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眼炎く倭(まかかやく やまと)  作者: 鈴鹿
第三章 総羽
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21.想いの遣り場

 その後の総羽の献身的とは言い難い看病の甲斐があったのかなかったのか、台与はほぼ自力で回復し、数日の後には体を起こすことも可能になった。限りなく土気色だった顔色も、相変わらず蒼白いものの、所々に赤みが差したいつもの色に戻りつつある。

(このまま……何もかも忘れてしまえれば……)

 何度となく考えてはうち消した思い。自分の中に自分ではない誰かがいるという感覚は否応なく瞬きごとに鳴り響いて、やがては台与自身を飲み込んでしまうのではないかという不安を溢れさせる。

 絶え間のない恐怖は偽りを持っていた二年間にもいやというほど感じていたはずなのに、この重圧感はそんなものではなかった。

(わたしのからだは、いつまでわたしのものなのだろう)

 自分ではない自分が好き勝手に生き続ける、そんな未来を考えると、今すぐに死んだ方がましかもしれないとも思った。

 けれどもう諦めるのはいやだった。限りなく大きな壁に立ち向かいながらも自分に力を貸すと言ってくれた、総羽の純粋な直情を見習いたい。

(そしていつかは自分で未来を切り開く。わたしのために……)


「ねえ、ところであんたいつまでここにいるつもり」

 いつものように台与の様子を暇潰しがてら見に来た総羽は、台与が窓際に腰掛けて外を眺めているのを見てため息をついた。

「もう体も治ったんでしょう。毎日追い返されるあいつがかわいそうじゃないの」

「!」

 台与は振り返らなかったが、うっと小さく息を吸い込んだのは総羽にも見て取れた。

「……それとも、何かやましいことでもあるから帰れないの?」

「そ、そんなんじゃありません」

 体ごと振り返った台与は、何とも情けない顔をして這い戻ったかと思うと、慌てて褥に潜り込んだ。

 総羽が訝しげに眉を寄せるのと、帳の向こうから婢が声をかけたのは同時だった。

「失礼いたします総羽さま、台与さまのお迎えの方がまたおいでですが」

「ああ、それじゃ……」

「わたしまだ帰れません、悪いけど一人で帰ってもらって」

 総羽が返事をし終えるよりも早く、褥に埋もれた台与が口を挟んだ。

 総羽は目をむいて褥の小山を睨み付け、それを引き剥がした。

「ふざけないで、一体どういうつもり!? 用もないのにここに居座らないでよ、鬱陶しいわね」

「ひどい! 総羽さん力になるって言ったじゃないですか」

 褥から放り出された台与は、総羽のあんまりな物言いに半泣きで抗議した。

「あんたの駄々につきあうつもりはこれっぽちもないのよ! ……まあいいわ、あと一日だけよ。その代わり、その理由をしっかり聞かせてもらうからね」

 これ見よがしにわざとらしいため息を吹きかけてから、総羽は入り口でおろおろして二人のやり取りを見ていた婢を振り返った。

「悪いけど掖邪狗殿には帰ってもらって。明日改めて迎えに来るよう伝えておいて」


 掖邪狗が心配して見舞いに来ていることは、目覚めたその日から知っていた。

 毎日朝と夜に絶えることなくやってきては、下働きの者を通じて台与の容態を聞かされ帰る、その繰り返し。それでも掖邪狗は必ずやって来た。普通なら使いを遣わして当然の距離なのに、当然の身分なのに、自分の足で走って――。

「どういう……つもり……なのかな」

 きっぱり振られた身としては、その優しさは痛いだけだった。

 掖邪狗は台与の従者ではないし、台与を主として仕えるような立場ではない。ならばなぜこれほどに尽くしてくれるのか、台与には理解できなかった。

(兄妹みたいなものだからかな……。だったら、それって辛い……)

 掖邪狗に与えられるものはもういらないと決意した、そうしないとこの想いのやり場がない。それなのに優しい掖邪狗に会ってしまえば、この想いが消せるわけがない。だから会いたくない。


 そんな恋の想いまで総羽に伝えることになってしまい、台与は後悔した。

 予想はできたのだ、総羽が鼻で笑うことなど。

「ばかね」

 開口一番言い放たれて台与は絶句した。

「ばかでしょ、あんた。聞いて損した」

「な、何なんですか! ひどい、話せって言うから覚悟決めて話したのに!」

 さすがの台与もあまりに理不尽な反応に憤慨し、赤くなった顔のまわりで小さな拳を振り回した。

 総羽は窓際まで歩み寄り、桟に腰をかけながら笑う。

「ほんと、これだから子供っていやね。掖邪狗も可哀想なやつ、こりゃ報われないわ」

「……どういう意味ですか?」

「自分の頭で考えなさい。まああんたはこの調子だし、掖邪狗はお堅いくそ真面目だから、一生解らないでしょうけど」

 そう言って声高らかに笑う総羽の顔には心底愉快そうな表情が浮かんでいて、台与はますます困惑する羽目になった。


 笑いを収めた総羽は窓の下に目をやった。そこには、館のほうを何度も何度も振り返りながら去っていく掖邪狗の姿があった。

(ほんと……いつまで経ってもばかなやつ)

 はたから見ていても、子供の頃から掖邪狗はいつも台与の傍らで、陰に日向に彼女を守ろうとしていた。そしてその気持ちがただの信頼と慈愛だけには終わらないことも、聡い総羽には予想できていたことだった。

 しかし巫女に恋愛の余地などあるわけがなく、掖邪狗の性格もあの通りだから別に深入りするつもりは毛頭ない。辛さを味わうとすれば、それはすべて妄執を抱いた者の自業自得だ。

(でも……そんなあんただから、私は台与が羨ましかったのかもしれないわね……)

 爪の丹を陽に透かして翻しながら、総羽は遠くなった後ろ姿を目で追った。

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