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第三章 青空軍隊の行商 5

 大もうけを期待して軍票を担保にし、取引を代行した上で上前を撥ねる計画は頓挫した。

 メイチャップは結局二割引で取引することになり、現状ではトントンか、猫の額ほどの利益にしかならない。

 危険を冒してまで挑んだ商売にしては、釣り合いの取れないあがり(・・・)であった。

 軍票をモーストンから買い戻さなければ、現時点で一八七五万カークに相当するハルジャー金貨があるのだが、買戻しを怠れば更なる不祥事の発覚となる。

 金に目が眩んだとは言え、自分で蒔いた種に絡めとられてしまうのは非常に面白くなかった。

 そして、ぽつねんとしている時に思うのだ「あたし負けっぱなしな気がする」と。

 金貨の入った袋を膝に抱え、心ここにあらずと遠い目を虚空に投げた。

 スプートの丘に停めた車両の上で、南方に長い車列を作りながら町に入る部隊の光景が目に入る。

 特に反発が見られないのは、この町の長であるモルガンと、商業組合のブスマン、長老カーミラが話を通してくれたお陰だろう。住民達からは怪物退治の戦士とでも思われているらしいが、輜重段列が強化できるなら真実なんてどうでも良い。

 作戦は順調である。

 ただ無意識に金貨を弄り、ジャラジャラ音を立てている姿はなんとも未練がましくは無かろうか。

 部下の二人も呆れた様子で、ヒソヒソと立ち話をしていた。

「早くあの金貨を隠させないと。見てるだけで惨めだし痛々しいわ。なによりモック中佐に知られでもしたら私まで大目玉よ」

「いまの大佐は妖怪小銭洗いです。近づいたら祟られますニャ」

「聞こえてるぞッ!」

 悔し涙の鼻声で一喝すると、彼女らは驚いてい飛び上がっていた。

 己の先見の明の無さに加え、魔女からは足元を見られ、普段からナメた態度の部下たちはいっそう遠慮とか、思いやりとかいった物を持たなくなっている。行商の旅は儚い夢と散った。

 そろそろ現実に戻る頃合なのか――。

 

 町に到着した部隊は、これまで後方で道草を食うを程の暇を持余していた装甲狙撃兵大隊だ。

 大隊指揮官のテリト・ニール少佐と合流するために、こちらも町に下りていた。

 既に多くの兵士達がそこかしこに入り乱れ、中隊ごとに集まろうとして広場を求めて彷徨っている。士気の方は上々ではないにしても、悪くも無い。

 そもそも何も始まっていないのだから下がる士気すらない。

 彼らは陽気な観光客気分で町の見物に興じており、すれ違うと手を挙げて挨拶してくる。

「大丈夫! まだチャンスはあるはずよ。メイチャップはまだ一五〇〇着もあるんだし、他の町でも必要としている人たちは居る。彼らの助けになりたいわ! ねっ?」

 この往生際の悪い上官に付き合わされてきたケメットとルイズは、そろそろ目を覚ませよ言いたげな白い目をしていた。

「まだやる気なのですニャ?」

「そうですよ。もうこんなこと止めましょう。モック中佐もここに向かってますし、バレたら一大事ですよ。最悪軍法会議なんですからね」

「ルイズはビビリ過ぎなのよ。良いかしら? リスクを負わなきゃ、大きなリターンは得られないわ。ここに今、五四三枚のハルジャー金貨がある。でもこれからモーストンへの支払いで軍票を買い戻したら、たった二二枚になってしまうわ。危険を冒して二二枚ぽっちの金貨ってどうよ。商店に入った強盗じゃないのよ? こんな無様な成果を見過ごすなんて冒険家(トレジヤーハンター)の名折れだわ」

「いつ転職したんですか。大佐は軍人です、秩序と規律に生きる武官なんですよ。兵の手本でなければなりません」

「キィ――ッ! いつもいつも大佐扱いなんてしないくせに! こんなときばっかり……」

 不貞腐れて金貨を漁り出すと背後からため息が聞こえてくる。

 没落した家の再興を目指している癖に、どうしてこうも無欲で居られるのか。ルイズは金貨の手触りや札束の数え方を忘れてしまったに違いない。

 貴族の在り方に対する大きな偏見を抱きつつ、思い出させてやろうという要らないお節介を発揮する。一枚の金貨を取り出すと、運転中のケメットの目の前に差し出し「噛みなさい」と命じた。

 言われるがままに「はいニャ!」と答えた彼女はガチンッ、と音を立て金貨に噛み付き吟味すると「ほんものれすひゃァッ!」と叫んだ。

「ほら見なさいルイズ、これは本物の金貨よ。一枚にして約三万四千カークもの値がついている本物。これがたった二二枚になるのは悲しいでしょ? 儲けが出れば、あなたにも山分けしてあげるわ。お金が必要でしょう? 元手の回収は終わったから後顧の憂い無く商売に精が出せるわ。だからあたしを信じて――ちょと、ケメット、いつまで噛んでる気? もういいわよ放して」

「もうこりはウチのれすひゃ!」

「違う! これはあたしのよ! 放しなさいよ馬鹿!」

 車両を路肩に停めると、前席の二人は本格的に浅ましい取っ組み合いを演じ始めた。

 この醜い争いを目の当たりにし、先が思いやられたルイズは米神を押さえた。

 そこへ、一人の将校が近づいて来る。

「大佐、ただいま到着いたしました。何をなさっているんです?」

「えっ? ニール少佐!? いや違うの、これは――」

 ケメットに乗りかかり金貨を取り戻そうと躍起になって周りが見えていなかった。

 尋ね人の予期せぬ登場に慌ててケメットから離れ、何からすべきか思いつかず、とりあえず居住まいを正していると「んぐっ」という嚥下が聞こえて――。

「あぁああっ! 呑んだぁ!? 呑んだァアアアッ!」

悲痛と悲哀の入り混じる悲鳴を上げてしまう。ケメットは悟りを開いたような表情で達成感に包まれ、こちらは憎憎しげに睨み付ける以外できることは無かった。

「あまり美味しくありませんニャ」

「当たり前よ!」


 奇行はいつものことだとして、小事を受け流せるニール少佐は出来る男だ。

 小柄でサルのような顔をしているが、何事にも動じない傑物であり、良くも悪くも軍人。

『必要な情報を、必要な者が知っていれば良い』という態度の人間だ。それ故、多少の馬鹿も咎めてはこないし、告げ口の心配も無い。したがって、金貨の入った袋を目の当たりにしても追求の恐れは無いのである。

「ご苦労さま少佐。部隊に変わりないか」

 二〇歳以上年嵩の部下を前に、今更ながら体裁を取り繕った。

「はい。みな気力に満ち溢れております。意気十分、いつでもご命令ください」

 大正解の返答に頷いてみせるが、ニール少佐の両目からは寧ろ「早く戦場を寄越せ」と訴えるものがある。こうした普通の軍人を前にすると、ついつい戦争を忘れがちになるこの身も引き締まる思いだ。だからと言って、どうにかしてやれるものでもなし、文句ならラブラス軍へどうぞ。

 心中の思いを胸の内に留め置き、ハルジャー金貨一枚分価値の上がったケメットからコーヒーを受け取った。

 それはそうと、いまシンクレア達が居るのは鉱山都市スプートには違いないが、この場の様相は町のいかなる建造物とも趣が異なっている。

 クアット・オプナー装甲指揮車。通称アルマジロと呼ばれる六輪装甲車の中に居た。

 車内では六名程度が会合や作戦会議を行えるように折りたたみ式のテーブルが設置され、増強された無線通信設備が搭載されている。その他にも簡素なキッチンや、簡易シャワー、個室のトイレまで完備している。特にトイレに至っては最新技術が投入されていた。古代蟲の一種である〈人喰い虫〉を研究して作り上げた微生物を杉の木片に含ませ、それを容器に敷き詰めているのだ。これにより排泄物は微生物によって分解され、悪臭も木片によって浄化されるという代物だった。

 これら過剰なまでの生活環境を備えた車両が造られた経緯には、シンクレアともう一人の賢天を戴く魔女による要望があったからだ。戦地でもシャワーを浴びたい、野宿など糞食らえ、綺麗なトイレが欲しい等々……。普段は仲の悪い二人が口を揃えて「小汚い女が指揮官では兵たちの指揮に係る!」と豪語して実現したのが、このクアット社製の車両である。

 当初は否定的だった上層部も、出来てしまえば居住性の良さに舌を巻き、現場でも好評であるからして量産されるに至った。

 通称に関しては、装甲をつけたその姿が巨大アルマジロにしか見えず、皆が口々に言う物だからそのまま定着してしまった。お値段は一式、二億カークと少し高いが、海外への輸出も行われて世界の主流となりつつあった。女達の我侭が生んだ名車なのである。

 このところは、アルマジロが必要とされる状況には無かった。

 町を順調に支配下におけてしまったものだから、その都度に住宅や宿を借り上げることできたのだ。

 居住性も良く、無線設備も整っている上に、外から回線を引けば有線通信も可能という優秀な車両だが、その巨体と走破性に難があるため、敵の前で見せびらかすには不適当だった。

 だというのに、ニールはこいつを前線まで持ってきた。

 それなりの理由があるはず。

「取り急ぎ確認しなければならないことがありまして」

「アルマジロをここまで持ってきた理由かしら?」

 大方、モック中佐のお小言が主因であろうことは検討がついている。

 彼の目を遠ざける為に後方に配置したのは自分なのだから。いい加減にお目付け役として痺れを切らしているに違いないのだ。しかし予想に反して、聞かされた内容はまったく予期せぬものだった。

 彼はいやに歯切れの悪い調子で切り出した。

「その、良くない情報が流れています。二日前、世界各地でアルビオンのラブラス侵攻が大々的に報じられたのです」

「良くわからない。こっちは戦争を仕掛けられた側だし、邦人救出とかの大義名分はアルビオンにあるはずよ」

 これを報じることに何か問題があるようには思えない。

 アルビオンが品行方正なお利口さんで、弱者に優しい正義の味方である。などという錯乱した認識を持つ人間はこの世界の何処を探しても居るまい。

 大前提として、『慇懃無礼、横行闊歩のアルビオン』である。

「その内容が重要なのです」

 ニールは眉間に皺を寄せた険しい面持ちで続ける。

「各国のみならず、アルビオンに於いてさえ、同時多発的に報道された内容というのが、『賢天の魔術師(サージオ)による、ラブラス人の大虐殺』というものです」

 思わず閉口し、次には顎が外れたように口を開け放って素っ頓狂に叫んだ。

「はい? いつ? 誰が? どこで? 何したって? あたしが虐殺? なんでッ!?」

「その件もあり、連絡を密に取りたいというモック中佐からの要望もありまして、アルマジロをここまで」

「話を逸らさないで! どうしてあたしが虐殺をしたって話になってるのよ! うちの部隊は魔族狩りしかしてないわ! レヒト中佐に至っては戦闘が無い所為で泣き言まで言われてるのに!」

「わかっております。トロン将軍からも報道に対して『そのような指示は出していない』と釈明されています」

「あたしへのフォローがなぁい! それじゃあたしが暴走してるみたいだ!」

「それについてはカトー群長から『我々が把握している限りに於いては、そのような事実は無い』としています」

「なんで切り捨てられそうになってるの!? おかしい!」

「落ち着いてください大佐」

「これが落ち着いていられるかァ! 陰謀よ! これは陰謀!」

「良くないことに、出所のわからない写真が報道機関に出回っているようです。荒れ果てた町に市民の遺体が散乱している光景のようで。実物を目にしていないので、真偽の程は定かではありませんが、各国では半ば、既成事実と化しています」

「なん、なん――なぁあん……」

 いつの間にか戦争犯罪者に仕立てられていたショックで、身体から力が抜けていく。

 首が頭を支えきれずに天を仰ぎ、もたれ掛かった椅子が傾いて後ろに倒れてしまった。

 寸でのところでケメットが背中を支えて持ち直す。

「ウチは大佐の味方です。シャバに出てくるまで、お待ちしておりますのニャ」

「アホか! 銃殺刑にされるわ!」

 後頭部でケメットの胸に頭突きをして、その反動で跳ね起きた。

 このような問題を抱えていては落ち落ち戦争もできやしない。なんとか誤解を解かないと、横領発覚の回避だ何だと小さい事であくせくしたところで元の木阿弥。

 帰国後に反論が一切許されない魔女裁判に掛けられて、国民からアルビオンの恥さらしと石を投げられ火炙りという、伝統と信頼の黄金パターンまで見えている。

「ニール少佐、周辺の町や村に斥候出して調査を進めて。あたしは作戦司令部に調査団の派遣を要請するわ。それまで絶対にこの町を動かない。アルマジロはいま有線?」

「レッドシールと繋がっています。そちらの電話からどうぞ」

 無線機設備の横の壁に掛けられている電話機にさっそく手を伸ばし、呼び出しに使う小振りなハンドルを回した。

「あたしを嵌めようったってそうはいかない。やられっぱなしじゃシンクレアの名が廃る」




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