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眼炎く倭(まかかやく やまと)  作者: 鈴鹿
第四章 真男志
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27.真男志の思惑

 例年にも増して暑かった夏が過ぎ、秋が過ぎて。

 邪馬台に静謐の冬が訪れようとしていた。


 台与はあの夏の夜以来一歩も外に出ることはなく、ただ真摯に毎日の勤めに励んだ。日の神に国の繁栄を願い、人々の幸せを祈り――ただ一心にそうすることで不安定だった心の安定を得ようとした。

 台与の体に、これと言った変化は訪れていなかった。急に霊力を発揮したり予知をしたり、そんな顕著なしるしが顕れるとは思ってはいなかったが、それでも日巫女の魂を封じたこの身、どこか変化が起きて当然だと思っていた。だから依然変わりないことが安堵でもあったし、逆に不安をもかき立てた。

(わたしも十三になるのね……この一年、ひどく早かったな)

 春に女の徴を得て「巫女」となってから、まるで世界が一変したように流れていった。人の運命とはもっと、穏やかで静かなものだと思っていた。たとえ自分には普通の人のように生まれて恋をして子を産んで育て死んでいく、そんな営みは作り出せないにしても。

(祈りに全てを捧げる生活は嫌だったけれど……今となっては、これも癒される時間かもしれない)

 台与はどこか悲しげに微笑んだ。その顔立ちは夏と比べると随分大人びて、少女から一人の女性への羽化を思わせた。


「久しぶりね、台与。様子を見に来てやってよ」

 台与はずかずかと上がり込んでくる人物を微笑んで迎えた。

 少し前に使いがやって来ていたから、その人が来ることは知っていた。台与にとって、彼女の来訪はもう以前のように憂鬱さをもたらすことはなく、むしろ喜ばしいことに思えるようになった。こまめに伝言のやりとりもするようになって、従者以外では唯一の親しい友人のような感覚さえ芽生えつつある。

「総羽さん、お久し振りです。わざわざ来て下さってありがとう」

 台与が膝をずらしてその場を譲ると、総羽は長い裳裾もすそをさばいて優雅に着座した。見るたびに見違える彼女に台与は内心舌を巻く思いだった。長い髪を頭の上で畳み込むように結い上げ、歩揺ほようの付いた挿頭かざしを一本覗かせている。正式に巫のげいを入れたかんばせは以前に増して艶やかで、退紅あらぞめの上衣に佳く合った。

「黥を入れられたんですね」

「ええそう。宣戦布告よ、日巫女に対するね。私は女王になるっていう誓いのしるし。あんたは?」

 総羽が誇らしげに笑むと頬の文様が柔らかに波打つ。台与はそれを見て首を振った。

「ううん、わたしはまだ……相応しいとも思えないし」

「……ねえ、あんた、掖邪狗に何か言われた? あの夜私が使いをやった直後、あんた抜け出してたそうじゃないの。ほんの忠言代わりに言付けたようなものだったのに、まさか本当に脱走してるとはね」

 それが聞きたくて仕方なかったのだろう、総羽がずいと迫って台与の顔をのぞき込む。

 あまり思い出したくないことを引き出された台与は、唇の端を引きつらせ、俯いて小さな声で答えた。

「そのことは本当に反省しています。もう二度としないってヤヤコにも誓ったし……」

「別に責めてるわけじゃないわよ。以前のあんたなら好き勝手に出歩こうなんて考えなかったでしょう、自己犠牲の象徴みたいな子だったもの。それが自分のやりたいことをやる、そんな風に変わったのはいいことだと思うわ。少なくとも私はね」

 けれど掖邪狗にとっては気が気ではない事態だろう。それを考えると、総羽は苦笑を禁じ得なかった。そのときの掖邪狗の様子を事細かに聞こうかとも思ったが、やめて総羽は別のことを口にした。

「でも言ったでしょう、一人で抱え込んで、勝手な行動はしないでと。一体誰とどこに行っていたの」

 台与はためらったが、総羽を相手に隠し事はできないと悟って正直に語りだした。

「張政さんに会いに行っていたんです。前にも一度だけ館を抜け出したことがあって、その時に出会った大陸の人。どうしてももう一度会いたくて、彼の付き人だった人に連れていってもらって、帰りにその人といるのを掖邪狗に見られたの」

「おっと、間男との修羅場……」総羽は思わず目の下の黥を歪めた。

「そんな人じゃないんです本当に。マナシはわたしを婢の一人だと思いこんでるけど、わたしの言うことに親切に答えてくれて、ちゃんと西まで送ってくれて……」

 話していると、つい言葉にも力がこもってしまう。忘れようと努力はしてきたが、この数ヶ月もその面影は薄れることがなかった。彼の持つ業の深さをかいま見たせいで、実際の所はずっと気にかかって仕方がなかったのだ。

 台与が思わずこぼした名前に、総羽ははっと目を見開いた。「マナシ?」

 あっと叫んで台与は口を塞いだが、総羽はそれを聞き逃しはしなかった。

「マナシって言ったわね、今? そいつは今どこに住んでると言っていた? 東じゃないの?」

 捲し立てる総羽に圧倒されながら台与は頷く。「は、はい。東の集落って……」

「そのマナシはうちの下働きよ。謁見の日、倒れたあんたを運んできたのは、そのマナシよ」

「――え? まさか」

 台与は笑おうとした。だが実際はどうもうまくいかなかったようだ。

「だって、マナシはわたしのこと知らないみたいだった。婢と思いこんでいたもの……」

 総羽は柳眉をひそめて胡乱な顔で呟く。

「それは演技か、もしくは本当に分かっていないかね。謁見の時のあんたははっきり言ってまるで別人だったわよ、よほどあんたのとこの婢たちの気合いが入っていたんでしょうけど。分からないとしても無理はないと思うわ」

 それを聞いて、台与は菜於をはじめとする従者達の優秀さと団結力に感服した。その気合いが総羽に対する対抗心からだったとは、本人を目の前にして言えそうにないが。

「それじゃあ、マナシはいま総羽さんのところで働いているの?」

「そうよ、あんたを運んできたときに褒美を取らせようと言ったら、ここで働かせてくれと言ったのよ。よそから来たもののようだったからしばらく見張らせていたけど、下の者には評判はいいみたい。よく働くし頭もいいってね」

 台与は何も言えずに呆然と視線をただよわせていた。まさか彼が総羽の元にいようとは思ってもみなかった。

 総羽は腑抜けたような顔をしている台与を見て、今更ながら呆れたような声を上げた。

「なんなの、あんたたち、互いのこと全然知らないんじゃないの。よくそれで二人きりで夜中に出歩いたりできたわね」

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