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眼炎く倭(まかかやく やまと)  作者: 鈴鹿
第七章 彦覡
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51.守り人の誓い

「菜於、それは……」

「姫さまは月立をお迎えになられた頃から、ご様子がお変わりでした。それが顕著に現れ始めたのは日巫女様のお亡くなりになる少し前からだったと思います。……わたくしは、生まれてから一度も、姫さまの霊力の話をきいたことがございません。それは掖邪狗さま、あなたも同じではありませんか?」

 その言葉が、突如として深く掖邪狗の胸内を抉った。

 そう、そうだ、何故気が付かなかったのか――

「謁見に向かわれる際の姫さまの凍るような笑顔が忘れられません。今になって思うのです、あの頃姫さまは、御身に霊力が宿っていないことに気付いておられたのではないかと。その身で巫女王にお会いになられることを、どれほど懼れておられたかと思うと……」

 足元から力が吸い取られてゆくようだった。小刻みに震えだした手を口元にあて、掖邪狗は思い出していた。

 謁見のあの日、目の前で心痛のあまりに倒れた台与。その色のない顔、張りつめられた細い糸。

 そして――そのあと自分は、その彼女を。

 不安と懼れに壊れかけた心を抱いて震えていた少女を。

 突き放したのだ、地の果てまで。


“うん……わかった。よかった、そのほうが良かったの…… ”


「けれど今、姫さまのお力は目覚めておいでです。姫さまは夢見を……夢を紡がれ、そこに未来を読まれます。そして、あの日神殿で図らずもそれ以上の力を顕されたのではないかと、わたくしは思っています。父君のご無事をあまりに強くお祈りになる心が、姫さまの魂をその瞬間へ運び去ったまま、戻ってこないのでは……」

魂離たまがけり……したままだというのか」

 掖邪狗はよろめいた足元に力を込め、台与の居室を振り返った。「ずっと、あのままだと……」

 菜於は急にきっと顔を上げ、それまで決して見ようとしなかった掖邪狗の目を見据えた。下戸が大人を直視することは固く禁じられているにもかかわらず、その目は今までの畏れを全て振り払い、決意と熱だけを研ぎ澄ました刃の如く掖邪狗を貫いた。

「掖邪狗さま。どうか、姫さまをお見捨てにならないで下さい。わたくしたちが姫さまの思いに背いてここまで担ぎ上げてきてしまったというのなら、せめて全力で姫さまをお守りすべきです。私の力は小さすぎてどうすることもできません、けれど、あなたならできます。あなたは、采迦さまのあとをお継ぎになる……!」

 掖邪狗は体を痙攣ひきつらせ、じっと菜於と目を見交わしていたが、やがて覚悟を決めたように勢いよく踵を返した。

「言われずとも」


 台与の元に再び戻ってきた掖邪狗は、露台の前に相変わらずぼんやりと座り込み外を眺めている少女の足元に跪いた。そうしてじっと少女の視線を辿る。

 それは御簾越しにきらめく早春の緑に宿り、抜けるような白青の大空を渡り、横切る小鳥を追い、遠方の山際をなぞり……そしてまた緑に戻り。

 絶え間なく変化する台与の瞳の中の色彩に目がくらむ。

 だが深い深い泉が漆黒に見えるように、台与の瞳もまた全てのものを映しながら、その実何も映してはいないのかもしれなかった。

「姫さま……お聞きでしょうか。お父上の采迦殿が、狗奴との戦で身罷られました」

 口に出すと、ひどく嘘臭く聞こえた。

 何を言っているのだ、と心のどこかの麻痺した部分が声を上げる。

 台与は反応を示さず、微笑とも無情ともとれぬ表情を細い面にとどめていた。この上なく穏やかで、そして果てしなく虚ろな白い顔。

 無性に居たたまれなくなり、次いで苛立ちと悲しみの入り交じった感情が一気に吹き上げ、掖邪狗は唇を噛み息を殺した。鼻の奥がじんと痺れ、視界がどんどん滲んでいく……

「采迦殿は、ご出立の時に言い残されました……私に、このクニを守れと。そして、あなたのことを……」

 あの時の言葉は遙か昔、台与がこの世に生を受けたとき、采迦が彼に告げた言葉に似ていた――

「あなたは私がお守りします、台与姫。この命に代えても。それが采迦殿への誓いであり、残された私の願いです。……私は采迦殿を死地へ追いやった湯把を許さない。死力を尽くして彼を排斥し、そして」

 風が吹き込む。台与の長い髪が舞い上がり、跪いた掖邪狗の頬を掠る。


「邪馬台国の女王として、必ずあなたを。――このクニを、あなたの手に」


 掖邪狗は顔を上げた。見上げた台与の視線は遠かったが、白い頬に、涙の筋が光って見えた。

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