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眼炎く倭(まかかやく やまと)  作者: 鈴鹿
第五章 湯把
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37.新王践祚

 日巫女の死はすぐに村中に伝わり、その死が太陽の翳りを起こしたのだという噂が広まった。亡き女王の霊威の大きさに人々はますます敬服し、自ら集って日巫女の宮があった丘の一部にその塚を作り始めた。それは今までにないほどの巨大な土の墓だったが、人手が有り余るほどあるせいか存外の速さで造られていった。

 一方で女王の骸は、塚におさめられるまで殯屋に安置され、黄泉返りを願って小屋の外では男達が歌い騒ぎ、小屋の内では巫女達が祈りを捧げ踊り明かしていた。もちろんそのなかに血族である台与と総羽がいないはずはなく、二人は同じ白い装束に身を包んで日巫女の骸を前に再会した。


「私の計画がむちゃくちゃだわ!」

 他の巫女達が席を外し殯屋の中で二人きりになった瞬間、総羽は怒りをぶちまけるように叫んだ。

「なんで死ぬわけ? ばかばかしいにも程があるわ、私はこの女を追い出すためにここまで来たのよ、こんなところであっさり死なれて魂だけ残されていったなんて、たまったものじゃないわよっ!」

 手にした玉箒を白い布で包まれた日巫女に叩きつけた総羽を見て、台与は竦み上がった。

「総羽さん、やめてくださいそんな……」

「なによ、あんただってこの女には恨みだらけでしょう、今なら何をしようとやり放題よ」

「総羽さん!」

 泣きそうになった台与の声に総羽は振り返った。その目には喩えようもない苛立ちがあふれていた。

「そうよ……もうこの女はこのクニの女王なんかじゃないわ。何を言っても聞こえない、何をしても届かないわ」

 もう一度玉箒を骸に叩き付けるように放り出して、総羽はちいさく呟いた。

「この手で裁いてやりたかったのに……」

 しばらく二人は俯いて言葉も交わさずにいたが、やがて総羽がそっと日巫女の骸布に手をかけた。気付いた台与が制止の声をあげる間もなく、その布は勢いよく剥がされ宙を舞った。

「総羽さん!」

 台与は両手で目を覆って床に打ち伏した。吐き気が喉元をこみ上げてきて、非難の続きを言葉にすることができなかった。亡骸自体は清められあの惨状を彷彿とさせるものなど残っていなかったが、台与にとってはこの女の姿を目にするだけでも耐えられたものではなかった。

「……何が病死よ」

 総羽の声は怒りに震えた。

「こんな穴の空くような病気、あるならぜひとも病名を聞かせて欲しいわ。ねえ、台与」

 台与は二つ折りになって体の震えを抑えようと必死だったが、突き刺さるような総羽の言葉に顔を上げた。

「……気付いているんでしょう、総羽さん。わたしが東の集落へ行ったときから」

「そうね、あんたが大御館から出てくるのも見えたわ、一瞬だけど」

 ようやくのことで立ち上がって、台与は正面から総羽を見据えた。

「だったらもう言わなくったって……解るでしょう? わたしは日巫女に恨みがあった。だから殺したの」

 総羽は押し黙った。台与の心は驚くほど静かに凪いでいた。

 そうだ、殺してはいけないと思いながらも心の奥底ではそれを望んでいた。自分が殺したのと同じだ、そうなってもおかしくはなかった。自分にはその知恵と勇気がなかっただけなのだから。

「……そうね、でもそれじゃあ解らないことが一つあるわね」

 総羽はこめかみのあたりに揺れるほつれ毛を、耳のうしろに掻き上げた。

「マナシが日巫女を殺すほど恨んでいた理由、とか」


 台与は大きく息を吐いた。その拍子に膝が崩れ落ちそうになった。

 呆れ顔でその腕をつかみ取った総羽は、いつものように冷たい口調で言い放つ。

「あれだけマナシマナシ騒いでおいて、自分一人が殺しました、で私を騙し通せると思ってるの、大馬鹿者。ついでに言うけど、あんたなんかにそんなこすい知恵と行動力があるはずないでしょう」

「……総羽さんの意地悪……!」

 泣きたくなった。嘘がばれたことが悲しくて、それでも、ただ一人でも自分のことを解ってくれる人がいて、幸せだと感じた。

 台与は、日蝕の闇の中で起こったことを彼女に話した。全てを彼女にゆだねるつもりで、何一つ包み隠すことなく……マナシの過去も、湯把の企みも。総羽なら全てをうまくおさめるだろうという確信があった。

 けれど一つだけ言えなかったこと、それは、葬に彼と再会するということ。

 そしてそれが日巫女と湯把に対する、台与の最後にして最大の叛乱だということも。



 同じ頃、邪馬台の大人をはじめとして各国の使者や下戸達で溢れかえる広場に湯把が立った。

 白い衣を纏い人々の前に立った湯把は、両手を掲げる。

「我らが偉大なる女王、日巫女は申された――『我の死後、わが邪馬台国は日のもとに倭国を統べり、やがて一つの大きな流れを創り出すだろう。我の死とともに太陽は消滅し、そしてまた誕生するだろう、そなたの名の下に』――と」

 広場はしんと静まりかえった。

 死の淵で、人が神に最も近づいた瞬間の言葉。

 それはつまり――新王践祚の神託。

「偉大なる日巫女亡き今、倭は迷走の時代を迎えようとしている。この国を導くは、かの女王の意志を継いだ私しかいない。時は満ちた――総力を挙げ、狗奴国を殲滅せよ。まつろわぬクニを平定し、総てを日のもとに!」


 邪馬台が一面に見渡せる丘から、その声はどこまでも広がる波紋となって空に響いた。

 男王湯把即位。邪馬台が大きく揺れ始めていた。

第五章 湯把 終

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