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第三章 青空軍隊の行商 10

10

 スプート防衛陣地では、その日の午前を負傷者の手当と戦場の片付け作業に当てられた。

 連隊側からは死者こそ出なかったが、デュラハンの突撃攻勢により想定以上の負傷者を出してしまったのだ。裂傷や打ち身、骨折などの重軽傷者が多数出たことから、虎の子の霊薬――〈ポーション〉の使用許可を出して応急処置を施すことになった。

 香水瓶ほどの大きさで車一台を買える〈ポーション〉の解禁と言うこともあり、怪我の程度が軽い者は直に戦列に復帰することが許された。重傷者の中には心配停止状態に陥る者も現れたが、〈ポーション〉による再生治療と心肺蘇生措置でどうにか持ち直した。

 他にも騎馬突撃をまともに受けた兵士は、全身を複雑骨折してしまい、〈ポーション〉の対価である〝痛み〟と〝体力の消耗〟に耐え切れないとの判断により、点滴による霊薬投与療法を行いながら後送されることになった。

 そして戦場の後片付け――死体の処理には、野次馬根性や怖いもの見たさで集まってきていたスプート市民が手を貸してくれた。

 彼らは敵が自国の軍隊ではなく魔族である事を知るや、あの戦闘を他人事のように観戦したのだ。

 市民の多くは魔族を見たことが無いらしく、噂が噂を呼び、物珍しさから大勢が集まっていた。

 そんな住民達から、貴重な証言を得ることが出来た。


 昼に差し掛かる頃には、陣地の掃除も大方終っていた。

 開け放たれた指揮所天幕の入り口からは、人々の列が遠目に写る。

 曇り空の下、今朝方に戦場となった丘の麓には多くの人々が集まっている。スプートの市民と、いくらかの兵士達、そして世界最大勢力である『丘の上教会』こと、ウィルク教の牧師が黙祷を捧げていた。

 彼らの前には夥しい数の簡素な墓が広がっており、墓穴の主は『仮称デュラハン』として矛を交えた騎兵団の兵士達だった。

 参謀大尉のレイノスが鮮やかな赤色の軍服を広げて見せた。

「住民の話では、この軍服はラブラス軍の騎兵連隊の物で間違いないそうです。伝統的な物らしく、軍創設以来から受け継がれてきたようです」

「彼らは勇敢に戦い、散っていったわ。でもそれを脳裏に刻むことも出来ず、自分を殺した相手を目に焼き付けることも叶わなかった」

「無念だったでしょう。酷い話です」

「最期の騎兵突撃があんなお粗末なものじゃなおさらね。せめて彼らがウィルク教の信徒であれば良いんだけど」

「あの牧師の祈り言葉が効かないということでしょうか?」

「耳を貸す貸さない以前に、頭が行方不明なんだもの。いつか本物のデュラハンになってしまう可能性はある。そうなると……いえ止しましょう。ケメット、コーヒー。大尉にも」

 いつも傍らに控えているケメットが「はいニャ」と応じ、ハッとして動きを止める。

「大佐! もうすぐお昼ですニャ。ウチはまだ昼食を摂っておりませんが?」

 期待に満ちた彼女の視線を、だからどうした、と一蹴して尻を引っぱたく。

「ひニャッ!」

「早くして。そこらに生えてるタンポポ食わせるわよ」

 これに憤ったケメットは「大佐は酷い」「無慈悲だ」「猫心がわかっていない」とニャーニャー文句を垂れ流しながらカップを用意する。一々小煩い彼女に顰めっ面で睨みを利かせると、レイノスが控えめに笑っていた。

 そこへ人の気配と共に入り口に影が差す。

「メイバルです、入ります」

 白衣の男が天幕に入ってきた。背が高くて痩せ気味で、丸めがねを掛けた三〇絡み――名乗った通りの人物で、軍医のメイバル中尉だった。

「どうも、先生。一緒に昼食でもいかが?」

「タンポポです。雑草を食わされますニャ」

「黙って」早々に当て擦ってくるケメットを黙らせ、「コーヒー」と口煩く命じておく。

 いつものやり取りであことを承知しているメイバルの微笑には「またやっているよ」と言う苦笑も織り交ぜられている。こういった事は本来的には不本意なのだ。

 大佐として、賢天としての威厳が問われている。

 しかし年がら年中無邪気に無礼な部下と、常日頃隙だらけで自由奔放な上官の詰りあいは一度始まると中々終わりが見えてこない。そうなる前にと、気の利く参謀レイノスは切り出してくれた。

「あの子の様態は?」

 大海に浮かぶ木片が、機銃掃射によって木っ端微塵になる前にメイバルも手を掛ける。

「厳命された通り、マナ抑制剤を投与して魔術を使えないようにしています。健康状態の方ですが、栄養失調による衰弱から感冒に掛かっていました。まあ、大したことはありません。少し熱があるくらいで、食欲も十分。今朝の内に大人用の給食を残さず食べてしまいまいしたし、睡眠もいくらかとりました。先ほど起きて、スプートから提供された麦粥を平らげましたよ。後は安静にしていれば、体力も直に回復するでしょう」

 あれだけの事をやっておきながら随分と食欲旺盛だ。

 人里から離れた暮らしをしていたような身形であったし、お腹が空いていたのだろう。

 よもや空腹に耐えかねて襲ってきた訳ではあるまい。

「かなり汚れていたけれど、その辺は?」

「あの娘、臭かったですニャ」

 折角のオブラートをケメットに剥がされる。

「そこは朝食後に看護婦達が。民家から借りた洗い桶に湯を張って、泡まみれにしてやれと言っておきました。服の方はだいぶ痛んでいたので、手ごろな物を町で見繕わせましたよ。まあ、あまり高くない物を」

「それは結構なことだわ先生。でもあんまりみすぼらしい格好だと、先方の印象が悪くなるからね。モリス・エルドランの娘に、シンクレアが失礼を働いたとあっては、賢天同士の諍いに発展するわ」

「看護婦の感性次第ですね。私はその方面に疎いですし、結婚もまだしてませんので。ですがあの子――リースは着替えが出来るだけで喜んでいましたよ」

 そう、リース・エルドラン。

 彼女は、保護対象リストの一番上にくる賢天の魔術師(サージオ)エルドランの娘なのだ。

 これを考慮すれば、〝首なし騎士団〟や〝天候操作〟といった大規模な魔術にも納得がいく。賢天の娘であるのなら、それ相応の力を備えてるであろうという推測だ。

 なぜ推測かと言えば、言質を取るのはこれからだからだ。

「話は出来る?」

「日常的な受け答えであれば問題はありませんでした。お会いになられますか?」

「これを飲んでからね」と、ケメットが淹れたての珈琲を人数分用意して差し出していた。

 カップに皆が口をつけると、一斉に渋い顔をしてしまう。

「なに、これは――なにッ」

 口の中に妙な具合の悪さが広がり、苦味と後味の悪さが際立っていた。

 泥水などと紅茶狂いから評されるコーヒーが、まさにそこらの水溜りから掬ってきたのような土臭さを醸しだしている。豆の風味の一切を殺す暴挙に打って出た犯人は、したり顔をして偉そうにご高説を宣ってくれた。

「タンポポコーヒーですニャ。そこに生えているものを拝借しまして、一緒に漉したのです。とても体に良いものです」

「雑か! もっとやりようがあったでしょうが!」

 それから暫くケメットとの戯れ合い(タンポポの食わせ合い)を経て指揮所を後にした。


 野戦病院となっている天幕は、スプート東部外縁部に施設されていた。

 幹線道路沿いに大型の天幕が三張り併設されているが、現在稼動しているのは一張りだけだ。

 そもそもこれまで戦闘が発生しなかった為、治療に訪れる兵士も食べ合わせで腹を壊した者や、水が合わなくて腹を下したもの、食いすぎで腹を――軍医のメイバルが呆れてしまう程の平和な案件ばかりで、少し前にはシンクレアもシオーリンで世話になっていた。

 ところが今朝にいたっては、戦闘の負傷者の手当に追われて目が回るほどの忙しさであった。

 霊薬の使用許可が下りなければ、野戦病院は今頃〝大盛況〟であったに違いない。

 そして現在、稼働中の天幕で使用されているベッドはたったの二床で、平和を取り戻した従軍看護婦の茶会場となっていた。

 

 車両と兵士が行き交う道路の脇を進み、野戦病院へと向う道すがら。

「あの子は何か話した? 騎士団を連れて何をしていたとかさ」

「そうですね……『守っていた』そうです」

 えらく抽象的な答えを返すメイバルだが、彼自身も眉間に皺を寄せていた。。

「何を?」

「恐い人達が南の町にいかないようにしていたとか何とか。あまり深くは問い質さなかったので、なんとも……」

 恐い人達とはいったい何だ。デュラハンは恐くないのか。ラブラス兵を素材に造られたと思しき狂気の集団を引き連れ、それ以上に恐い物があるのだろうか。

 同様の疑問に頭を悩ませていたケメットと顔を見合わせた。

「昼はもっぱら、山や森の中に居たそうで、日が暮れてくると人里まで下りて守っていたそうです。父親を護る為だとも言っていましたね」

「スプートの子供たちが言っていた『霧の騎士団』の噂はこの事ね。でもわからない。恐い人達から父親を……モリスを護っていたという事? じゃああの子はモリスの居場所を知っていて、彼はいま、護られなければならない立場に置かれているということかしら?」

「では、なぜ大佐を殺ろうとしたのですニャ」

 そうだ。どうしてリースは自分を殺そうとしたのだろう。

 彼女はハティに組み伏せられた時、「お父さんに近づかないで」と言った。「お父さんを殺さないで」とも。まるで自分や連隊がモリスを殺しに来たような口ぶりだ。

 彼女はアルビオン人で、父親のモリスも生粋のアルビオン人の筈である。

 アルビオン軍の自分がどうしてモリスを殺すことになる? 

 どのような変遷を辿ればそんな発想に辿り着く?

「あたしはモリスと面識もない。書類で名前を見たような覚えがあるくらいよ。赤の他人から恨みを買うような真似はしていないわ」

「恨みを買う前に土の中でしょうからニャァ……」

 偉く真面目くさったな顔つきでそんな事を言うケメット。

 人を悪鬼羅刹のように揶揄する口は、引き伸ばしの刑に処す。

「いひゃい、いひゃいれすニャ」

 ここで疑念や邪推を膨らませても仕方ない。非戦闘員が詰めている事を示す真っ白な帆布に、ウィルク教のシンボルである割菱の黄色い印が描かれた野戦病院はもう目の前だ。


 天幕の入り口を仕切る幕を開いたメイバルに通され中へと入った。

 両脇に五つ、計一〇床のベッドが並んでいた。入り口左手に居た患者の兵士が寝ている他、三人の看護婦たちが――世間話でもしていたのだろう――慌てた様子で空きのベッドから立ち上った。

 だが彼女達はこちらを見るなり胸を撫で下ろし、小さく手を振ってきた。

 男社会である軍隊にとっては女性は圧倒的少数派。

 なので自然と女性同士の小さなコミュニティーを形成し、日ごろの鬱憤を晴らすためにお茶会を開いている。男の将校はそれを見て良い顔はしないが、当方これでも女である。

 彼女達の気持ちは痛いほどわかるので、暇を見つけては馬鹿二人を連れて彼女達の慰労会――もしくは女子会に参加してきた。こうした経緯があるので、今ではほとんど友人みたいなものである。

 その彼女達にケメットが手を振って応じているので、自分もウィンクを投げておいてた。

 そして、左手の一番奥にあるベッドの前まで来た。

 移動式の間切りでプライベート空間を確保しているのは、子供とは言え女性だからとの配慮だろうか。

「リース、起きているかな」

 メイバルが親しげに声を掛けると、「起きているわ」と子供特有のたどたどしい感じの声が返ってきた。

「君から話を聞きたいという人が居るんだ。良いかな?」

「ダメって言っても、どうせ聞かないんでしょう。良いわ、好きにして」

 変わった口ぶりをする娘だと思っていると「マセてますニャ」ケメットも同様の感想を抱いたらしい。一先ず合意の下であるとして、メイバルが遠慮がちに間切りを取り除く。

 リース・エルドランはベッドの上にちょこんと座り、暗い瞳をこちらに寄越していた。

 身形も朝に見た時とは別人のように変っている。

 背中に垂れる金髪はキチンとブラシで梳かされ、蒼白だった顔も赤みと共に生気を取り戻した。泥だらけだった服は、童話に登場する少女よろしく、青いワンピースにエプロンドレスという愛らしい格好に様変わりだ。

 個人的に琴線に触れる、お人形のような姿だった。

「可愛くして貰えたようね。あのドレスは残念だったけど。こっちの方が似合うわ」

 まずは掴みから。リースはこちらを見ても別段驚かずに落ち着き払っていたが、ばつが悪いとでも言いたげに視線を逸らした。

「お母さんに買ってもらった物よ。別に好きじゃないわ。どうでもいいもの。それで、わたしはどうなるの? ジュウサツされるの?」

 事も無げにリースは尋ねてきた。

 そこに恐怖の色は無く、本か何かで知った知識で自分の末路を自分なりに考えたのだろう。

 一応、しでかした事は理解しているようだ。

「どうしてアルビオン軍が、アルビオンの子供を殺さないといけない。あなたは捕虜にはならない。本国から保護せよとの命令を受けているわ。これは不幸な行き違いよ」

 表情に変化は見られず、彼女は横目で一瞥するだけだ。

「安心して、あなたの身の安全は保証する。だから教えて欲しいのよリース、どうして、あたしを殺そうとした?」

 彼女は沈黙の後、ベッドの一角を見つめながら小さく「お父さんを護るために」そして「あなたが賢天の魔術師(サージオ)だからよ」と呟いた。

 さて、いよいよ動機が混迷を極めてきたぞ。

「モリスはどこに居るの。生きているの?」

「生きている。お父さんは、トマーウェルにいるわ」

「トマーウェルとは連絡がつかない。何が起きたのか教えて」

 どこから道筋を立てたものかと苦心する。質問を投げかけてはみるが、手応えがまるで感じない。

 はぐらかされているようで、雲でも相手にしているみたいだ。

「わからない。恐い人達がいるわ」

「それはラブラス軍なの? モリスは彼らに捕り、それであなたは強要されてあたしを殺そうとした?」

 現状ではこの仮説が一番腑に落ちる動機だった。父親を人質に取られ、リースはシンクレア暗殺を命じられたのではないだろうか。しかし、これではラブラス軍が自軍の兵士を化物に変える事を許したことになる。人質を取り、仲間を魔族化し、子供に戦わせる――どこぞの国のプロパガンダではあるまいし、ラブラス軍はそこまで非道な存在だろうか。

「ええ、そう……いえ、違うわ」

「質問を変える。あなたはデュラハンを率いて、誰と、何のために戦っていたの」

「お父さんを護るために」

「誰と戦っていた」

「怖い人たち」

「それはラブラス軍?」

「ええ……違う、わからない」

 思わず前髪をかき上げ天を仰いだ。

 埒が明かない。沼に杭でも打ち込んでいるみたいだ。しかしこの態度からわかる事もある。

 彼女は、何かを隠している。だからこそ無性に腹立たしくなり、この小さな強情っ張りの胸倉を掴んで振り向かせた。

「リース・エルドラン、答えろ。トマーウェルで何があった」

 その時、こちらに向けられていた少女の瞳から光が消えた。

 彼女の網膜が、出来の悪い小さな鏡以上の意味を持たなくなり、自我を切り捨てたことが明確に伝わってきたのだ。その異質な違和感は体を駆け上がり、咄嗟に手を離してしまった。

 彼女は人形のように力なく座り込んで、視線は単なる方向として床に向けられているだけだ。

「メイバル中尉」

 軍医は申し訳なさそうに息をついた。

「彼女は恐らく、一種の精神疾患を発症しています。あまり研究の進んでいない分野ですが、ヒステリーのようなものを想像していただきたい。それが過度に進行した状態です。普段は外に向けて発散することで、解消されていたストレスが解消されず、精神を圧迫してしまう。ですので身体が心的な健康状態を保つため、ストレスの原因に蓋をしてしまいます。支離滅裂な言動はストレスの原因が封印されたことで発生し、原因に触れるような外的要素もまた、認識の放棄によって精神から遮断される」

「つまり?」

「心の傷に触れる全ての事柄を自意識から排除し、記憶の改ざん、または消去を、精神の安定の為に行っている。戦場でショッキングな体験をした兵士にも見られるものでして、彼女も何か思い出したくない体験をしたか、目撃したのでしょう。ストレス障害です」

「治るのかしら」

「人によりますね。時間が癒す場合もあれば、何年も苦しみから目を逸らし続け、結果、苦しみ続けることも。中には耐えられなくなる者も居ます。こうした精神病の類は、明確な治療法が無いので難しい。やはり、本人次第としか。ただ原因が明確な上、対処可能なものであれば治療の糸口はあるかと」

「そう」

 素っ気無く答えて、糸の切れた操り人形のように止まってしまったリースを哀れんだ。

 強引に記憶を開示させる魔術もあることはある。しかし、自分の専門分野ではないためどんな後遺症を遺すかわからない。それはあまりにも酷だった。この少女はこんな風になってしまうまで、いったい何を溜め込んできたのだろう。

 ふいに、リースは瞳の色彩を欠いたまま周囲を見回し、ケメットが目に入ると動きが止まった。

「ニャ、ニャんでしょうか……」

 壊れかけた心を守るために駆動する仮初の精神。その歪さを感じたであろうケメットは心許ない様子でそわそわしている。

「ソニー」

 リースは呼んだ。

「ソニーはどこ。すぐに戻るって言ったのに。一緒に居るって……」

 誰のことを指しているのかと、メイバルに視線をやった。

「少し前まで一緒に居た半獣人のことらしいです。エルドラン家の使用人だそうで」

 数々の点が散りばめられる一連の出来事。その中で、何かが繋がった気がした。

 記憶の泉から浮かび上がるのは、あの醜悪で、それでいながらも慈愛を持った怪物の姿だった。変容した黒妖犬を従え、呪いを原動力に暴れまわった魔の眷族。

 その体内に取り込まれた時に見た悪鬼は、「助けて」と言った。

「あの子を助けて」魔物が自らの手で銃を己に導き、閃光が迸った瞬間に垣間見た給仕服の半獣人。

 彼女は「あの子は悪くない」と訴えかけていた。

「リース、あなたはどうやってデュラハンを作り出したの。どんな魔術が使えるの?」

 光の無い胡乱な瞳を嵌めこんだ顔が持ち上がり――「わからないわ」。

「あなたのお父さん、モリスは〈複合練成召喚〉という賢天の秘奥(サージェイト)を持っている。あなたもそれに近い何かが――」

「知らない! 知らないわ! わからないの……わからないッ、全部わからない!」

 言葉に被せる形でリースは叫んで頭を振り乱すと、小さな手で耳を塞いでしまった。

 何も聞かれたくないし、何も喋りたくない。それは自分の心を守るため。

 理解しよう、そう決めて一つ息を吐き出した。

 しゃがみ込んで少女の目線まで腰を落とし、外の世界を遮断する両手を優しく解いた。

「モリスを助けるわ。本国からも保護するよう命令されてる。だから安心しなさい」

 涙に滲む目が微かに揺れて、感情を取り戻した視線を正面から受け止めた。

「ほんとうに?」

 辛いのも苦しいのもわかった。

 きっとここに至るまで、その小さな背中には大きすぎる物を幾つも背負い込んできたのだろう。

 自分が潰れてしまうほどに。

 リースが一人で何をしていたのか。それを語らせるのは現状、あまりにも忍びない。

 子供にここまでやらせたんだ。今度は大人が頑張る番だろう。

「一緒にモリスを迎えに行きましょう」

 それから半時ほどして、モック中佐を出迎えに行っていたルイズが帰ってきた。

 この戦争の結果を占う上で重要な、そして、決定的な変更を記した作戦司令部からの返答書を携えて。




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