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第四章 賢天の魔術師 2

「まったくルイズ中尉にも見せてやりたかったですニャ! ウチがどれほどの大活躍をしたと思われます? 迫り来る敵を右へ左へといなし、敵中真っ直中を駆け抜けたのです! 奴らの凶刃が幾度となくウチの愛くるしくも立派な耳を掠め、騎馬突撃によって何度もこの可愛いバンカーフラッペから振り落とされそうになった! しかしウチは諦めなかった。弱音を吐く大佐を叱咤し、亡霊共の包囲をかい潜り、見事に囚われの姫君を救い出す事に成功したのです。羽根付き獅子星銀勲章ものの働きでした! ふぅ」

 ルイズが現場に居合わせなかったのを良いことに、ケメットはある事無い事を誇張と虚言で装飾し、誇らしげに武功を語ると恍惚とした吐息をこぼした。

 それを後部座席で聞かされていたルイズは、来たくもない芝居小屋で、題目だけは立派な寸劇を客席の四列目の端で頬杖を突きながら眺める時の目をしていた。

 それでも何か反応しなければという律儀な性格に動かされてか、物臭に「あのねえ」と前席で風を受ける彼女の耳を視てから、隣に座るリースを横目で見た。

「まずね、大佐が横に居てよくもそんな事が言えたものね。恐いもの知らずというか何というか。大佐も甘やかしてないで、たまにはビシッと叱るべきです。それにデリカシーも足りてない。アニマル脳では人間社会のマナーは理解出来ないのかしら」

「酷い侮辱ですニャ! 三歳と六歳と一四歳と一七歳と二〇歳の時に受けた侮辱の中でも一際酷い! ウチは頑張りましたのに! 中尉は自分にできないからと、ウチの活躍に嫉妬しておられます!」

「なんてことを言うの! 私は仕事で離れていただけです! 嫉妬も何も無いわ!」

 侮辱はこっちの台詞よ、と憤慨を露わにしたかと思えば、直ぐに泣き出しそうな声で「大佐ァ!」と訴えてくる。

 どちらも軍人らしからぬ態度なもので、いつ説教をしてやろうかと渋い顔で二人のやり取りを聞いていたのだが、自分がそこを突くには説得力が欠けている気がしないでもない。

「そうね……まあ、嘘は駄目ね。自慢話や武勇伝くらいは良いけど、嘘は癖になるから。勲章も見合わせた方が良いかしら。大層な羽根付きを貰えるらしいし」

 ケメットは喜怒哀楽がはっきりしているし、清々しいほど欲望に忠実な生き物なので扱いは容易だ。

 こんな風に嘯いてやれば、「そんニャア!」と声を上げて狼狽え始める。

 こういうわかり易いところが可愛い奴なのだが、一つの物事に囚われるとそれに掛かりっ切りになってしまうのが悪いところで、運転中にハンドルを放して縋り付いてくる。

「いやですニャア! 出来心だったんですニャア! 許してくださいニャア! ウチの名誉が掛かっているのですニャア!」

「こら! ハンドル放すな! わかったからッ、ニャアニャアうるさい!」

 この喧しい一行は街道上で列をなす兵員輸送車両を尻目にし、行軍中の兵士達を危険運転で脅かしつつ、はた迷惑な存在感を放ちながら進んでいく。

 ルイズの隣に座る少女は面食らった様子で視線だけを動かし、暴れる車体から振り落とされないように座席に体を押しつけていた。

 どうしてこの旅路にリースを同行させたのか。

 未だ本調子とは言えない彼女を連れ出す事にしたのは、いつくか理由がある。

 一つは心傷を引き摺り病室に押し込まれるよりも、ケメットやルイズといった騒がしい面白人間と一緒に居た方が、思い詰めてしまうような余地を無くせると思ったからだ。それにラブラスの広漠とした風景の中に身を置くことで、多少なりとも心身の回復に繋がるかもしれない。

 だからと言って、軍事行動に子供を連れ回す非常識には、軍医のメイバルや将校達から口やかましく諫められた。モック中佐に至っては、自分の娘のように叱りつけてくる始末で、ケメット達に言うような「あたし大佐」の一言も口を挟めない。

 彼らの反対の大合唱を強引に振り切った次の理由は、一つの予感だ。

 この島で起きている様々な異常と、リースの心に封じ込められた真実の片鱗に誘われたと言っても良い。こうしなければならないと、そう感じた次第である。

 

 馬鹿騒ぎが一段落する頃には、軍隊の行軍は姿も見えないほど遙か後方にあった。

 暗澹たる空の下、特に会話もなく平凡な田舎道をバンカーフラッペはひた走る。

 チラリと後ろへ目をやると、リースは遠くの松林にある側道を眺めていた。意識的ではなく、流れる風景を網膜に映しているといった風だが、どうにも気になってしまう。

 野戦病院で見せたあの姿を思い起こせば、何が切っ掛けでまた取り乱すかわからない。今の彼女はしゃぼん玉のように空虚で脆く、無軌道にどこまでも流されてしまいそうな危うさがあった。

 世界を映す事を止めたあのような目をされては、放ってはおけない。

 子供が心を切り捨てなければならない環境など、ろくなものじゃない。

 まだまともに会話もしていない時分、何かもっと知り合う事が出来ないかと思案していると、つま先に当るカーキ色の鞄に気がついた。足下にあるのはケメットの雑嚢だ。

 原型はブリーフケースのような形をしていた筈のそれは、円柱型になるまで荷物が押し込められていた。これは期待できそうなので、引っ張りだして中身を漁り始める。

「大佐! 人の持ち物を勝手に弄らないでくださいニャ!」

「良いから良いから。物事には切欠が必要なのよ。ちょっと、何なのこれは? 玩具なんて必要ないでしょう。戦争に来たのよ」

 雑嚢の中から出て来るのは、よくわからない動物の置物と化粧ポーチ、雑草の束にスミレの花輪、胡桃の缶詰、土の入った瓶、ファッション誌、裁縫セットと帆布の切れ端など詰め込み詰め込み……他にもアルビオンで買ってきたと思われるお菓子が大量にあった。

「乙女のバッグですのニャ! 止めてくださいニャ!」

「遠足に来たんじゃないのよ、どうするのこんなに。罰としてこれは頂くわ」

 雑嚢の奥から引っ張り出したのは簡素な作りのお菓子箱だ。パッケージには魔術師や竜のイラストが描かれている大量生産品である。

「エボナはダメですニャ! この戦争が終わったら開けようと決めてましたのに!」

「他にもあったんだから一個くらい良いじゃない」

「『エボナカード』は集めてますのにぃ!」

 エボナカードとは、世界中に実在する魔術師の肖像権を侵害しているトレーディングカードだ。

 この世界のどこかにある『円卓島』という島を根城にしている大魔術師エボナが、外貨を稼ぐ手段にこれを利用していた。並外れた力がある件の魔女により、世界中の店という店に勝手に出荷・陳列され、売り上げの七割が店舗からエボナの元へと瞬間移動する。

 規制しようにもエボナの魔術を前にしては、各国政府も力が及ばずお手上げ状態で、半ば黙認されている品であった。価格も一箱三〇〇カーク程度と、子供達も手が出しやすい。その上、自分の子供や母親、父親、そして先祖がカードに取り上げられている場合もあり、記念品として幅広い層からの支持を得ていた。今年で一〇周年を迎えるそうで、パッケージも気合が入っている。

 普段からこういった玩具には疎いものの、子供に人気というのは知っている。

 物で釣るのが大人のやり方。

 ガサガサと音を立てながら箱を振って、リースに手渡してやった。

「ほら、暇でしょ。クッキーも入ってるみたいだし。知ってる? エボナカード」

 おずおずと手を伸ばして箱を受け取ったリースは、無表情にそれを見つめていた。

「知っているわ。変な味のクッキーが多いわね。カードは集めてないけれど」

 少し大人びた口ぶりとは裏腹に、引き結ばれていた口元を幾らか緩めて箱を開け始めた。

 その様子を隣から見ていたルイズが「ああ」と声を上げる。

「これ知ってますよ。弟たちが好きなんです。カードに魔法が掛かってて、護符にもなるんですよね」

「金運が上がるものや無病息災、恋愛成就のお守りなんかにも使えますニャ」

 それは眉唾物だ。

 たかだか三〇〇カークで、降霊術や附加魔術の実用に足るものなどそうそう無い。手間暇を考えれば『個人差があります』の注釈が箱の裏側に記載されているのが道理。しかしこの類の玩具はそういう設定も含めて楽しんでいくものなのだろう。

 リースは箱から取り出したカードを見て、「あっ」と小さな驚きの声を上げる。

「何が出ました? 知り合いの魔術師とか。もしかしてエンドルフ・マイヤー様とか?」

 好奇に駆られるルイズに、特に、マイヤーの名を上げるあたりに呆れてしまう。

「なぁに? あんたまでマイヤーに惚れ込んでるわけ」

「え、だって凄いハンサムじゃないですか。その上に賢天だなんて反則ですよ!」

「でも早漏だニャ」

「えっ! なんで知ってるの!?」

 話の筋から逸れていく女どもの会話を聞き流しつつ、身を乗り出してリースにカードを見せてもらった。描かれたイラストを目にすると、それはどことなく見覚えがあもので、

「あら」

「魔女シンクレア。レアカードだ」

 カードには墨画タッチの人物画が描かれていた。

 三つ揃いのような服装にポニーテールを靡かせる女性らしき描写は、自分の特徴を押さえたものと言える。なるほど、と奇妙な感じがした。自分が商品になるというのは、照れくさいような、ロイヤリティーを貰いたいような複雑な心境だ。こちらの困惑など露知らず、ルイズが興奮して覗き込んむ。

「凄いじゃないですか! 確か賢天のカードって高値で取引されてるって聞きましたよ。リース、良かったわね!」

「ルイズ、それはあたしを売り払えと言っているの?」

「お待ちくださいニャ! ただのシンクレアでは価値がありません」

「あたし価値ないの?」

「その程度のカードでしたらダブルくらいには流通しております。ウチも何枚か当てたので捨てましたニャ」

「ケメット?」

「もう一段階上に進化した『群狼のシンクレア』でしたら貴重でしたニャ」

「あたし進化するの?」

「なんだ、期待して損しちゃったわ。もう一箱開けてみましょう。マイヤー様が出るかも」

「あんた達ね……」

 上官に対するあんまりな扱いにそろそろキレようと青筋を立てた時、リースが破顔してお腹を抱えながら笑い出した。何がツボだったのか。

 一向に止む気配の無い哄笑は歳相応の笑顔を彼女にもたらし、凝り固まった雰囲気が軟化していく。

 無邪気な笑い声と、目的の達成に免じて溜飲を下げることにした。

 ただ『やりましたね大佐』といった含意のある視線を寄越す二人の部下には思うところがあるので、この件は根に持つことに決めた。

 笑いすぎてあえぐリースは呼吸を整えると、カードをもう一度見つめた。

「わたし、このカード好きよ。ケメットもルイズも好き。シンクレアさんも。今朝はごめんなさい。勘違いだったでは済まないでしょうけれど」

「誤解は解けた。それにあたしの兵士はあのくらいじゃくたばらないわ。安心しなさい、過ぎたことよ。あと――あたしのことをはシンクレアか大佐、もしくはシンクレア大佐と呼びなさい」

 未だ笑いを残す表情で彼女はこちらを見据えると、今度は確りと瞳に光を湛えて言った。

「ええ、わかったわ。シンクレア」

 短い旅路ではあったが、少し打ち解けることが出来たのではないだろうか。

 子供は爬虫類と同じくらい何を考えているのか分からなくて、昔から苦手意識があった。だが接してみれば案外可愛いもので、涙に暮れているよりは笑顔の方が何倍も愛らしい。

 連れてきて良かったと、この時はそう思えた。




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