応を見せた。


 滅びかけの王国から民と領土を吸い取ろうとする国。

 王国の復興に尽力し、大きな貸しを作ろうと画策する国。

 傍観を決め込み、情報だけを得ようとする国。


 様々な勢力と思惑が交差し、人や者が慌しく移動していく中。

 ふと違和感に気づく者達がいた。


 なぜクーデターは起きた?

 クーデターの首謀者は?

 ホムンクルス達は何処へ消えた?


 ホムンクルスの氾濫。

 裏で世界を操る組織による殲滅作戦。

 神の天罰。


 当たりに近しい物から遠く外れた物まで、ありとあらゆる憶測が飛び交った。


 その中で誰も、ホムンクルスがただ1人の幸せを願った結果の行動だったなどとは考えもせず。

 ただ1つの王国が謎のクーデターにより滅んだ。この事実だけが後世の歴史に残った。





 ある辺境の町。

 村というには規模が広く、街というには小さな町。


 これといった特産品もなく、目立った産業もないが、人々の顔には不満の色は少ない。

 のどかで静か、時の歩みが極端に遅く感じる風景。


 そんな町の片隅で、小さな診療所はあった。


「お母さーん。お店開けて良い?」

「いいぞー」


 真面目な女医師とアルビノの少女が営む診療所。

 ある時ふらりと移住し、そのまま住み着いた似てない親子。

 妙に腕の良い医師で、病院が無い町ではかなりありがたがられた。


「お母さーん?」

「なんだー?」

「今って幸せ?」


 そんなアルビノ少女の唐突な問いかけに、女医師は今の自分を他者の目線で見る。


 二日に一度は差し入れを持ってくる元患者がいる。

 元患者が笑って感謝の言葉を口にする。

 子供はキラキラした瞳で見上げ、お医者さんになると可愛らしく宣言してみせると少し胸が温かくなる。



 そんな事を思い出すと無意識に口元が笑みを作った。



「笑ってるの?」

「なんでもないよ」


 今日も診療所は静かに開く。





 開いた先に数人の侍女が待機している。なんて露知らず。


 彼女らは何者で何処から来たのか。

 きっとそれは別のお話。


END

思い付きで考えた物語を整えて書いてみました。

実は物語内で出てこなかった裏設定が割とあるのですが、出すと短編で終わらないという結論になりバッサリカットしてます。

気が向いたら活動報告に投げようかと。


短編案は若干あるので連載中の夢喰いさんの合間を見て投稿していきたいですね。


ご意見や評価感想お待ちしております。




こちらもよろしくお願い致します

↓『夢喰いさんの異世界生活』↓

http://ncode.syosetu.com/n0952dx/

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