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眼炎く倭(まかかやく やまと)  作者: 鈴鹿
序 ―ことのはじめ―
1/67

1.有明

倭国乱れて、相功伐する事限りなし。

乃ち、共に一女子を立てて王となし、名付けて卑弥呼と曰う。

鬼道に事えて能く人を惑わす。

年巳に長大なるも夫婿無く、男弟有りて佐けて国を治む。


卑弥呼死すを以って、大いに冢を作る。

径百余歩、徇葬する者、奴婢百余人

更に男王を立つるも、国中服せず。

更々相誅殺し、当時千余人を殺す。


卑弥呼の宗女 壹与、年十三を立てて王と為す。

国中 遂に定まる――


(『魏志』倭人伝より)

名を、呼ぶ。

渦を巻いて、私の心を呑み込んでゆく言霊。

誰の声?

誰が呼ぶ? 誰を呼ぶ?

それは、誰の名?


“我が我をよばう。

 退かりでてと、御魂みたまよばう”



『――私は誰?』



 台与とよは、褥を撥ね飛ばす勢いで飛び起きた。

 そして、ひんやりと冷えた木館の匂いに徐々に我にかえっていく自分を、どこか覚めた気分で感じていた。

「……また、夢」

 恐怖に強張こわばった顔をいつもの幼い驚きに変えるものの、心の臓も渇いた喉も、まだ現を掴みとってはいない。静寂の中に響く自分の鼓動の激しさは恐怖の余韻に違いないのに、何に怯えていたのか今となってはさっぱり思い出せないのもまた腑に落ちなかった。

「もういや。なにがそんなに怖かったんだろ」

 このところ、台与は毎晩この調子で安眠を妨げられる。また九つになったばかりの台与には、これが結構な悩みの種だった。なにしろ寝不足がたたり、まじないの途中で眠ってしまうからだ。そして夕暮れまで延々と大巫女のお仕置きをくらうことになる。

 額を拭うと、白栲の袖がぐっしょりと濡れた。ふう、と一つ大きくため息をついて、台与はもう一度褥に寝転がった。いつもは憤慨してその勢いで二度寝も簡単なのだが、今日はそんな気分にはならなかった。苛立たしい気持ちも、窓からほのかに差し込んでくる朝陽を見た途端に吹き飛んでしまう。

 幾度か落ちつきなげに窓と天井の間で視線をさまよわせていた台与は、思い切って立ちあがった。小さな素足で磨き上げられた木の床に踏み出すと、氷のような冷たさが指先を刺す。春とは言え、まだ朝は冷える。飛び石を渡るような足取りで窓まで駆けよった台与は、格子のはめられた窓から空を見上げた。

「あ、良かった、雨上がってる! 今日は晴れそう。昨日のまじないが効いたのかな」

 夜の明けきらない微妙な赤紫の空は、山の端からゆっくりと、しかし確実に色を無くしてゆく。足元を浸す冷たさも忘れてじっとそれを見ていた台与は、普段は滅多にならない神妙な気持ちで祈った。

(太陽が、総てにいのちを吹き込むのだ。総ての目醒めは、ここから始まる……)

 それは、一族の巫女姫たる台与に叩き込まれた教義だった。彼女は若干九つにして、日の神の妻となった女王・日巫女のあとを継ぐと言われている巫女の一人なのだった。

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