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第三章 青空軍隊の行商 9

 暴れるハンドル必至に押さえつけるケメットが叫んでいた。

「馬鹿ですニャ! こんなところを走るなんて頭おかしいですのに!」

 現在位置は大隊陣地の外周へと到達している。機関銃によって火線が引かれる現場を横目に、兵士達の奮戦を遠望する。騎手を失った暴れ馬が目に入り、馬は単独で大隊の防衛線を破ると、辺り構わず暴走して混乱に拍車をかけていた。どの陣地も敵の強靭性に手を焼いていると見受けられ、対策が急務だ。

 少し離れた小隊陣地では人影が異様に蠢いており、ここでようやく〝デュラハン〟なる敵影を直接目にすることが出来た。

「ケメット、もっと近くに行くのよ! ここからじゃ良く見えない!」

 窪地の斜面を行くだけではまだ遠すぎて十分な観察は難しい。

「無茶です! 流れ弾が飛んできますニャ!」

「ここまで来た意味がないわ。兵士の義務を果しなさい」

 発狂寸前のケメットだが、戦慄きながらも意を決してハンドルを切った。

 ぐっと戦場を直に体感できるほど距離が縮まり、兵士の顔も見分けられるところまで接近すると、デュラハンの容姿をもまた判別することが出来た。彼らは銃撃を体に浴びながらも猛然と前進を続け、刀剣を振り回しながら障害を蹴散らし続ける。その動きはえらく単調なもので、機械的な動作にしか見えない。それに『首なし騎士』の異名を持つデュラハンにある筈の特徴が欠けている。

 彼らは〝鎧〟を纏っていないのだ。

「変だわ」

「変なのは大佐ですニャ!」

 デュラハンは遥か昔に命を落とした騎士たちの無念が集合し、死霊概念化された魔族だ。

 存在自体が呪いである。複数でありながら一極に凝縮された者。その姿形は常に一形態。

 『黒い血染めの鎧を身に着ける首の無い騎士』こそが呪いの基本形。ところが、いま目にしているデュラハンはどことも知れない赤を基調とした軍服姿だ。

 やはり本物の首なし騎士ではない。

その確信を持った矢先「来ましたニャ!」叫び声に正面を向けば、一騎が大きく方向を転換し、轟然とこちらに迫って来ていた。

「来ましたじゃない避けろ!」

 デュラハンは馬上から剣を抜き放つと、すれ違い様に一線を振るった。

 首を切り落としに来た一太刀を「ひっ――」寸前のところで頭を下げやり過ごす。

「ちゃんと避けなさいよ!」

「路面が悪いのですニャ! 下手をすれば横転します!」

 振り返れば先ほどのデュラハンは踵を返しており、狙いをこちらに定めて来ていた。更に視野を広げると、馬を失ったデュラハンたちまでもがこちらを指向している事に気付く。

「読みが当たったわケメット。連中の狙いはあたしよ。モテる女は辛いわね!」

「首の無い殿方はごめんです! 大佐が責任とってくださいニャ!」

 そのまま小隊陣地の近くにまで進んでいると、またもや一騎が前方に躍り出てくる。

 こちらも小銃を構えて接触に備えていると、手前の塹壕からドワーフの兵士が飛び出し敵の眼前へ転がり込んだ。彼はそのまますれ違い様にシャベルを振るい、馬の前脚を掬い上げるように斬りつけ転倒させてしまう。デュラハンはもんどり打って地面に倒れ込み、そのチャンスを逃さず、起き上がろうとする敵の胸を撃ち抜いてそのまま走り抜けた。

「あなた覚えたわ! 剣十字勲章よ!」

 今しがたの勇気を褒め称えると、彼もシャベルを振って「お気をつけて!」と返ってきた。

「ずるいです! ウチもがんばってますのに!」

「わかってる。わかってるから前見なさい。にしても――」

 敵の意思がありありと見て取れる。

 陣地に突撃していたデュラハンたちは、完全に自分へと矛先を向けて押し寄せていた。

「あたしを絶対にぶっ殺すって意思は十分伝わった。今度はこっちの番よ」

「ウチらだけでは逃げ回るだけで精一杯です」

「何のために軍人がこれだけ居ると思ってるの。チームワークとチームプレイで勝利を掴むの」

「違いがわかりませんニャ」

「あたしたちは軍隊にして群隊。さあ走って。連隊旗を翻すの! みんな思い出すわ。自分達が狩人であることを。戦場の群狼(ウルフパツク)であることを!」

 上官の根拠不明な自信と陶酔した声音が狂気を孕み、ケメットを困惑させた。

 だがそれでも不思議と腹の底から闘志が滾り体が震える。高まる感情が車両を更に加速させていく。

 黄地の旗は風に靡きながら最前列へと駆け上がった。

 旗に描かれた狼は、戦場にある全ての(つわもの)たちに、全ての同胞たちに狩の時間であると告げていった。


 連隊旗を掲げるシンクレアの車両は、最前線を横断するように疾走した。

 相手が旧態然とした騎兵隊であり、特異な条件が揃ったからこそ取ることが出来た大胆な行動だ。従来型の戦場ではまずお目にかかれる光景では無かった。

 そして、敵は彼女の目論見通りの動きを見せる。陣地を縦断せんと突撃を行っていたデュラハンは一斉に方向転換し、これまで戦闘を行っていた相手に背中を向けると、自己主張の激しい旗竿を立てた車両に追い縋ろうとする。

 双眼鏡でこの状況を見ていたニール少佐はこれを好機と踏んで命令を下した。

「今がチャンスだ。陣地内に侵入した無防備な個体から各個撃破。野砲部隊ならび機関銃中隊は最前衛――集結しつつある騎兵を狙え。大佐に当てるなよ、後が怖いぞ」

 最高指揮官が敵と交戦中に防衛陣地よりも前に出ている。あまつさえ、誰よりも目立とうとしている旗印を掲げているのだから、この馬鹿げた光景は敵味方双方がどこからでも視認できる。

 それに気を取られたか、火に飛び込む羽虫のようにデュラハンは彼女を目指して丘へと引き返す。

 この敵が最早脅威と呼べなくなったのは誰の目にも明らかだ。

 塹壕の兵士達はそれぞれの部隊長から下された着剣命令に従い、小銃に銃剣を装着した。

「突撃ぃぃいいッ!」

 がら空きとなったデュラハンの背中目掛けて兵士達は突撃を敢行。丘を挟んだスプート最西端にまで届く喊声が上がり、デュラハンは心臓を貫かれて討ち取られていく。

 丘の斜面では、魔女を追い立てる騎兵達が砲火の雨に曝される。飛来する砲弾と機関銃の雨がデュラハンたちを次々と粉砕し、一網打尽にしてしまう。

 シンクレアは車両から次の行動を無線で宣言し、引き付けられた敵を仲間が攻撃する。

 部隊を自分の手足のように巧みに操り着々と戦果を上げていった。

 気付けば霧からの増援は無くなっていた。どうやら向こうは打ち止めらしい。

 陣地周辺の敵もあらかた片付き、今まさに最後の一騎がどこかの凄腕狙撃手によって仕留められたところだった。口笛を吹いて感心すると、陣地に向かい声を張上げた。

「今の奴! 勲章をあげるわ!」

 すると歓呼の声が大勢返ってきて、そんなに居ないだろうと苦笑する。

「どうなるかと思いましたが、結局一方的な戦いに戦いでしたニャ」

「まだよ。攻撃を仕掛けた奴を捕まえてやる」

 安眠を妨げられた憂さを晴らしてやる、と無線機を手に取った。

「こちらシンクレア。ニール少佐、残存勢力の掃討を任せる。あたしは霧の中に突入するわ。小隊を回して」

『こちらニール、了解。大隊から予備を回します』

 この会話を聞いていたケメットはさっそく不満顔で不平を口にしてくる。

「まだやるのです? 大佐が行く必要はないと思いますのに」

「これだけの良くわからない魔族を運用していた魔術師が居るかもしれないのよ。目には目を。魔術師には魔術師を」

「口ばっかりですニャ。普段は魔術師なぞ狙撃してしまえと仰いますのに!」

「いいから行きなさいよ! 口の減らない子ね!」

「はいはいはいはい行きますニャー」

「『はい』は一回」

 塹壕のある麓から、霧のカーテンに遮られた稜線の向こうへ進むのは難しくない。

 野砲と機関銃による制圧射撃でほとんどのデュラハンが馬を失い、走るわけでもなく幽鬼のように彷徨い歩いている。遮蔽物も無い丘の斜面にあっては、連隊の兵士たちによる格好の的で、彼らにとってはカモを撃つより簡単な仕事であった。

 安心して背中を任せる一方で、自分が冷静であるとも言い難い。

 ケメットの忠告も一顧だにせず、援軍を待たずに突き進むことに志向している。敵を逃がさない為という理由は確かにあるが、実のところ熱に浮かされた興奮に支配されていた。

 冒険譚に心を躍らせ、隠された真実に近づきたくて頁を送ることが止められない。その時の心理と今の自分は同じだ。こうなると抑えが利かず、母に頭を引っ叩かれるまでのめり込んでしまう。

 せめて次の章までと、胸の高鳴りが希求して止まない。


 間髪置かずに稜線を乗り越え、濃霧へと突入した。

 これまで後手に回り続けてきた自分達が、ついに主導権争いに食い込めるかもしれない。そう思うと小隊の到着を待つのも惜しくなり、常態化しつつある独断専行を発揮することに躊躇は無い。

 時刻は朝の六時を回ったところだが、曇り勝ちな早朝に立ち込める霧は消える様子は無かった。視界一面が白亜の世界に覆われる中、ケメットは道なりに車両を進め、中ほどと思われる辺りで停車させた。

「何も見せませんニャ」

「弱ったわね……」

 霧の中に入ってしまえば、これが自然由来の霧であるのか、魔術の産物であるのか、その判断がつく。取り分け後者であるならば魔術の痕跡を辿ることが出来る。そう思っていたのだが、どうやら霧自体は自然現象のようだ。

「霧にマナは含まれていない。自然現象を誘導、もしくは誘発させたのかも。だとしたら敵の技量は中々の物よ。戦術も戦略もなっちゃ無いけど、ピーキーな腕がある」

「褒めている場合ではありません。大佐、ここはウチが真価を発揮しますのニャ」

「やれ、猫レーダー」

「その名称は気に食わない響きを含んでいると前から言っておりますのに」

 ふんす、と鼻息を荒げたケメットは立ち上がって目を閉じた。

 自慢の大きな耳を小刻みに動かして耳を澄ます。

 進路前方を中心に、扇状の範囲を音で探っているのだ。

 半獣人のケメットは猫みたいな容姿を持つだけあって、その身体能力では人間に勝る。

 ネズミの足音やそれが発する超音波を聞き分ける音源定位能力によって、目に見えない存在を音で捕捉することが出来た。周囲が霧に包囲されたこの特異な場所では、彼女以上に優れた〝目〟を持つ者は居ない。その代償で、脳に深刻なダメージを負ってしまったのだと自分は理解している。

 程なくして、ケメットは一方向に体を向けたまま動きを止めた。

 目を見開くと、自分に立て掛けていた小銃を爪先で掬い上げ、殆ど一動作で射撃体勢に移り、霧中に発砲した。その直後、遠くから馬の嘶きが断末魔の響きと共に耳朶を打つ。

「やりました」

「格好良いぞケメット!」

「お給料アップですニャ」

 そうはいかない。

 とにかく何を仕留めたのか確認するため、現場まで急行させた。

 街道を外れて下草が疎らに伸びる側道を進んでいくと、小振りながら高低差のある一帯に入り込み、前方にぼんやりと丸い影が浮かび上がる。

「あれは……カボチャですニャ!」

「デカすぎるでしょう……止めて」

 行く手を阻むように道のど真ん中に置かれていたのは、巨大なカボチャ――ではなく、カボチャの形をした馬車だった。御伽噺に登場するようなユニークな車体は、実際目にすると威圧的で珍奇な物だ。

 この馬車を牽いていたであろう馬は、その場で倒れて絶命している。側頭部の銃創から、ケメットが仕留めたのはこの馬で間違いないだろう。

「これだけの大きさですと食べるのに一苦労です。それに大きすぎると味が薄くなってしまいます。何事も程ほどが肝心なのですのに。これはいただけませんニャ」

 くだらないうん蓄を垂れ流しながら、ケメットはまん丸の車体に入って中を調べていた。

「中には誰もおりませんし、目ぼしい物もありませんニャ。でも人の匂いはします」

「この馬車の持ち主はきっと女ね。それも若いわ。敵は魔女だ」

「なぜわかります?」

「それ以外似合わない」

「さすが大佐です! 慧眼ここに極まれりニャ!」

「ふふん、それほどでもあるけど。さて、そろそろご尊顔を拝見したいわ。近く居るのはわかってる! 出てきなさい!」

「これで居なかったら笑えますニャ」

 スパンッ、と慣れた手つきでケメットの頭を叩き躾を施した。

 すると近くで砂礫が踏みしめられる音が聞こえ、首振り人形になっていたケメットも耳をピンと立てて銃を構える。警戒心が伝わってくる慎重な足取りが近づき、盛り土の上に袖の膨らんだ服を纏う一人の少女が姿を現した。

 想像よりも遥かに若い人物の登場に「子供です」とケメットは銃を降ろしてしまうが、当の少女には友好的な雰囲気は一切無い。切迫した表情は雨雲のように暗く、今に泣き出しそうだ。

 敵対心を体からありありと放散させているのに、崩れ落ちてしまいそうな弱々しさが同居している。

「あなた、シンクレアね」

 居丈高な調子で少女は尋ねてくるも、それは震える声を無理やり押さえつけたような不格好さ。

 迫力よりも悲壮感が滲んでいた。

「ええ、そうよ。あなたは?」

 名を隠すことなく堂々と肯定してやると、彼女は歯を食いしばって目を見開いた。

 そして戦慄きながら叫ぶ。

「お父さんはわたしが護る!」

 がむしゃらと表わすのが相応しい荒々しさで、手に持つ棒を振り向けてきた。

 その棒は〈簡易術式杖〉だった。

 魔術を使えない者でも、マナを内包するエーテライト鉱石をエネルギー源として、簡易的な魔術を扱うことが出来る一般的な魔導具だ。

 杖の先端に凝縮されたマナが撃ち出され、粉雪のように噴き出る発光と共に襲い掛かる。光燐をまき散らす亞音速のエネルギー体は、流れ星のように美しい見た目からは想像出来ないほどの力を秘めている。

 大の大人でも、この直撃弾を受ければ木っ葉の如く弾き飛び、肋骨の二、三本は粉砕される事を覚悟しなければならない。だが、それを敢えて受けてった。

 マナの塊がこの身体に触れた瞬間、翡翠の光体は微細な粒子となって砕け散り消失した。

「な、なんでッ――」

 驚愕する少女は後退り、今一度この簡素な魔術を振るって攻撃を繰り返す。

 だがどれだけやってもこちらに被害は無い。同様に一切の傷を受けないケメットも、哀れみの表情すら浮かべる有様だ。

 目じりに涙を浮かべ、必至の形相をする娘は見ていて痛々しいものがある。

 彼女のためにもこの茶番を終わらせるべく、ハティを喚び出すとそのまま嗾けた。

 あっという間に距離を詰める巨狼を目の当たりにして悲鳴が上がる。小さな影が慌てふためき、つんのめりながら逃げ出すが、ハティの鼻で背中を小突かれ転倒してしまった。

 懸命に逃れようとする少女だったが、倒れた背中を大きな前脚に踏みつけられては万事休すだ。

「どこで魔術を習ったのかは知らないけど、魔術師が呪詛の類に対抗策を講じておくのは当たり前。安物の術式杖で魔女を殺れると思ったら大間違いよ。基本からやり直しなさい」

 ハティの下でもがく少女に歩み寄り、明らかに付け焼刃の知識にダメだしをしてやるが、聞く耳持たぬ様子。苦しみながら悪態を吐き、頻りに自分への殺意と「お父さんに近づかないで!」「お父さんを殺さないで!」と訳のわからないことを宣い続けていた。

「まいったわね、喧しいったらありゃしない」

「この娘、何の話をしているのでしょうか。そもそもこんな年端もいかない子供に、あのデュラハンを御す力があるとは思えませんニャ」

「それもそうだけど」

 気になるのはそれだけではない。

 この娘はそもそも何者で、どうして自分の命を狙ったのか。あれほどまで切迫した覚悟を窺わせる態度の裏には、それ相応の動機があるはず。だが記憶を手繰ってみてもこの少女との面識は無いし、人から恨みを買うような真似はしていない。少なくともこの一、二週間は。

 今も仔犬のようにキャンキャン喚く少女を良く見てみると、彼女の服は泥汚れが目立ち、髪もボサボサ。手や顔にも小さな切り傷や擦り傷があり、可愛らしい面影を残す黒い靴は草臥れている。

 野生児か何かだろうかと思いきや、汚れた服はフリルの付いたシルクのドレスだった。

 元々は純白だった物だろうが、今は黄ばみや泥汚れで見る影も無い。

 こんな服を宛がわれるという事はいい所の娘だろうに、何日も野山を駆け回っていたような風体がギャップを訴えかけてくる。

 そして何よりも――。

「お父さん?」

 この戦争はいよいよ、常軌を逸した様相を白日の下に曝し始めていた。





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