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第三章 青空軍隊の行商 3

 偵察がてらにスプートへ向かう事になり、子供たちを乗せてテンドー遺跡を後にした。

 その道中、それとなくラブラス軍や戦争の話を聞き出してみたが、彼らは軍隊自体をまともに見たことは無いらしく、ここ数年では兵隊の姿すら見ていないようだ。戦争に関してもまったく知らない様子だった。

 脳みそがこの件に関しては、最早深く考える事を拒否し始めている。

 もう無いなら無いでも別に良いかもしれない。

 そんな投げやりで、無関心な境地へと達しつつあった。

 ただ平坦なばかりの野原の街道をひた走り、ハルジオ山脈から派生した山岳地帯を見据える位置に、『鉱山都市スプート』はあった。

 鉱山都市というのだから、てっきり町の至る所に穴を開けて、蒸気機関の開発機械が黒煙を上げているような場所を想像していたのだが、実際は高低差の激しい土地に小奇麗な町が広がっていた。

 町の一画に隆起した高台が見られるが、そこには教会らしき建物や大きな館が建ち並び、そこへ至る勾配にも家々が密集していた。北部から西部に延びる山の斜面にも民家や大きな施設が散見できる。

 そして、町の北部では白煙が上がっていた。

「この匂いは――硫黄かしら?」

 町を見下ろせる南の街道沿いに居ても、その独特の匂いが漂っている。

 冊子を捲る音が立ったかと思えば、ケメットがまたもラブラスを網羅しているパンフレットを開く。

「スプートは鉱山開発が大きく注目されていますが、温泉でも有名らしいですニャ」

「へぇ、楽しそうな町ね」

「大佐、遊びに来たわけじゃありません。ここまで先行してしまったからには、早急に町の長と話をつけるか、本隊に前進の連絡を入れましょう。こんな所でラブラス軍に出くわしたら一巻の終わりですよ」

 単独行動が不安なのか、ルイズは自分達の独断専行に危機感を募らせていた。

 彼女は部隊との距離が開くにつけ、次第に落ち着きが無くなってきている。

「優秀な指揮官というのはね、自分の目で戦場を――」

「それはもう聞きました。早く行動に移りましょう」

 ピシャリと決まり文句を遮断されて先を急かされる。

「ほんと小心者ねぇ……」

「中尉はびびりですニャ」

「べ、別に怖がってなんかいません! もう良いから早く決めてください。時間は血よりも貴重だっていつも言ってるじゃないですか!」

 ルイズにせっつかれたから、という訳ではないが、時間を有益に使うために『鉱山都市スプート』へと乗り込むことにした。

 するすると丘を下り、幾つか掘っ建て小屋を通り過ぎると、町の外周を囲む道路を挟んで住宅地が見えてきた。子供達の案内を受けながら、市街地へと車両を進める。

 すると、軍用車が珍しいのか、住民から好奇の目が寄せられる。なんとなく居心地の悪さを感じてしまうが、子供達が乗っていることもあり怖がられてはいないようだ。

 しばらくスプートを見て回ったところ、決して裕福ではないが、貧困に喘いでいるような町並みではない。家々の漆喰の壁は年季を感じさせるが、手入れもされていて綺麗なものだ。

 道も整えられて、戦車の走行にも耐えられそうなほどインフラに力を入れていた。

 町の中心地に近づくにつれて、何やら浮ついた飾りつけに彩られている通りが目につき始める。

 大きな広場の中央には、巨木から切り出した角材が堆く井桁に組まれていた。

 これらは祭りの準備らしいが、陽気な雰囲気を充満させていながら、なぜが空気が沈みがちだ。

 どうしてだろう、その原因を考えていると、先ほどから目に付く男たちに答えを得た。

「男が多いからだ」

「藪らから棒になんですニャ?」

「町の雰囲気の話よ。何かみんな浮かない顔を提げて、大の男共が仕事もしないでそこら中をぶらついてる。おかしいと思わない? まさか元から無職って訳でもないでしょう」

 そういえば、とルイズも周囲を見渡した。

 「祭りを控えて休日なのでは……」という言葉も、酒瓶を手にした集団に胡乱な目で凄まれては二の句が継げない。

 子供達に説明を求めてはみるが、二人は揃って首を横に振った。

「よくわかんない。でも父ちゃんは最近ずっと家に居るよ。シエラん家もそうなんだ。だから母ちゃんたちまで機嫌が悪くってさ」

「きっとテンドーさまが怒ってるの。だからお祭りをしなきゃ」

「ふぅむ。ま、いいわ。この町の代表者に訊く事にする。それで? そろそろ着くんでしょうね」

「もうすぐだよ。猫の姉ちゃん! そっちの坂道に入って!」

「ウチは半獣人だニャ」

 

 ユークス・モルガンの館は、町の高台へと通じる坂道の中腹にあった。

 道案内してくれたレジーとシエラの二人とはここでお別れだ。

 子供達にはハルジオ祭りの開催を約束し、駄賃としてアルビオンのクッキー菓子を二箱もたせてやった。これが大人であれば軍票を切るところだが、やはり子供。官給品の菓子箱で大喜びしてくれるのだから安上がりである。

「子供はチョロくて良いわね」

 隣ではケメットが「ウチのですのに……」とぶつくさ不平をたれていた。

 上官の官給品にまで手を出していた不届き千万な獣伍長の戯言には耳を貸さず、しげしげと目の前の豪邸を眺めた。

 過度な装飾は無く、こざっぱりとした印象の館だ。

 大昔の建築と思われるが、赤レンガで統一された佇まいからは洗練された威厳が醸し出されており、古豪の館と言った雰囲気を纏っていた。増改築が行われた箇所も見当たるが、整然とした広い庭も含めて、貴人に相応しい『城』と言える。

 最近の派手さを追求する富豪の邸宅よりも、こちらの方が落ち着いていて好みだった。

「どんな悪いことしたらこんな家建てられるのかしらね」

「ユークス・モルガン伯爵は由緒正しい出自の歴とした貴族ですよ。『アルビオン救国の八貴族』の遠縁でもあるそうです。大佐と一緒にしたらいけません」

「大佐の物差しではかると全部悪事になってしまいますニャ」

「失礼の無いようにしてくださいね」

 ちょっと冗談を言ってみれば、後ろ弾があれよあれよと飛び込んでくる。

 この連中には上官を敬う心とか遠慮とか言う物が無いのかと、自ずと肩が戦慄き出してしまう。

「あのね、あたし大佐! 失礼なのはあんたたち!」

「呼び鈴がありませんね、どうしましょう」

「でも館の方で話声が聞こえます。ウチの耳がそう言ってますニャ」

「聞けよ!」

 部下達に虐げられていると、「あの」と背後から声を掛けられた。

 そこには、お仕着せの給仕と思しき若い女が立っていて、困り顔の彼女は、こちらを検分するような怪訝な目つきを寄越すと戸惑いがちに尋ねてくる。

「その……当家に何か御用でしょうか」


∴ ∴

 モルガン家当主ユークス・モルガン伯爵は、疲れた表情で二人の顔色を交互に窺った。

 椅子に体の半分以上を沈みこませている一人は、黒いローブを纏った老婆でカーミラと言う。

 老婆と言っても、その括りに収めるには一二二歳という年齢はいささか高すぎる。彼女はこの町の長老で、祭事には欠かせない地方魔術師だ。顔や杖を携える手に見られる皺からは彼女の年月が読み取ることが出来、それは皮膚というよりも樹皮に近い。

 もう一人は壮年の男で、肩幅が広い屈強な体格に突出したビール腹を抱えるドニー・ブスマン。

 彼は[ラブラス金属]のスプート支店を任されている支店長にして、スプート商業組合の代表者。

 彼らは共にこの鉱山都市スプートの住民にして、わが愛すべき領民である。

 この土地を先代から引き継いで以来、貴族の使命としてこの町を守ってきた。

 市長としても、町の相談役として都市機能の利便性向上や福祉、企業の誘致など諸方より人と金を集め、町の発展に尽力した。領民からもそれなりに愛される領主であろうとしてきたし、実際にラブラス民主化の際にも、住民投票により領土はモルガン家に帰属することを望む声が支持票として現れ今に至る。

 しかしながら最近は芳しくない。

 町を代表する面々――カーミラとドニーは詰るようにこちらを見ていた。

「ユークス、もう我慢の限界だ。これ以上は待てん」

 親愛の篭った声音にささくれが立ち、ドニーは厳しい顔を一層強張らせる。

「いや、ダメだ。許可は出せない。この町より先へは行ってはならない」

 こちらも譲るわけにはいかず、真っ向から対立の構えを見せる。

 口をへの字に曲げたドニーはかぶりを振ると、話にならんと吐き捨てた。

「もう二週間だ。本社から来るはずだった機材も届かず、消耗品も底をついた。連絡も途絶えて、使いをやっても帰ってこない。このままじゃ仕事にならないばかりか、鉱夫どもに日銭をくれてやることもできやしねえ。うちだけじゃねえ。組合の連中も似たり寄ったりだ。このままじゃみんな食いっぱぐれちまうぞ!」

「ドニー、それはわかってる。だから教会の牧師と話をつけて、配給の準備を進めているところだ」

「そんなもんで持つわけないだろ! 領地にある農家だけじゃどうあってもこの町を賄えない。霞を食って生きてるわけじゃねえんだ。直接トマーウェルに行って確かめてくる」

「ダメだ! もう何人も帰ってこないんだぞ! 何かが起きてるんだ」

「だからその何かを確かめなきゃんならねえだろうが!」

 口論は次第に激しさを増して取っ組み合いが始まる空気が醸成されると、カーミラが嗄れ声で「お前達、静かにおし」と一言でその場を治めてしまう。二人して黙りこくってソファーに腰を降ろす様は母親に叱られた子供だ。

 それだけの発言力がこの老婆にはある。

 彼女は自分達が喃語を発していた時代から、地方魔術師として活躍していた。住民のみならず、国中から彼女の助力を仰ごうとする者たちが居た。今でこそ町の片隅で霊薬の調合を生業としているが、その威光は現代にも語り継がれているのだ。

 静かになった部屋で、カーミラは重々しく自身の見解を述べた。

「いま、この国は変容しつつある。精霊たちが怯え色めき立っておる。この二、三日でそれはもはや恐慌の域に達した。マナの微震が常態化し、反応が極めて弱く、感知しにくい。危険な兆候だ。あたしの見立てでは、何かが起き、別の何かが呼び寄せられた」

「何もわからないが危険だって事だろ。じゃあ尚更さっさと調べるべきじゃねえか」

「ドニー坊や、それはお勧めできないね。マナに瘴気がにおい立つようになった。こうなったからには、あたしらにはどうすることもできない」

 頼りのカーミラが諦念を吐露するようではいよいよ打つ手が無くなってしまう。

「カーミラ様、何か手は無いんですか?」

「当面は南の町の助力を得るべきだね。だがいつまでも持つ話じゃない。テンドー様のお力が有ったとしても、目に見える効果はあるまい。あれはゆっくりと醸成されるものだ。それまであたしらが無事で居られる保障はないのさ。ユークス、シオーリンにはあたしの息子が居る。紹介状を出そう。最悪は移住を見据えて、やれるだけやってみると良いさね」

 カーミラを以ってしても、ラブラスを取り巻く異常には手も足も出ないという。

 解決の糸口は見つからず、唯一の打開策は諦めること。

 重い空気が蔓延したその時だった。

 勢い良く扉が開け放たれた。

「お困りのようね、我々が手を貸しましょう!」

 そこには、軍人と思しき女性二人を従えた男装の女が立っていた。

 彼女は悪戯に満ち満ちた笑みを湛えながら続けてこう言い放つ。

「その代わり、降伏しなさい」




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