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2.新生活


 私はパチリと目を開けた。

 朝だ。窓から、朝日が差している。朝がきた。

 私はむくりと、簡素なベッドから体を起こす。

 ああ、退屈な時間がようやく終わったのだ。

 私の今の体は、人形だ。つまり、睡眠を必要とはしない。

 魔女も基本的には人間と同じ。睡眠を必要とするのだ。違いは、人間は疲労を回復するために眠るけど、魔女はマナを回復するために睡眠を必要とする。

 マナの回復に睡眠を取らなくてはならないなら、私も眠らなくてはならないだろうけど。

 今いる地球じゃない世界は、地球よりもマナがはるかに豊富で眠らなくてもマナが回復するのだ。

 なので、私に眠りは必要ない。そもそも人形だから、眠れないのだけどね。

 そうなると、夜の間。私は暇になるのだ。

 ラルクは人間。夜は寝てしまう。

 ラルクと私が暮らす魔の森は、魔物が出るから攻撃型の魔法を使えない私だけで彷徨くのは危険。

 だから、私は夜の間はベッドの上でじっとしているのである。

 そして現在。夜は開けた。朝が来たのだ!

 キイッと、隣から扉が開く音がした。私は、ベッドから飛び降りた。

 部屋の扉を開けて、部屋から出てきたラルクを見る。


「ラルク、おはよう」


 挨拶を口にすれば、ラルクは一瞬間を置いてから、微笑んだ。朝の挨拶をする時、ラルクはいつも少し間が出来るのだ。何故なんだろう。


「おはようございます、レナ」


 ラルクは、優しい声で言う。

 私はなんだか嬉しくなって、ラルクの隣に並んだ。

 ラルクと出会い、魔の森にあるラルクの家で暮らすようになってから、一ヶ月が過ぎようとしていた。



 ラルクが住んでいるのは、石造りの小さな家だ。寝室は二つ。

 今、私が使っている部屋はラルクを拾ったというお爺さんのものだ。


「お爺ちゃんは、四年前に亡くなってますから、レナの好きに使ってください」


 と言われたので、有り難く使わせてもらっている。

 ラルクと暮らした一ヶ月で分かったこと。

 ラルクは十四歳で、外見上の私の年齢より二つ上だ。

 ラルクの家は、魔の森の中でも比較的入り口に近い場所にある。家の裏手には小さいながらも、畑があって地球にはない野菜を育てている。

 ラルクは、野菜や魔の森でしか採れない薬草を使った薬を、月に数回売りに行って生計を立てているようだ。ボロボロの服は、いわゆる魔の森限定で、街で買った綺麗な服が何着かラルクの部屋のクローゼットに入っている。

 その服を着て、ラルクは商品を売りに行くのだ。

 私は街には、まだ行ったことがない。ラルク以外の人間が怖いのだ。手は手袋を着ければ隠すことが出来るけど、何らかの拍子で人形だとバレるかもしれない。

 だから、私は街には行かないのだ。

 ラルクは、レナのしたいようにすれば良いと言ってくれるので、甘えさせてもらっている。

 ラルクが暮らすのは、ニーナ王国という国にある魔の森。魔というだけあって、昼でも少し薄暗く、そして魔物が出る。魔の森に住む魔物は、奥の方で生息しているらしい。

 あのくそ爺、奥の方にまでわざわざ入って私を捨てたのか。無駄に根性見せるなよ。

 あの日、たまたま魔の森の奥に生えている薬草を取りに来ていたラルクは、私の悲鳴を聞きつけ助けてくれたそうだ。

 本当に助かった。

 一ヶ月、何も分からない私に、ラルクは優しくしてくれた。ラルクは、本当に良い人間なのだ。

 今までを回想していると、畑で野菜を収穫したラルクが帰ってきた。

 居間にある椅子に座っている私に気づくと、微笑み掛けてくれる。


「レナ。僕は朝食にしますが」

「うん。いつも通り、ラルクのそばにいる」

「そうですか」


 ラルクは、台所に向かう。私は、台所のすぐそばにある木製のテーブルに向かった。ここが食卓なのだ。椅子は二脚。

 私は指定席となった右側の椅子に座って、朝食を作るラルクを見る。


「何だか照れますね」


 ラルクは、頬を染めている。そんな姿も可愛いのだから、美少年は得だ。


「特に凝ったものを作っているわけではないので、退屈ではありませんか」


 ラルクの照れ笑いな言葉に、私は首を横に振る。


「ラルクの姿は、眼福だから」

「何を言っているんですか……」


 ラルクは呆れ顔だ。美少年はどんな表情を浮かべても、美少年だと再確認した。

 私は足をぶらぶらさせながら、頬杖をつきラルク観察を続行する。

 エリシア先輩が見たら、お行儀が悪いと言うだろう。でも、残念ながらエリシア先輩は、ここにはいない。私は、やりたい放題なのだ。


「今朝は新鮮な野菜が採れました。サラダにして、パンは昨日焼いたものにしましょう」

「胡桃の入ったやつ?」

「くるみ? リクの実ですよ」

「ああ、そうだっけ」


 こちらの世界と地球は、名称こそ違えど似ているものもある。不思議な感じだ。

 程なくして、テーブルに一人分の朝食が用意される。ラルクの分だ。人形の体の私は、食べ物が必要ないから。

 なのに、何故ここに座っているかと言うと。


「今日の朝食も美味しそうだ」

「僕ばかりが食べていて、申し訳ないですね」

「良いんだよ。私は会話を楽しむから」


 ラルクと話すためである。

 ラルクはお爺さんを亡くしてからの四年を、一人で過ごしていた。一人の食事って、きっと味気ない。

 私は、先輩魔女たちといつも拠点の城で、賑やかに食事をしていた。

 寂しい食事は、嫌だと思う。

 だから、食べたりは出来ないけど、会話はするのだ。


「……ありがとうございます、レナ」

「うん? どういたしまして」


 リクの実パンを食べるラルクに、私はたくさん話しかける。

 今日の天気の話だとか、森に小動物がいたとか。

 それを、ラルクはにこやかに聞いてくれる。


「今日は、何をするの?」

「そうですね。畑の様子を見たり、魔法の練習をしたいと思います」

「ラルクの魔法!」


 ラルクの魔法は、異世界の魔法だ。私たち地球産の魔女の魔法とは、少し違う。

 まず、魔法を発動させるのに呪文を詠唱するというのが新鮮だ。

 私たち魔女は、詠唱なしで魔法を使える。ただし、詠唱がない代わりに自分の特性に合った魔法しか使えないのだ。

 魔法にも良し悪しである。

 この世界の詠唱って、何か心をくすぐられるんだよ。格好いいと感じる。

 中学二年生的な病を、存分に刺激されるのだ。


「見たい! ラルクの魔法!」


 興奮して言えば、ラルクははにかんだ。


「レナは、もう何度も僕の練習見てるじゃないですか」

「何度見ても、飽きないよ?」

「そうですか」


 ラルクは恥ずかしそうに、もぐもぐとパンを食べている。

 反対されないのは、見学しても良いということだ。楽しみだな。


「……レナは、不思議ですね」


 目を伏せて、ラルクは呟いた。


「不思議かな。あ、動く人形は充分不思議だよね」


 そうだ。私は今、人形なのだ。

 再確認する程度の認識で言ったら、ラルクは勢いよく顔を上げた。


「そういう意味ではないです! レナは、レナですから!」

「そ、そう?」


 ラルクの様子に驚いていると、紫水晶の目に真っ直ぐ見つめられた。


「レナ。僕は、レナがいてくれて良かったと言いたかったんです」

「ラルク……」


 ラルクは真剣だ。本心から、私がそばにいてくれて良かったと言ってくれているんだ。

 ラルクは、本当に優しい人間だ。


「レナ。ずっと、ここにいて良いんですからね!」

「う、うん。ありがとう、ラルク」


 私は、躊躇いつつお礼を口にする。

 きっと、ずっとは居られないだろうと思ったから。

 私は魔女だ。今は人形だけど。

 魔女は、地球という故郷への思いが強い。

 ラルクには悪いけれど、私も例外ではないのだ。

 地球へと、拠点へと、魔女たちのもとへと帰りたい。強い気持ちがある。

 でも……。

 私は、食事を再開したラルクを見る。

 ラルクも私を見た。

 そして、優しく微笑んだ。

 ……ラルクのそばが、心地良いと思う私もいる。

 複雑な心を隠して、私は微笑み返した。



 ラルクの畑は、家の裏手にある。そして、近くには川も流れている。野菜を育てるのに適した環境だ。


「よいしょ」


 私は、川に来ていた。畑に撒く水を汲みに来たのだ。居候の身、畑仕事ぐらいは手伝わねば。

 両手に一つずつ縦に長い桶を持ち、私は川辺に膝をつく。

 すると、透明な川に私の顔が映る。白いマフラーを首に巻き、同色の長袖のワンピースを着ている。

 この人形の顔は、もとの私にそっくりだ。私をモデルにしたのではと、疑うぐらいに。


「これだけ似ているから、魂が引っ張られたのかな?」


 姿が縁となり、私とを繋げたのかもしれない。あと、くそ爺の執念も関係しているのかも。

 拠点の門に触れた時、聞こえたのはくそ爺の声だった。

 この人形の体は、くそ爺が作ったのだろう。

 くそ爺の執念と姿が、私を引っ張った。それが私の立てた仮説だ。

 仮説だから、合っているかは分からないけれど。

 でも世界を動かすのは、人間の思いだとエリシア先輩が言っていた。

 地球の人間は魔法を使えないけれど、思いの強さで奇跡を起こすことがあると。


「……今の現象がくそ爺のせいなら、恨んでやる」


 私は、桶に水を汲みながら呟いた。


「でも……」


 私は、畑がある方向を見た。

 そこでは、優しい彼が野菜の世話を一生懸命していることだろう。


「……ラルクと出会わせてくれたことは、感謝しなくもない」


 人間はくそ爺みたいなのもいるけど、ラルクのような優しい存在もいると分からせてくれたから。

 水面に移る私の顔が微かに笑みを作る。

 そういえばこの人形の体、感覚はないけど、表情は動くのだ。瞬きも出来る。人間と比べると、ささやかではあるが無表情じゃない。

 あのくそ爺が言っていた最高傑作とは、こういうところも指しているのかもしれない。

 なのに、くそ爺はあっさりと捨てやがった。私の恨みの念が再燃する。


「……落ち着け、私。ラルクのことを考えれば良いんだ」


 すると、驚くほどあっさり感情が静まった。ラルク効果、偉大である。


「さ、早く水を汲んで戻ろう!」


 私は気持ちを切り替える。

 畑仕事が終われば、待ちに待ったラルクの魔法見学だ。


「今日は、どんな魔法を見せてくれるのかなー」


 重たくなった桶を持ち、私は畑で待つラルクのもとへと走った。


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