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19.???の苦しみ


 世界には、神々を祀った神殿が十七ある。

 その内の五つが、ニーナ王国内に建てられていた。

 ニーナ王国の南方に位置する森の中にある神殿も、その一つだ。

 神殿と言いつつも、その様は一つの城のようである。

 それもそのはず。

 神殿には、警護の神殿騎士が常駐しているので、年月を重ねるごとに大きくなっていったのだ。

 神殿には、大事な役割がある。

 そのため、大切に護られていた。

 今夜は新月。辺りは暗闇に呑まれていた。

 夜になり門扉が下ろされた城門では、二人の神殿騎士が守備に当たっている。


「おい、今夜は月の光がない。気をつけろよ」

「はっ!」


 壮年の騎士に言われ、若い騎士は姿勢を正す。

 神殿は、昼間は巡礼者などの訪問を許しているが、夜間は完全に閉められていた。

 夜の闇に紛れて、神殿にある宝物庫や最奥にある彼ら神殿騎士が護る存在を狙う者を警戒してのことだ。

 月のない夜はうすら寒く、木々の間に見えない相手が居るような気がして若い騎士は身震いした。


「まあ、気をつけろとは言ったが、そんなに硬くなるなよ。警戒はすべきだが、神殿を狙う輩なんぞめったには居ないからな」

「そ、そうですよね」


 若い騎士は肩から力を抜く。

 と、その時だった。

 ゆらりと、前方の木々が黒く歪んだように見えたのは。


「え……?」


 新月の暗闇に錯覚を起こしたのかと、若い騎士は目を凝らす。

 やはり、ゆらゆらと揺れている。


「せ、先輩。あれ……っ」


 若い騎士は、壮年の騎士に異変を伝えるべく声をかける。

 壮年の騎士は、既に剣を構えていた。


「おい、若いの。めったにないことが起きたようだ!」


 暗に剣を抜けと言われ、若い騎士は慌てた様子で鞘から剣を抜いた。彼はまだ経験が浅いのだ。

 黒い揺らめきの中から、人の腕が出る。


「ひ……っ」


 若い騎士が悲鳴をもらす。

 黒い揺らめきが、数を増やしていく。

 一つ、二つ……二十を超えた。


「闇の神による、転移術か……!」

「や、闇の神……っ」


 闇を司る神は、神殿が祀っていない唯一の神だ。

 その理由は、人々を害する邪神であるからだった。

 闇の転移術を使われたということは、闇の神の術を使う者が出現しようとしているわけだ。人類の敵となった者たちが。


「おい! 中に知らせろ! "敵対者"が現れたと」

「は、はい!」


 壮年の騎士の声に、すぐさま若い騎士は走り出そうとした。

 だが──。


「おっと、そいつは困る。大いに困る」


 第三者の声がしたと同時に、若い騎士の体が止まる。


「おい、若いの。どうし……」


 壮年の騎士の声が不自然に止まる。カランと音を立てて、手から剣が滑り落ちる。


「おーおー、やっぱり新月は良いねぇ。闇の力が、濃くなるわ。俺の力も増幅される」


 星光のもと、揺らめきから出てきた男が、フードを取る。

 その顔には、大きな傷があった。


「おい! 迂闊に顔を晒すな!」

「顔を覚えられたら、厄介だぞ!」


 後から揺らめきから出てきた黒いフードの男たちが、傷のある男に怒鳴る。

 しかし、傷のある男は愉快そうに笑う。


「なーに、心配はない。もう、意識はねーよ」


 男が言うとおり、壮年の騎士と若い騎士の顔からは、表情が消えていた。

 男は、壮年の騎士が落とした剣を拾い上げる。


「俺の術は完璧だ。それでも心配だってんならよ。こうしちまえば、良いだろ」


 そう言って、傷のある男は意識のない壮年の騎士の首筋に剣を当てた。

 そして、剣をすべらそうとした時。


「……殺すのか」


 静かな声が、傷のある男に向けられた。

 傷のある男のすぐ近くの空間から、男たちと同じくローブ姿の人物が現れた。

 闇の力に頼らない、転移魔法だ。

 声からして、少年期を脱しようとしている若い男だと分かる。


「なんだ、不満なのか」

「人を殺すのならば、協力はしない」


 少年の言葉に、傷のある男は舌打ちをした。


「……仕方ねーな。今回の作戦に、お前は必要不可欠だ」


 傷のある男は、面白くなさそうに剣を地面に捨てた。

 そして、後ろに控える男たちに顔を向ける。


「いーか、お前ら。中にいる奴らは殺すな。でないと、心優しい魔法使いさまが力を使わんからな」

「おい、そこまで気を使う必要はねーだろ」


 当然、仲間たちからは不満の声が上がる。

 しかし、傷のある男がひとにらみすると、男たちは静かになった。術を使ったのだろう。


「今は従え。今は、な」

「……」


 傷のある男の含みのある言葉には反応せず、少年は無言のまま、神殿の門扉を見た。


「……あれを、壊せばいいのか」


 傷のある男は、少年の言葉に片眉を上げた。


「まあ、門もそうだが。お前の力は、この中の最奥にある封印球に使ってもらう」

「封印球?」


 少年が聞き返す。傷のある男は、口角を上げた。


「ああ、神殿が守護している最大級のお宝だ」

「……それを、破壊すればいいのか」

「おうよ」

「分かった」


 そう言うと、少年は手のひらを翳した。


「──炎よ、矢となり我が意思に従え」


 詠唱が終わると、少年の手のひらから無数の炎が飛び出し、門扉へと向かう。

 炎は全て命中し、門扉は轟音を立てて炎に包まれ、崩れ落ちる。


「おー、おー。派手だねぇ」

「……」


 神殿である城の中は、神殿騎士たちの声で騒がしくなる。

 突然起きた異変に、対処しようとしているのだろう。


「おい、お前ら。仕事だ! しくじるなよ!」


 フードを被りなおした傷のある男は、仲間に声をかける。

 術はもう解かれているのか、一斉に「おう!」という声が上がった。

 男たちは、神殿の中へと入って行く。

 少年は無言のまま見送ると、静かに歩き出す。

 傷のある男の言う、封印球を壊すために。



 朝がきた。

 "仕事"を終えた男たちは、根城としている古城の一室で酒盛りをしていた。

 根城には、露出の高い服を着た女たちが、男たちにしなだれかかっている。

 女たちも、男たちの仲間だ。


「あー、愉快だ! すかした神殿の役立たず共が、俺らに降伏する姿、お前にも見せてやりたかったぜ!」

「まあ、凄い。貴方たちは、私たちの英雄よ」

「あっはっは!」


 女たちは、男たちを褒め称える。

 そうすれば、機嫌の良くなった男たちから分け前をもらえるからだ。

 現に赤ら顔になった男は、こぼれそうな女の胸の谷間に金貨を詰めた。喜んだ女は、男に濃厚な口づけを落とす。


「よーし、じゃんじゃん酒と食いもんを持ってこい!」


 部屋のあちらこちらから、同じような声が上がる。

 そんな完全に出来上がった状態の中、一人だけ部屋の隅で静かに食事をしている人物が居た。

 それは黒いフードをかぶったままの、魔法で門扉を破壊した少年だ。

 少年の周りに、女の影はない。

 少年は、他の男とは違って金を落とさないし、何より全身で全てを拒絶していた。

 ただ黙々と、目の前に出された食事を口にしている。

 そんな少年を、不愉快そうに見つめる集団が居た。

 傷のある男の取り巻きたちだ。


「兄貴、あいつしけてやがりますぜ」

「あいつ一人で、場の空気を悪くしやがる」


 杯に注がれた酒を煽り、男たちは不満を隠そうともしない。

 中心に居る傷のある男は、舎弟たちの文句を聞いても、ただ笑うだけだった。


「まあ、そう言うな。今は、好きにさせてやれ」

「けどよ、兄貴。あれだけの魔力。俺らの"本業"に使ってもいいじゃねーか」

「本人にやる気がねえ。そんなん居ても、ただのお荷物だ」

「でもよお」


 舎弟の言葉には応えずに、傷のある男は熱い酒を一気に煽る。

 そして、不敵に笑う。


「なーに、心配すんな。"アレ"が俺らのもとにある限り、あいつは従うしかねーんだよ。だから、今は好きにさせてやれ。今は、な」

「それも、そうか」


 そう言って厭らしく笑い声を上げる男たち。

 傷のある男は、少年の居る方を見たが、そこに少年の姿はもうなかった。

 そのことを気にすることなく、傷のある男は笑い続けた。




「……げえっ」


 少年は、古城にある厠で激しくえづいていた。

 胃の中に収めたものを、全て吐き出す。

 口の中が、胃液で苦くなったが、かまわず吐き続けた。


「はあ、はあ……っ」


 体をくの字に曲げ、少年は荒い呼吸を繰り返した。

 少年には耐えられなかったのだ。

 男たちに従うしかない現状に。

 男たちの用意した料理が受け付けなくなるぐらい、全てを拒絶していた。


「くそ……っ」


 悪態をつく。

 女たちの嬌声がかすかに聞こえてきて、少年は嫌悪感を抱いた。

 もう、あの部屋には戻りたくない。

 少年は立ち上がると、口元を拭い歩き出す。

 古城の中に与えられた部屋に戻るのだ。

 部屋への途中でも、男たちの騒ぐ声が聞こえ、少年は拳を握りしめる。


「……今は、耐えるんだ」


 自身に強く言い聞かせる。

 少年は、男たちの仲間ではなかった。

 ただ、従わなければならない理由があるのだ。

 男たちは、その理由を盾に少年の力を手に入れただけにすぎない。

 本当ならば、今すぐにでも自分の中にある全ての魔力を使い、古城を破壊し本来居るべき場所に帰りたいぐらいだ。

 だが、悔しいことにそれは出来ない。

 男たちが取った卑劣な手段により、少年は自由に身動きが取れないのだ。


「……絶対、取り戻してみせる」


 少年は男たちに奪われたのだ。大切な存在を。

 だから、誓う。必ず取り返すと。


「僕は、頑張るから。だから、待ってて……」


 少年は大切な名前を、そっと口にした。

 それだけで、心に力が戻ってきた。勇気が湧いてくるのだ。

 少年は歩き出す。

 たとえ、今が辛くとも。

 いつかまた、幸せな日々を取り戻せると信じて。

 ただ、前を見た。


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