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眼炎く倭(まかかやく やまと)  作者: 鈴鹿
第二章 日巫女
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12.炎と水の巫

 最後に総羽にまみえたのは、今から一年前、総羽の謁見の後だった。

 突然彼女が台与のもとを訪れたのだ。


「台与、いるんでしょう。入らせてもらうわ」

 言うや否や。返答の余地もないほどずかずかと部屋に入り込んできた人影を見て、台与は少なからず驚いた。

「総羽さん。謁見は? もう終わったんですか?」

「終わったのよ」

 ひときわ激しく踏みならされた拍子に、総羽の足結の小鈴がしゃらんと澄んだ音を奏でる。台与はわけが分からずに首をすくめながらも呉坐を引っ張ってきて示した。「ど、どうぞ、座ってください」

 答えないまま総羽は勢いよく座り込んだ。艶やかな長い黒髪が、大河のようにうねりながら床に広がった。

 額に描かれた菱の花の文様、つり気味の大きな目に被さる長い睫、沈む夕陽の色の唇……いつ見ても総羽の美貌は変わらず、その鮮やかさがいつも台与を驚かせる。真紅を常用してこれほど似合うのも彼女くらいしかいないだろう。

 殊にこの日は貝染の高級な薄紫の単に、目も覚めるような真っ赤な袴、黄檗色の上衣を羽織って、耳と足首に金色の飾り鈴。一見それこそ女王のようないでたちだった。そしてそれがたった十三という年にも関わらず、異様なほどによく似合うのだ。

 台与は、彼女の激情をひそめた眉がいつもより少しばかり高くつり上がっていることに気付いて、やや気を滅入らせた。

(何か機嫌でも悪いのかな、やだなあ、わたしに八つ当たりに来られるの)

 総羽は向かいに座った台与を見ようともせず、むっつりと黙り込んで外の景色を眺めていた。

 やがて、気詰まりで仕方がなくなった台与が口を開く。

「あの、総羽さん……どうでしたか、日巫女様との謁見……」

 総羽は初めて台与の顔を正面から睨み付けた。

「そんなことあんたに関係ないでしょ」

「……」

 今度ばかりは台与も閉口して、その場を立ち去ろうと思った。用があるなら早く言えばいいのに、何のために来たんだと内心とても苛立ちながら立ち上がる。すると総羽が慌てたように怒鳴りつけた。

「あんたっ……日巫女様に何言ったのよ!」

「えっ?」

「私の知らないところでこそこそ会ったりして、恥ずかしいと思わないの!」

「ええっ?」

 それこそ意味の分からないことを捲し立てられて、総羽の言動に思考がついていけない台与は困惑するしかなかった。

「あ、総羽さん。あの、仰っている意味が分かりません。会うって……日巫女様になら生まれてから一度だって会ったことなんてないですけど」

「――本当に?」

 総羽の目から少しだけ険が消え、代わりに猜疑の色が浮かんだ。それにむっとしながらも台与は床に座り直し、努めて冷静に問いかけた。

「本当です。ついこの間まで一緒に住んでいたじゃないですか、それは総羽さんがよく知っているでしょう? ねえ、謁見で何かあったんですか?」

「……じゃああの人一体何のためにあんな事を……」

 台与の言葉は耳にも入らない様子で、総羽は口元に手を当てて唸った。その爪に鮮やかな丹が塗られているのを見て、台与はふいに吹き出しそうになった。どこまでも徹底的にやらなければ気が済まないところは、昔からそのままだ。

「何がおかしいの」

「だって、総羽さん」

 くすくすと笑いながら台与は総羽を指さして、次に自分を指さした。

「わたしたちが何て言われてるか知ってます? この間菜於に聞いたんですけど、炎と水なんですって。本当にそのままだもの、ほら、今日の格好」

 全身朱色尽くめの総羽に対して、台与は白い衣に浅葱の裳。飾りは碧玉の管玉を連ねた首飾り。ここまで対照的な格好をすることもそうそうないと言うほどに正反対なのが可笑しかったのだ。

 ところがそれを聞いた瞬間、総羽の頬から目元にかけてが一気に紅潮した。

「……私はあんたに一つ言っておきたいことがあるのよ」

 その声の調子で台与は大体を悟り、肩をすくめながらも一応訊ねた。「何でしょう?」

「日巫女様のあとを継ぐのは私よ。先に日巫女様にお会いしたんだから。無駄なまじないのお遊びなんかやめてさっさと辞退しなさいよ」

 台与はあきれてため息を付いた。そうできたらどれほど気が楽か。

 もし総羽が台与と同じ悩みを抱えているなら、彼女は間違いなくさっさと辞退して普通の娘としての後生を歩んでいただろう。けれど台与にはその勇気はなかった。自分に仕えている全ての人々の顔を思い出すだけで、そしてそのあとの自分の居場所を思うだけで、空寒くなる。そんな孤独なら、今のほうがまだ良いと思える……。

 総羽の親切とは言い難い忠告に黙って頷くほど、台与は素直でもなかった。

「先にお会いしたほうが後継ぎになれるんでしたら、最初から候補なんて二人もいらないと思いますけど」

「……っ! お黙り、子供のくせに!」

 二つしか違わないくせに子供とはよく言ったものだと思いながら、台与は激高して赤くなった総羽の顔を見つめた。怒りに燃えた総羽の表情は、鮮やかな美しさを一層引き立てるのが皮肉だった。

 総羽は髪を振り乱して立ち上がり、台与を見下して叫んだ。

「いいこと、あんたには絶対負けないわよ! せいぜい吠え面かいて私が女王になるのを見てるがいいわ!」



(ああー……今思い出しても、なんて最悪な別れ)

 常にあの調子の総羽と仲良くなるなんて何をしても無理だろうと分かっていたし、改めて嫌な思いをするのも気が引けるので、後日台与のほうから会いに行くということもなかったのだが……

 今となると、何だか彼女の不自然さが気になった。いくら総羽が荒唐無稽な性格だとしても、あそこまでめっぽう喧嘩を売ってくる性分ではなかったような気がする。彼女は負けず嫌いな分いつも自分に自信を持っており、まだ月立も迎えない年下の台与に突然怒鳴り散らすような、そんな人ではなかった……はずだ、たぶん……きっと。

(きつい人だけど、わけもなく牽制なんてしない人。総羽さんは焦ってた。それはきっと、謁見の際に何かがあったから。一体何が? ああ、どうしてもっと早く気付かなかったんだろう)

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