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第一章 シンクレア戦記 3

 ラブラス近海、レッドシール湾。

 大西洋・モルトルック艦隊―第八艦隊の旗艦である揚陸指揮艦『オケアヌス』。

 その艦首甲板上から臨む穏やかな水平線の先に、豆粒大の島々が浮かんでいる。

 その後方に、大ラブラス島の大地が広がっていた。

「砲声も無ければ煙も上がっておりませんニャ」ケメットが隣で呟いた。

「うん……」曖昧に頷いて同意するが、まだ何かを判断するには早すぎる。しかし、先頭を行く駆逐艦の列や左右を護る巡洋艦。後方に続く輸送船団を見渡してみると、些か戦力が多すぎるような気がした。

 その最大の原因は、この艦から少し離れた位置を並走している威容を放つ一隻にあった。

「大きなフネです。あれはきっと強いですニャ」

 同じくそれをしげしげと眺めていたケメットが感心していた。

 その艦は排水量四万八千ロトム、全長二七〇リーム、全幅三二リームの巨体を有し、速力二七オールの性能と、50口径40.6リムサント砲九門、12.7リムサント砲二〇門、対空砲九〇門という並外れた攻撃力を誇る大戦艦――パンドラ級一番艦『パンドラ』であった。

 アルビオン海軍最強の戦艦である。

「あれ欲しいわね。持って帰りましょうか」

「いい考えです。陸軍を飛び越えてシンクレア統合戦闘団の爆誕ですニャ!」

 朝から船を肴に談笑していると、背後から笑い声が飛び込んできた。

「ははは、勝手に持っていかれたら困ってしまいますな。ですが、その時は是非私もお誘いください」

 振り返ってみれば、そこに居たのはスラリと背が高く、上品な口ひげを生やした白髪の紳士だ。

 彼はこの旗艦オケアヌスの艦長……ではないが、この第八艦隊司令官のゼーラ・ロブロフ中将だ。

 ラブラス上陸作戦の責任者でもある。

「おはようございます提督。海の上で迎える朝も悪くありませんね」

「それは良かった。朝食はお口に合いましたかな」

「ええ、それはもちろん。おいしく頂きましたわ。この子なんてお代わりまで」

「大変おいしく頂きましたニャ!」

 ロブロフはホッソリとしているのに、愛嬌のある笑顔を見せて笑った。

「料理長に聞かせたら飛び上がって喜ぶでしょう。ご婦人方に料理を出す機会など、海ではそうあることではない」

「是非お伝えください」

「私も、料理長と同じです。噂の『狼連隊』と戦うことが出来て光栄だ。その指揮官は当代きっての賢天と名高いシンクレアなのですから。今から既に胸が踊っておりますよ」

「あら、それは作戦にということですか? わたくしにではなく?」

「ははっ、これはまた、肝も据わっておられるようだ。誠にもって仰せの通り。この老人、麗しの魔女に魅せられているのです。シンクレア大佐、改めて歓迎いたします。ようこそ、第八艦隊へ」

「ありがとうございます提督。お話も楽しいですが、参りましょう。会議の時間です」

「ああ、まったく。時間と言うやつは無粋なものです」

「仰るとおり」

 艦内へと消えていく二人を見送ったケメットは感慨深く顎に手をやった。

「お洒落だニャ」


 オケアヌスの会議室では、シンクレア麾下の大隊長らと彼女の幕僚が集まり、海軍側からは、ロブロフ中将と幕僚達が会議に参加していた。テーブルに広げられた大判の地図を前に、ラブラス攻略作戦の打ち合わせは最終段階に入っていた。会議室の扉は固く閉ざされ窓も閉め切られている。

 その中に大人の男が、それも軍人が詰め込まれている為、視界が酷いことになっていた。

 揃いも揃ってタバコを吸い出し、室内は彼らの紫煙で充満してしまい雲の中で仕事をしているようだ。

「ゴホッ――」

「連隊は五つに分割した特別編成で、敵を各個撃破し、首都トマーウェルを占領するのが大筋となりますが、今回上陸するラブラス島は特殊な『精霊圏』で構成されています。ラブラス軍自体は大した戦力はありませんが、慎重に期する方策がよろしいかと。三個師団にも満たない戦力で戦いを挑んできたのです。何か策があると考えるのが自然です」

 連隊の副隊長でもあるモック中佐が自分の考えを披露する。

「ゴホッ、ゴホッ」

「大丈夫ですか大佐?」

 すぐ後ろに控えていた女性士官が背中を擦ってきた。彼女はルイズ。

 数少ない女性軍人の一人で、モックの副官でもある。

 家は没落貴族で、家族を養うために軍に志願した特異な人物だ。

 氏名はルイズ・エリオット・フォン・ピルメルプルーム・プルハット。階級は中尉で、夢はお家の再興らしい。およそ軍人とは思えぬ大人しい娘であるが、一族の為にどうしても地位が必要なのだと言う。

 あとダサい眼鏡を掛けている。

 彼女らに構わず会議は進む。

 第一戦闘大隊を任されたレヒト中佐が立ち上がった。厳つい顔にアイパッチをつけた偉丈夫だ。

 彼はモックの案に反論を始める。

「敵の戦力は旧態然としたものだぞセレ。精霊圏にしても、魔術師の数と実力は我々が上回っている。時間をかければ、地の利を有するラブラスにやり込まれるぞ。これまで通り、浸透戦術と速度で戦線を食い破り、後方を脅かしたところで第二派をもってこれを叩く」

「ゴホッ、ゴッ――ゲホッ、んっ、オェ――」

 会議の席は静まり返った。

 皆が気まずそうな顔で視線を落とし、連隊の将校たちは静かにタバコをもみ消している。

「勘弁してくれんか、シンクレア」艦隊側の大佐はばつが悪そうに灰を落とし、傍に座るロブロフは笑っていた。

「失礼」どうぞ続けて、と身振りで伝えた。

 背後のルイズなどは気が気でない様子で「わざとらし過ぎます!」小声で耳打ちしてきた。

「やはりシンクレア殿は、タバコは嗜まれませんか」

「そう言うわけではありませんわ提督。特別な時に、少しだけ」

「ほう、それはどういった?」

「聞くのは野暮ですわ」

 意味深な笑みを浮かべると、どういう解釈をしたのかロブロフは狐につままれた顔で「こりゃ、失礼」と言うと、小さな笑いが起きた。

「それはともかくとして、わたしの意見を述べさせて頂くと、牛乳瓶を思い出します」

「なんです?」訳のわからない発言にモックが聞き返した。

「ラブラス島は牛乳瓶の形をしている。注ぎ口のある首の方がリリビア州。その下が東西で二つの州に分かれ、西がネーザンドルム。東がカウウィー。目下の目的地はレッドシール基地のあるカウウィー州。そしてこの国は州ごとに精霊圏が異なっている。トマーウェルを占領するには、カウウィーからリリビアに渡る必要がある。この為、魔術師の力は大きく削がれることになり、通常戦力に頼る場面が多くなる。でもそれはラブラスに上陸した時点で魔術師の弱体化は決まりきっている。攻める魔術師が弱いのは教科書の通りで、我々は既に敵の術中にある。だから必然的に通常戦力を頼みとすることになる。今回の作戦所要期間は二週間しかないわ。精霊圏ごとに精霊契約をして、ひと月も最適化を待つことはできない」

 内容の判然としない説明であったが、意を汲んだロブロフは言葉を供えた。

「幸いなことにネーザンドルムとカウウィーは山岳地帯の為、ラブラス軍の基地は無い。敵はリリビアに集中している。そしてリリビアの南西から伸びる山脈が、ネーザンドルムとカウウィーの中腹まで伸びているため、リリビア州は袋の鼠です」

 目配せしてきたロブロフに肯く。

「敵が本当に居るのなら、首都トマーウェルを護る筈。我々はトマーウェルまで一気に進撃して彼らを刺激する。そして反撃に出た敵を沿岸部へと誘き出す」

「そこに我々が砲弾の雨を降らせる」

「お願いできますか?」

「淑女の頼みを無下には出来ません」

「あいにく当方は魔女でありますが、殿方に愛想を尽かされぬよう奮励努力いたしますわ」

 トップ同士の見解が一致したところで、他の将校たちも現状ではそれが一番現実的であるとの見方を支持し、この方針で作戦を遂行していくことが決まった。

「では、作戦名をどういたしますかな?」とロブロフに促される。

 立ち上がり皆の注目を集めながら何か適当な名称を探っていると、数日前に覚えてしまった言葉が頭を過ぎる。

「敵は我々を釣ろうとしているようですから、逆に釣り上げてやろうという意思を織り込みまして、本作戦名は――『漁師を釣る竿(マイルキツパー)』作戦とします。それから提督、これをどうぞ」

 高々と作戦名を宣言して、手に持っていた羊皮紙を宙に放した。するとそれは風に乗るようにふわりと舞い、ロブロフの元へと届けられた。彼は驚きつつも楽しげに受け取る。

「これは、地図ですかな」

「わたし手ずから作成した魔導具です。きっとお役に立ちますよ」

 艦隊はその日の午前中にレッドシール基地に到着した。

 一日掛けて陸揚げ作業を行い、第七独立連隊の兵員四千名と、車両一五〇両、戦闘車一二〇両、各種兵装が上陸を完了した。




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