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第四章 賢天の魔術師 4

『馬車が一台接近中。箱馬車です。御者は見当たりませんが、道に沿って進んできます。車体にはアルビオン王家の紋章を確認』

 アルビオン王家の紋章が描かれているということは、王室より賜ったことを意味する。このラブラスでその贈与品を所持している者は限られるし、思い浮かぶ限り、所有者は片手で収まる。ただ、御者が不在であることや、町の状況から鑑みるに、正常な状態に置かれているとは考えにくい。

 斥候には監視に注力させ、接触を控えるように命じておいた。

 それから程なくして、馬車はブンスロー市街地へと到達し、まっすぐ音楽堂広場へとやってきた。


 この突然の来訪者に兵士達は色めき立った。

 これまで殆ど刺激物から遠ざけられていた第一戦闘大隊は、ここに来て初めての緊張を受け、手に手に小銃を握り締める。彼らはこの招かれざる客が何か少しでも妙な動きを見せたなら、即座に鉛の雨を浴びせかけるつもりだった。それこそ、くしゃみの一つでも銃爪を引き絞るであろう警戒心を露に、広場に停まった馬車を取り囲んで注視していた。

 常人であれば物怖じして一歩も動けないであろう。

 威圧的な衆人環視の中、その圧力を意に介することもなく、平然と馬車の扉が開かれて一人の男が降りてきた。

 彼はくたびれた背広に魔術師のローブを羽織り、白髪交じりの長髪を背中で束ね、無精ひげと痩せこけた頬に疲れを感じさせる眼鏡の中年男だった。

 誰かが銃を操作し、金属が擦れる音を鳴らせたのを皮切りに、兵士達は一斉に彼に照準を合わせる。

 眼前に居る人物が誰なのかと誰何する声は一切ない。

 視覚から得られる情報から魔術師であろうという当たりをつけ、対魔術師戦闘を念頭に置いた行動に従事する。魔術師とは言わばそれ自体が爆弾だ。武器が無くとも、殺傷の術を心得た兵器。

 誰の物とも知れない危険物など、遠ざけたい、無くしてしまいたいと思うのは当然だった。

「待ちなさい! 銃を降ろして!」

 一触即発の空気を一喝によって霧散させて、兵士達を掻き分けて前へと歩み出る。何かあっても対処できるように一〇リームほどの離れた位置から男を見据えた。ところが、渦中の彼はこれほど堂々と登場したにも拘わらず、途端に気を揉み始めていた。

 頻りに周囲を見回して視線は散漫となり、口元は戦慄いている。

 何度かどもりながら、ようやく意味のある言葉を発することができた。

「まて、待ってくれ。わ、私はアルビオン人だ! 君たちの仲間だ!」

 警戒心を解くためか、両手を開いて見せながら上擦った声音で懐疑に歪む視線を懸命に宥めに掛かる。

「ほら、何も持っていない。敵意は無い。魔術師にこんな事を言われても信用できないだろうが……」

 自ら墓穴を掘る要領の悪さに気弱そうな語り口が、人付き合いに不慣れな印象を植え付けてくる。

 ほら大丈夫、大丈夫、と皆の機嫌を伺うようにぎこちない足取りで歩み始めた。

「君たちは、アルビオン軍なんだろう? 使い魔で君たちの姿を確認してここまで飛んできたんだ。どうだろう、そんな目で見ないでくれ。私もアマルデウス国王陛下の従順なる臣下の一人だ。この軍隊の指揮官に会わせていただけないだろうか? 私はエルドランだ。賢天の魔術師(サージオ)モリス・エルドランが話をしに来たと、伝えて欲しい」


 然したる驚きは無かった。

 事前情報から推測していた容姿とは大した違いは無いし、生存している可能性もリースの話から示唆されていた。モリス・エルドランがトマーウェルで何かをしている、またはさせられているのだと考えていたのだ。

 意外だったのは、彼がこうして自ら接触してきた事だった。

「我々はアルビオン陸軍の特殊戦闘群に所属している第七独立連隊だ。そしてあたしが連隊長を務めているシンクレアよ。モリス・エルドラン、お会いできて光栄だわ。今の今まで何をしていたの。皆あなたの無事を心配していたのよ。本国からも保護せよとの命令を受けている」

 こちらの口上にモリスは呆気に取られ、口を開いたまま凝視してきたかと思えば――。

「ああ」「ああ……ッ!」と声を上げながら大股で歩み寄って来た。

 異様な迫力に気圧されて、ある種の恐怖に駆られて体が強張る。何たる不覚か。次にはこちらの手を絡め取り、ガッシリと握りしめられていた。

 モリスはしきりに「これは行幸! なんという行幸!」ギョロリとした眼を収める顔が喜悦に綻ぶ。

 この違和感を禁じ得ない容貌が生理的な嫌悪を誘う。握られた右手が痛みを訴えてくるが、こちらの事など構う気配すらない。

 すっかり興奮していた彼は熱っぽく話しかけてくる。

「ああ、なんということだろう。これは天の差配だ! この地に祖国が誰か人を寄越すだろうとは考えていたんだ。軍人だろうかと。そうであれば決まりが悪いし、不理解に難儀するだろうと気が滅入っていた。だがその点君ならば問題無い! 賢天の魔術師(サージオ)である君ならば、私の研究を理解し、真っ当な評価を下してくれるはずだ」

 勢いに負かされてすっかり口出し出来ずにいた。だがこの不心得者に好き勝手されるのが非常に癪に障った為、思い切り腕を振りほどいた。

「痛いってのッ――」

 率直に言って、モリスの第一印象は〝気味の悪い男〟だった。

 しかし、そうであったとしても突き放すわけにもいかない。

 彼を本国へ連れ帰る必要があるし、何よりもリースの願いを無碍には出来ない。

 苦手意識は拭えないが、これでも娘にとっては優しい父親なのだろう。

 自分にそう言い聞かせながら役場へと場所を移した。

 これから聴き取り調査を受けてもらうことを告げ、島の全容把握への協力を仰ぎながら建物の前までやってきた。するとそこには、ルイズの影に隠れたリースの姿があった。

「おや、リースじゃないか! なんだってこんなところに居るんだ。今までずっと捜していたんだよ。何をしていたんだい?」

 いち早く彼女に気付いたモリスではあったが、ここ数日離れ離れになっていた親子の再会にしては、あまりにも淡白な対面だった。少し門限を過ぎた子供を咎めるような口ぶりは、リースを過酷な精神状態に追いやった事実と大きな乖離があるように見えて仕方ない。

 恐る恐るといった風に顔を覗かせるリースは、「もう怖い人いない? お父さん、大丈夫?」と蚊の鳴くような声で尋ねている。

 そこにも違和感が付き纏った。

 あれ程までにお父さんお父さんと喚き立てた少女が、いざ父親を前にすると消極的な姿勢を見せている。ちぐはぐな情景に不審が募り、ルイズと顔を見合わせた。

「怖い人? 何のことを言っているんだいリース。そんな人は居ないし、お父さんは大丈夫だよ。少し痩せたかもしれないが、それだけさ。ああ、その服は見たことがないな。誰かに買って貰ったのかい? あの白いドレスは?」

「あのドレスは破れちゃったし汚れてしまったわ。ごめんなさい。これはお医者様が見立ててくれたわ」

「ああそうか。仕方ないな。ちゃんと後でお礼に行かないと。でもひとまず、お家に帰ろう。疲れただろう?」

 モリスの差し出した手を暫く見つめると、リースは歩み出てその手を握った。

 このぎこちないやり取りが妙に気持ち悪い。魂の抜け殻となった人間に糸をつけた人形劇を見せられているみたいだ。

「待ちなさい。話を聞いていなかったの? あなたから聴取をしなければならない。ラブラス軍の動向を探る必要があるし、あなたがこれまで何処で何をしていたのかもお聴きしたいわ。どうしてこの付近の町や村から人が消えてしまったのかも、知っている事は全て話してもらいます」

 モリスに対して言い聞かせながら、疑念をますます強めていく。父親に手を繋がれたリースは、自我を手放してしまったかのように力ない目を空間に放ってしまい、こちらを見向きもしなくなった。

「なるほどそうか。なるほど、なるほど……」

 モリスの呟きに歓喜の色が広がり、彼は目を細めると微笑を湛える。

 特別な秘密を手にした子供が、それを隠して悦に入るときのほくそ笑みにも通じる顔だ。

「なに?」

「いえ、あなた方は何の心配もございません。貴方、延いては我らが偉大なるアルビオン王国の憂慮は既に取り払われているのです」

 この男は何を言っているのか。眉間に皺を寄せて不快感を露にしても、彼は気に留めるようすは無かった。

「ラブラス軍のことがお知りになりたいのでしょう? 良いですとも、お教えしましょう。彼らはとっくに、私の手の中だ。あなた方が戦うべき敵など居ないのです。ラブラス政府も同様に、超大国アルビオンに逆らう者たちは全て、我が魔導に屈服した」

 嘶きと共に、モリスの乗ってきた馬車が役場の門扉前に停まった。そこで初めて気付く。

 その馬は瞳孔を欠いており、デュラハンたちが騎乗してた馬と同じ類の狂化・附加魔術が施されている可能性がある。そんな考察に思考を割いている間に、モリスはリースを連れて馬車の扉に手をかけていた。彼は朗らかに振り返る。

「トマーウェルの制圧は完了しています。どうぞ皆さん、ご一緒にいかがでしょうか。皆で勝利を祝うのです。そしてシンクレア……貴方にもお話がある。同じ賢天の魔術師(サージオ)として。いや本当に、本当に貴方でよかった。これは運命だ。はたまた、宿命と呼ぶべきか」




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