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終章 1

終章

 リリビア州は一夜にして緑に沈んだ。

 地上からは全ての人間が姿を消し、植物の異常な成長によって文明は呑み込まれていた。

 都市部では道路を突き破った植物のツタが路を縛りつけ、大聖堂からは天井を貫いた大樹が緑の傘を広げている。建物の多くは樹海に沈み、木の根や草花と融合し、戦火に刻まれた傷跡は自然の息吹によって風化し、無数の梢に抱かれていた。

 町を繋ぐ線路では、レールが赤錆にまみれ、枕木にはびっしりとコケを生やしている。

 街道は春の花々に彩られて、穏やかな風にそよがれながら、舞い散る種子は透き通った青空へと飛び立った。

 

 変わり果てた自分達の町を見て、住民達は途方にくれている。

 誰一人として例外なく、彼らの住まいは植物群の下敷きになっているのだ。

 うんともすんとも声が出てこない中、この老婆だけは違った。

「派手にやってくれた。精霊はあの小娘に怯えていたわけだ。テンドー様がいなけりゃ、マナが戻るまで何十年かかることか。まあ、命あっての物種さ。それに――」

 番の小鳥が草花が生い茂る民家の屋根に降り立った。

 子供達は場違いにもこの光景に興奮して走り回っている。

 ある夫婦は自分達の家を見て、軒から垂れ下がっているイチゴを摘んで笑っていた。

 茫然自失となった者たちも、何れ我に返るだろう。そしてきっとこの馬鹿げた光景に仲間と、家族と笑い合えるようになるはずだ。

「人が居れば、何度だってやり直せるよ。さあ、お前達! まずは草刈だよ!」


 

 カウウィー州のシオーリンで、シンクレアとリースは再会した。

 互いに掛けるべき言葉、言うべき言葉が見つからず、長い沈黙の中で二人は視線を交錯させていた。

 最初にそれを破ったのは「モリスを殺したわ」という残酷な一言だ。

 少女は最後の最後まで抵抗を続けていた。

 あふれ出る涙をこらえ、決して泣くまいと歯を喰いしばって目を見開いた。無駄な抵抗だ。

 涙は後から後から押し寄せて、少女の涙腺から堰を切って溢れ出てくる。

 嘘つき。嘘つき。助けると言ったのに。約束してくれたのに! 

 泣きじゃくるリースはそれを口にしたくとも、決してすることは無かった。

 結末が見えていた話だというのは、彼女自身が一番最初に悟ったこと。

 これ以上父に罪を犯させてはならない、その一心で父から奪った霧の騎士団を率いて一人闘っていたのだから。

 しかし、道理が理解できても、この現実を正面から受け止めるには少女は幼すぎた。

 心が引き裂かれる痛みに感情は激しく揺さぶられ、視界を歪ませるほど乱れていた。

 理性を遠ざけ、思い出に叫ぶ。

 どうしよう、どうして、どうしたら――。

 冷たかった母でも泣いているときくらいは抱きとめてくれた。

 いつだって優しかったソニーは、きっと変わらず慰めてくれる。

 沢山の思い出をくれた父との時間は、全てが過去の物となった。

 わたしは一人だ。

 一人ぼっちになってしまった!

 この気持ちを受け止めてくれる人はもう居ない――この当事者を除いて。

 感情に翻弄されながら、そこいらにある物を手当たり次第にシンクレアへと投げつけた。

 自分でもどうしたら良いのかわからず、千々乱れる心の行き先を求めて必死に訴える。

 教えて欲しい。わたしはどうしたら良いの。誰を頼ったら良いの。

 誰がこの声を聞いてくれるの――教えて、教えてよシンクレア! 

 投げつけた石の一つが彼女の顔に当たって、眉尻を切り裂き血が流れ出る。

 ハッとして手を下ろした。

 これだけの事をしても一切の抵抗も抗弁もせず、寂しげな瞳を向けるだけの彼女を視て、激情はそのまま悲しみの瀑布へと注がれていく。

 耐え切れず、とうとう泣き崩れたリースの元へと魔女は歩み寄り、優しく話しかけた。

「あたしには、あなたのお父さんを救ってやれる力はなかった。恨んでくれて構わない。約束を破ったものね。でもねリース。あなたはお父さんとは違うわ。モリスがあなたに遺したその力は、きっと彼が乗り越えられなかった壁を越えていける。それだけが――彼の救いとなる。今はいい。でも泣き終ったら、しっかり前を見て、生きてちょうだい」

 それだけ言うとシンクレアは立ち去って行く。

 遠ざかる足音を聞きながらリースはまた泣いた。もう立つことも体を起こしていることもままならず、蹲るようにして泣き続けていると、ポケットから一枚のカードが落ちてきた。

 それを握り締めて地面に叩きつけようとしたが、出来なかった。零れ落ちる涙の雫で濡れていくカードに目を落とし、口を引き結んで前を見つめた。

 しっかりと、彼女の背中を目に焼き付けた。

 シンクレアは、強くて優しい、大切な色をしていたから――。


 

 モーストン老人が息子達に付き添われて待ち構えていた。

 血を流している自分を見て、ルイズが慌てて駆け寄り治療しようとするがそれを断り、含みのある笑みを絶やさない年老いた天才軍師の前に立つ。

「おお、痛そうじゃのう。腹を裂かれるより痛そうじゃ。名誉の勲章といったところかの?」

「これは記録よ。忘れないための痛みだ。さあ、会議を始めましょう。ラブラスを復興しなくちゃね」




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