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第二章 奇妙な戦場 3

 その日はシオーリンに滞在して、シンクレアは情報収集に務めた。

 モーストンの厚意で彼の邸宅に司令部設置することが出来たので、円滑な部隊運用が可能となった。

 補給物資の集積許可も得て、前線に向けて迅速な補給段列を形成することも容易になっている。

 ただ問題があるとすれば、銃弾の一発も未だに撃っていないということか。

 物見遊山に耽るつもりは無いが、司令部を置く町の状況をこの目で確かめておきたかった。町の主要産業や伝統、文化、宗教など生の情報を、情報機関に居た頃の要領で集めて回る。既存の資料や部下を走らせる手もあるが、やはり自分の目が確実だ。

 現地の正確な状況は、戦略を建てる上で必須である。

 モーストンから寄越された町娘の案内を受けて、アレやコレやと観ていった。

 

 シオーリンは繊維産業が盛んのようで、大きな紡績工場がいくつかあった。

 アルビオン企業の下請けをすることもあるらしく、ここに戦争の火種があるようには思えない。宗教的にも土着宗教と、世界最大の宗教であるウィルク教が上手く同居しており、互いに溶け合うように存在していた。文化的にはアルビオン人と大差なく、アルビオンでの流行がこちらに輸入されることも多い。袖の膨らんだ服など、あちらで流行った物が、この町では今流行っていた。

 現在アルビオンの最先端は水兵服を模したものが人気なのだ。

 見れば見るほど相性は悪くない。

 ラブラス政府は何が気に食わなかったのだろう。

「こちらがメイチャップですよ、シンクレア様。綺麗なものでしょう?」

 案内役のメアリーが連れてきてくれたのは、伝統工芸を生業とする職人の工房だ。

 彼女の手には、鱗を思わせる色とりどり鱗片があしらわれた民族衣装がある。光沢のある赤い鱗の装飾が幾何学模様を描いていたり、全身に色の違う鱗でモザイク柄にあしらっていたりと実に様々だ。

 全体的にギラギラと鈍い輝きを放つものが多い。

「サラマンドーラの鱗木から取った皮を一枚一枚、職人が繋ぎ合わせて作るんです。サラマンダーを模して作るのが基本なんですよ。ラブラスのお祭りで、女神テンドー様に捧げるハルジオ祭りというのがありまして、そのお祭りのためだけに用意する巫女装束なんです。代々シオーリンがこの衣装の作製を請け負っているんですが、今年は間に合いそうもありません。毎年この時期になると荷馬車を大量に借り入れて、祭りの本場のリリビア州まで届けていたんです。でもリリビアからその荷馬車が届かないばかりか、町長さんまで帰ってこなくて……みんな途方に暮れてますよ」

 主な収入源を失った職人達は、生活の糧を得るために今は海に出ているのだという。

「リリビアで何かが起きているということかしら」

 賑わいを見せる夜の街へと繰り出し、立ち寄ったパブで夕食にしながら考察を重ねていた。

 ケメットの皿の上にはマイルキッパーが山積みになり、彼女は狂ったように食べ続けている。同行させたルイズは海鮮粥をつつきながら思案気だ。

「その様ですね。まだ部隊に州を越えさせていませんから、断定は出来ませんけど」

「まずはカウウィー州で足場を固める。敵が居ないなら、本当に居ないのか確証が欲しいところね」

「モック中佐が偵察部隊を増員してカウウィーの各方面を洗わせています。大きな部隊がいるのなら、その活動痕跡も見つかるはずです。そうでないのなら、居ても居なくてもラブラス側も手は出せないでしょうから、捨て置くしかありません。気持ちのいいものではありませんが」

 そう言うことになる。

 本命リリビア州を前にして行うべきことは歴然としていた。

 背中を刺されないようにすること――コレに尽きる。

 第七独立連隊は、通常の連隊に比べてかなり水増しされていた。実質、旅団相当の大所帯だが、包囲を受ければ壊滅は必至。土地の有力者を懐柔して味方につける必要があるのだ。その鍵となるのが、元将軍のモーストンだろう。


 明くる日の朝。

 のどかな田園風景の中をシンクレアと愉快な仲間達、それにナルン・エッヂの二個分隊がバンカーフラッペと車を走らせていた。

 軽快に街道を飛ばし続けるケメットが話しを振ってくる。

「大佐、なぜあんな頼みを引受けたのです? ウチらには関係ないと思いますニャ」

「なによケメット。いつも任務のことなんか二の次のくせに」

「しかし……モーストン閣下は部外者ですニャ。『近ごろ郊外にある農家の畑が荒らされておる。これな不届き者を退治してくれる勇者はおらんかのぅ?』などと宣う年寄りの話を聞く必要はないと思います。調子に乗ってますニャ」

 至極当然の話をケメットはしている。軍事行動中にするような行為ではないだろう。

 しかし、これには正当な理由があるのだ。

「モーストン将軍は以前ラブラスの大統領選挙に出馬したことがある。それも二回よ」

「それが何なんですニャ」

「一度目は落選して、二度目は対立候補者のネガティブキャンペーンに敗れて途中辞退している。外国で軍の指揮をしていたという理由でスパイだの売国奴だのと罵倒されたのね。彼がラブラス軍の育成に尽力した功績も無視されて煮え湯を飲まされていた」

「ウチにはよくわかりません」

「つまり、彼は政治に関心があるのよ。町長を務めていたのは政界への未練でしょうね。彼の経歴を調べた。ルイズ」

 後部座席に座っていたルイズが「はい」とブリーフケースから書類を取り出す。

 風に煽られて悲鳴を上がった。

「ケメット飛ばしすぎよッ! ええとですね、モーストン氏は三六〇〇年に入ってから、二十年間に渡りシオーリンで町長として町を取り仕切っていました。その後は年齢を理由に退き、今に至ります。大統領選の対立候補者で元大統領のソザミア・オーファー氏は二度に渡り勝利した事で、この国の実権を完全掌握。現大統領のイマール・オーファー氏は彼の孫に当ります。それ以前に父親もこの国の大統領でして、オーファー一族によって支配されていると言っても過言ではありません。モーストン氏がシオーリンにやって来たのも、中央で政権批判を繰り返した事で排斥されたとの噂もありまして、犬猿の仲という奴です」

「ニャ?」

 ここまで言ってもわからないケメットに解答を与えてやる。

「だからね、彼は恐らくこの戦争を利用してラブラスの実権を握る腹づもりよ。最初の会合からもう何度も彼から情報提供を受けている。積極的にこちらに近づこうとしているわ。ラブラスがあたし達に倒された後、当然この国を治める人が必要になる。彼は戦後、あたしとの、延いてはアルビオンとのパイプ役になり、戦後処理を引受けて実質、総統として君臨することを企んでいるに違いないわ。年齢的にも一花咲かせるにはこれが最後のチャンス。あたしも、それを利用させてもらう」

「そう上手くいきますかニャ……」

「権力には責任がついて回るけど、他人の権力には旨みがあるものなの。意味わかる?」

「ウンコに集るハエみたいですニャ」

「もっと言い方ってものがあるでしょ!」

「ハエに集るウンコですニャ?」

「どういう状況よ!」

 前席の二人のやり取りをルイズは頭が痛くなる思いで見つめていた。

「ですが大佐」と女の園に低音を響かせたのは、ルイズの隣に座っていたバリー大尉だ。彼はナルン・エッヂの隊長としてここにいるのだが、どうしても解せない事があった。

「何故大佐まで行く必要があるんですか?」

 これまた至極当然の疑問である。シンクレアは風除けのフロントガラスを掴み立ち上がった。

 全身に風を浴びながら、辺りを見回していく。

「スタイル・バリー大尉。『アルトロモンド』のお話は知っている?」

「それは……子供の頃に読んだ記憶があるような、無いような」

「そう、つまりそう言うこと」

 この切り出しにケメットとルイズは「またか」とあきれ顔だが、シンクレアはお構いなしに語り出す。

「アルトロモンドの主人公バーニィが、人生を掛けて追い求め、終ぞ手にすることの出来なかったお宝『アルトロモンド』。その彼のライバルであり最大の理解者シンクレアには、アルトロモンドを手に入れる義務があるの。作者カイロ・メジャースは言ったわ。アルトロモンドは冒険の果てに有り、最果てから始まるのだと!」

「あれって結局良くわからないまま終ったんですよね」

「打ち切りってやつです。先生の次回作にご期待ニャ」

 茶々を入れるケメットとルイズの声も耳には届かない。

「シンクレアが、そう――〝シンクレア〟が動かないと、アルトロモンドの果てであるこの世界は綴られないわ。冒険あるところにシンクレアあり! 行くぞお前ら――ッ!」

 良くわからないテンションで気勢を上げる彼女に、後続の分隊メンバーは良くわからないまま応えて声を上げていた。しかし、だからと言って、畑荒らしにまで首を突っ込む必要は無いと思う三人であった。




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