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第三章 青空軍隊の行商 8

 島嶼陣地の利点は、まずその独立性の高さにある。

 散在する島を模した塹壕帯を複数設置することで、敵はそれぞれの陣地を一つ一つ潰しさなければ、部隊機能を停止させることが出来ない。

 次に、陣地間に設けられた間隙だ。

 これは突撃を行う敵にとっての突破口であり、銃火を避けるために設けられた非難地帯でもある。

 しかしそれこそがこの隙間の狙いだ。この空白地帯に突撃、もしくは逃げ込んだ敵はそれぞれの島から狙われることになり、槍衾の袋へと落ちるのだ。

こうした多くの機能を内包した陣だからこそ、シンクレアは自信を持ってこの陣地を採用した。

 しかし留意点がある。

 これが想定する敵とは、勇気と恐怖を兼ね備えた心ある生命体であって、決して生存本能を度外視した悪鬼の類ではないということだ。


 野砲から放たれる放火が次々と『首なし騎士団』へと襲い掛かり、丘を穿っては榴弾を炸裂させて土砂を巻き上げる。この直面する脅威にも、デュラハンは怖気づく気配を微塵も見せずに突き進む。

 砲弾の嵐を掻い潜った一団に向け、陣地に据えられた機関銃中隊の機関銃が弾丸の雨を第二の矢として撃ち放った。

 毎分600発を誇るシンパル重機関銃が狂ったように火を噴いた。

 通常であれば敵の第一梯団を砲弾と機関銃で制圧し、進撃速度が落ちるはずだったのだが、その型には収まらないケースを見せつけれた。榴弾の爆発で馬が吹き飛んでも、騎手たるデュラハンは地を這いながらも前進を続ける。銃撃に曝され、肉を削ぎ落し、穴を穿たれても、人馬は血を振り乱しながら突撃を敢行してくる。

 最初のキルゾーンを突破してくると、とうとう兵士達との直接対決となる。

 この時点で「各個に撃て!」と言う上官の命令で小銃の火が迸る。

「くそッ、当たってるのに倒れないぞ!」

 騎虎の勢でやってくる首なし騎士とその馬に対し、命中弾を叩き込んでいるにも拘らず敵は止まってくれない。「頭を狙え!」という仲間の声に間抜けな事を聞き返す。

「そんなもん何処にあるんだよ!」

「馬のだよ!」

 撃ち出された銃弾が馬の眉間を貫くと、騎馬は巨体をよろめかせて転倒し、デュラハンが地面に投げ出される。

「なるほどね」

 口笛を吹き鳴らして感嘆するのも束の間、小隊陣地へとデュラハンは馬ごと突進してきて兵士達を巻き込む大事故を起こした。銃声は鳴り止まず、砲撃による衝撃と爆音に五感が揺さぶられる。

 戦場の熱は留まるところを知らず苛烈さを増し、スプート郊外にある丘陵地帯は狂騒に包まれる。

 突撃を受けた陣地では土砂が舞い散り、揺らめく幽鬼の影は白刃を煌かせた。

 

 防御陣地の前衛では激しい戦闘が繰り広げられている。

 後方に布陣する連隊本部では、矢継ぎ早に舞い込む戦線の情報処理に追われている。

 状況をすぐに把握できるように本部は天幕に移され、大尉からなる参謀将校らが慌しく動き回っていた。彼らはひっきりなしに掛かってくる電話から戦場の推移を書き留め、大判の地図に印をつけては戦況図の更新が行われていく。

 現場も命がけで奮闘しているが、本部スタッフたちも後方で大童である。

 彼らの声が飛び交う中で、自分も受話器に向かって吠えていた。

「敵がデュラハン? 違う。本物のデュラハンは群れたりなんかしないし、小銃でやられたりするもんか! 無力化に成功したと報告したのはあなたでしょう? あれはデュラハンじゃない。なに? 聞こえない? じゃあ何かって? あたしが知るもんか! 親戚かなにかだと思ってやっつけろ! 騎兵なんかに良いようにされるな!」

 受話器を叩きつけて戦況図を確認すると、敵は島嶼陣地の目論見通りに間隙を突き、キルゾーンへと迷い込んだ者達から撃破されている。

 前衛の陣地を運よく突き抜けたとしても、後方に鎮座する大隊陣地がある。

 ここで撃ち漏らしを駆逐できているので、良い状況と言えた。

 度派手な猛攻のわりにこちらの被害は少ない。小隊陣地すら撃破できずにいることから察するに、向こうには参謀はおろか指揮官も居ない可能性がある。

 直情的な突撃で勝機が見出せるほどこのシンクレア甘くはない。

 野蛮人の暴威なぞ十把一絡げで処理してくれる。

 それにしても、と改めて思った。

「変な島。意味のない宣戦布告、それを知らない国民。蹄の黒妖犬に魔物を着た半獣人。虐殺の報道。お次はデュラハンモドキの騎士団。何がどうなってるの……」

 常に主導権が敵側にある不快感から、苛立たしく机を指で叩いているとまた次の報告が上がってくる。

「第一戦闘大隊の第二中隊が移動を開始しました」

 増援の報告。

「よし、これであの霧の背後を突けるわ。どんなに多くても、警戒網に引っかからない程度の規模よ。ううん、それをするまでもない。各部隊に通達。援軍の到着までに敵を片付けて朝食の準備!」

 終わりが見えたと本部スタッフ達も判断したらしく笑いが起こる。それもそうだ。

 敵は前時代的な騎兵でしかない。

 魔族であっても銃がなければ現代戦では戦い抜くことは難しい。

 魔術も確認されていなければ、砲弾が降ってくる気配も無いのだから、これはワンサイドゲームだ。

 お茶汲み係になっていたケメットも「もう終わりですのニャ?」と拍子抜けしている。

 モック中佐がこの場に居れば「勝ってから言え」と叱責を受けるであろうが、居もしない人間を恐れてもしょうがない。それに、言い訳をするわけではないが、現場の兵士達は戦いの終わりを知りたがっている。如何に戦闘狂であっても、終わりの見えない戦いは地獄でしかない。

 皆が欲しているのは勝利だ。


 本部がこのような楽観視から既に勝った気でいる最中、現場では異常が顕在化し始めていた。

 戦場を駆ける首なし騎士団が徐々に目的を明確にしつつあった。

 デュラハンたちは自分達の行く手以外には、全くと言っていいほど関心を示さず前進を続けている。

 それに兵士が追い縋るように攻撃を浴びせるが、前方から新たなデュラハンの突撃を受け、対応に遅れや乱れが生じた。このため、前衛での撃ち漏らしが多発していたのだ。

 敵の耐久度もこれに拍車をかけていた。常人ならばどこかに一発でも弾が当たれば動きが止まるものだが、デュラハンに対しては急所と考えられる心臓部以外をいくら撃っても止められない。

 次第に戦闘の中心は大隊陣地へと移り、その情報が悲鳴となって本部へ届けられた。


「どうなってるの!?」

 つい先ほどまで勝利を確信していた為、事の急転に驚愕を隠せない。

 緩み切っていた空気が一気に引き締まる。参謀将校の一人が通信兵から報告を受けて別のスタッフに指示を出し、片手間気味に答えてきた。

「敵は攻撃らしい攻撃をしてきません。この陣地を横断することに注力しているようで、これがスプートへの到達を目指すものなのかは不明です。大隊陣地への浸透に続き、迂回を始める個体も現れたとの報告もあります」

 そう言って大尉は机上の戦況図にペンを走らせた。大隊陣地の外周をぐるりと回り込ませる赤い矢印を書き記す。それが何を意味しているのかは一目瞭然。

「動きを変えてきた。ここまで突破される! 戦車回して!」

「第一戦闘大隊との霧への挟撃はどうします?」

「ロー少佐に作戦中止を伝えて! 第二中隊は単独での攻撃を急がせろ!」

 居ても立っても居られずに天幕から飛び出した。

 外はだいぶ明るくなっており、陣地の全容を一望することは難しくない。だが、黒煙と土煙が各所で舞い上がっており、仔細な状況把握は困難だった。

 空は曇天によって塞がれ、地平線は得体の知れない霧に閉ざされている。

 陣地の様相も相まって、まるで小さな箱庭に閉じ込められているようだった。

 小銃を抱えたケメットが駆け寄り「出過ぎたら危ないですニャ」と諫言を口にしてくる。

「そんな悠長にしていられる段階じゃなくなった。大隊を抜かれたらここまで一直線よ」

「敵方が我々を無視しているのであれば、乱戦を考慮して一時撤退しても良いのではありませんか? 少佐たちもわかっているはずですニャ」

 確かにそれも一つの手ではある。

 部隊が機能を維持することが可能で、かつ敵の脅威も低いのなら、自分が一時的に退いても問題はないだろう。しかし気がかりなのは敵の目的である。

 集められた情報からは、こちらの撃破が目的であるとは考えにくい。だとしたら、この進路上にあるのはスプートのみだ。だがあの町が狙いだとすると意図が読めない。

 敵の目的が益々ぼやけていくことになる。

 スプートの占領軍を撃破し町を奪還することを目指すならば、陣地撃破を無視して無謀な突撃で兵力を徒に損耗させるなど悪手に過ぎる。こちらの逆襲にやられるのがオチである。また、スプートを裏切り者と見て、粛清することが目的でも結果は変わらない。

 浸透強襲しつつこちらの背後に回りこみ、後方へ意識を向けさせた後に別働隊が現れる可能性も無くはないが、それに対応する為に第一戦闘大隊が外郭に控えている。彼らの目を避ける形で進入してきた連中のすることではない。正面切って攻撃してきた時点でその策は潰えたはず。

 よって別働隊の存在も除外される。

 残る理由――攻撃の目的があるとしたら。

 ごくりと生唾を飲み込んだ。

「ケメット、バンカーフラッペを回して」

「脱出しますのニャ?」

「その逆よ」



「いま伝えた通りよ、ニール少佐。これに留意して援護よろしく」

『了解。無理はしないでください』

 作戦の概要を伝えて無線機を通信兵に返し、代わりに彼から旗を受け取った。

 黄色地の帆布に黒い狼の顔が描かれたその旗は、この第七独立連隊の連隊旗だ。他の如何なる旗印よりも――アルビオン国旗よりも尚尊い。この部隊に所属する全ての将兵にとっての御旗であり、魔女への忠誠を誓う盟約の旗だ。

 バンカーフラッペの留め具に連隊旗を挿し込み、意気揚々と助手席に乗り込んだ。

 今か今かと命令を待ってエンジンを吹かし首を振り乱しておかしくなっていたケメットに「出発!」と力強く命じた。

「ガッテンニャァ!」

 引き絞られてブレブレになった矢のように、タイヤを暴れさせながら車は緩やかな勾配を駆け抜ける。激しい防戦の最中にある陣地を目指し、碌な舗装の無い地面に車体は何度も跳ね上がった。

 振り落とされないように、フロントガラスの枠に捕まって身体を押さえつける。

「ところで大佐、これはどういう意図があるんです。なぜ戦場に向っておりますのニャ?」

「敵の目的を炙り出すのよ」

「目的?」

「前線の情報からだと、敵は陣地撃破を目的としていない。個々の意思も無いようだから、傀儡の可能性が高いわ。何者かの意思に依存しているのよ。破綻した戦術の裏には意固地な感情が見える」

「つまり、どういうことです?」

「敵の目的はあたしかもしれない。それを確かめる為に、突っ込むの」

「なるほど! さすが大佐ですニャ!」

 いつものようにケメットは尊崇の念を込めて褒め称えるが、直ぐに真顔に戻った。

「お待ちください。大佐が狙いである場合は、ウチも巻き添えということです?」

「間接的にはそうなる」

 ほんの少しの間が空き、ケメットは猫科肉食獣が草原に伏せってやるような間抜け顔を向けていた。「前見て」

 冷静に指摘すると、彼女はハッと我に返り喚き始めた。

「嫌です! そんなの聞いておりません! 降りてくださいニャ!」

「ここまで来て何を言ってるの! 諦めて運転しなさい!」

「ウチはまだ死にたくありません! まだ食べていない美味しい物が沢山有りますのに!」

「あんたが食った金貨の代償よ! 黙って付き合いなさいよ!」

「地獄巡りはいやです! 大佐は金の亡者ですニャ!」

「食い意地が汚いのが悪い。でもね、ケメット。安心しなさい。あたし達はいつも一緒だった。一蓮托生、死ぬときも一緒よ」

 なるたけ彼女を宥めて落ち着かせようと、心に響く言葉を選んで信頼と情愛を聞かせてやった。

 すると彼女は言葉に詰まり感極まると、顔を皺くちゃにして泣き喚く。

「一人で死んでくださいニャァ!」

 喧嘩をおっ始めた二人に車両は右へ左へ翻弄され、蛇行の跡を刻みながら激戦区へと突入していくのだった。




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