終章 2
2
アルビオンはこの事件を合成体の写真と共に公表し、魔族による突発的な侵攻作戦があったと発表。
リリビア州全域が魔族によって荒廃したという情報を喧伝し、賢天による虐殺の報道を敵対国家による卑劣なプロパガンダ工作であると国際社会で糾弾した。
その裏では、事件の首謀者であるオボロなる工作員の特定に、アルビオンは陰に陽にと奔走し、リースの証言にあった人物が、ミッドガーズの魔術師であることまでは探り当てた。
しかし、当然相手国は該当する人物は存在しないとし、両国の睨み合いは今も続いていた。
暗がりから日差しの下に戻り、これに付随して株を上げたのがシンクレアだった。
彼女とその部隊は、生き残ったリリビアの民を救い、魔軍を撃滅せしめた英雄であると称えられた。
助けたことは事実である為、ラブラス国民からも受け入れられ、戦後処理として立ち上げたラブラス新政府とのパイプ役を務め、復興に大きく貢献した。
こうした功績により、彼女は一躍時の人となる。
シンクレア関連の書籍が書店に並び、彼女の映画が作られ、アルビオン首相と国王陛下の晩餐会に招かれ、王の手ずから『羽根付き獅子星銅勲章』が授与された。
官民揃って持ち上げたお陰で、彼女の公金着服問題はうやむやとなり、会計検査局は国内のあらゆる団体から圧力を受けて手出しが出来なくなってしまった。
ところが、何処から漏れたのだろう。
今度は彼女の執筆した書籍に関する所得隠しが告発され、指摘された著書四点をあわせて一二億カークもの脱税が行われていることが発覚した。
彼女が出版社側に対し、自身の取り分を二割として、表向きは残りを架空の慈善団体への寄付としつつ、実際には残りの印税を母親名義の口座に振り込むよう仕向けていたのだ。
これを悪質であると見た検察に起訴されてしまった。
そして裁判を終えて判決が言い渡されたその日。
シンクレアは裁判所から出てきたところで記者団に囲まれた。
英雄から一転して国賊呼ばわりされる彼女を守るため、部下達が懸命に道を確保しようとするがそれを制し、堂々とカメラの前に出てこう言い放った。
「美人に撮りなさいよね」
裁判所前で『有罪』のカードを掲げながらすまし顔を決める姿が紙面を飾ると、それがなんとも面白可笑しくて国民から笑いを誘った。
追徴課税の一六億八千万が確定し、そして懲役二年、執行猶予〝五分〟というあからさまに権力を臭わす異様な判決すらも、功績との差し引きと、賢天の魔術師でありながら行なわれる騒動とのギャップが世俗の心を掴み、「仕方のない奴だ」と民衆からは笑いの種として長く使われることになった。
この豪胆で清濁併せ持つお馬鹿な英雄は国民のお気に入りとなり、それなりに愛された。一部の論者たちの批判や問題提起もなんのその。
シンクレアは(汚職の魔術師と詰られ、あるいは茶化されたが)不適に笑って騒がしい日常に帰った。
思えばこれは会計検査局の最後の抵抗だったのだろう。
だがそれも、意図せず行われた元工作員の人心掌握術を前にしては、世論工作の材料にしかならなかったのかもしれない。
リース・エルドランについても少し語っておこう。
帰国後、彼女は賢天評議会に保護された。不遇の生涯を終えた天才魔術師の遺児として施設に送られ、将来の賢天の魔術師候補として大切に育てられるそうだ。
後の調べで明らかになった彼女の魔術は、父親であるモリスの物とは異なるが、これまた二つと無い希少な魔術だった。
名前はまだ無いが、その目で視た術技を完全に写取り、再現することが出来るというコピー魔術である。それだけではなく、彼女は世界の物事から色を知覚することが出来る不思議な力の持ち主でもあったらしい。それを元に魔術を視て『色を再現』するのだという。
この力を完全な物とすれば、賢天の魔術師は確実であろうと囁かれていた。
何とも因果な結末であるが、これが魔女シンクレアと第七独立連隊が巻き込まれた事件の顛末である。なお、これらの記述は最終的に我が上官、そして軍の検閲の対象となる。
黒塗りが行われた場合は、読者諸氏の想像で補っていただければ幸いである、ニャ。
∴ ∴
ケメットはタイプライターを打つ手を止めた。
夢中になって書いていたら、すっかり日が暮れてしまっている。
軍学校の悲しげなラッパの音が営庭の方から聞こえていた。
「ケメット、帰るから車出して。明日は休みだし、今日は映画でも観てきましょう。『ダトハルカ侵攻作戦』をやってるわ。うちの連隊は端役だけど、あたしの役にエレナ・フォーリーだってさ。ちょっと若すぎない? 彼女性格がキツめだし、見るからに思春期過ぎたばかりって感じなのよね。オマケに天然のブロンドじゃないのよ。下手な脱色剤使ってスカスカの金髪なんだから。エレナが可哀想よ、どうせ白黒なんだし、カツラでも被せとけばいいのに。ステラで続投させとけば良かったんだけど、産休じゃしょうがないわね。あ、それとあんたのポジションに半獣人じゃなくて人間採用ですってよ。猫耳のカチューシャだってさ。国威発揚映画も年々質が低下してる気がするわね。ああ、あとね……」
誰に向って話しているのか、明後日の方向を見たまま喋り続けるシンクレア。
彼女はこちらの返事など待たずに一人でさっさと部屋から出て行ってしまう。
「お待ちください大佐! ウチはまだ仕度がァ――」
大急ぎで原稿を整えて、鞄の中に化粧品とファッション誌、新車やグルメ情報誌やらの私物を詰め込んだ。食べ切れなかったお菓子をその上に押し込んで留め金を掛けると、肩掛け鞄はパンパンになってしまった。
あんな勝手な態度でも、自分が外に出て車が無いと怒るのがシンクレアである。
ヒイヒイ言いながら後を追いかけて部屋から飛び出すと、大事なことを思い出して自分の席にとんぼ返りした。くるりとペンを取り出し、先を舐める。
記録文書の最初の頁、その最上段にこう認めた。
『魔女シンクレアの奇妙な戦争』肉球印




