14.三老婦人
束の間の眠りから覚めると、エリシア先輩を含む先輩魔女たちは、部屋にある長椅子に座って私を見ていた。
どうやら心配で、私を独りにしておけなかったようだ。
実際、マナも暴走させてしまった。私の身を案じてくれる先輩魔女たちの優しさに、涙が出そうだった。
とりあえず、眠りから覚めた私は、落ち着きを取り戻していて、エリシア先輩たちに聞かれるまま、異世界での生活を語った。
人形の体に精神が宿り、それにより人形師に気味悪がられ、魔の森に捨てられたこと。
そして、魔物に襲われそうになったところを──ラルクに救われたことも話した。
「そんなことが……」
「ムカつく爺さんだな!」
「でも、れなが良い人間に出会えて良かったです」
先輩魔女たちの言葉に、私は微かに笑う。
私の身を案じてくれるのが、嬉しかったのだ。
やはり魔女たちもまた、私の家族なのだと思える。
「それで一年、ラルクと暮らしたんです」
「そうだったのね」
ベッドの近くにある椅子に座っていたエリシア先輩が、私の手を握った。
触れた場所から、エリシア先輩の優しいマナの力が流れてくる。
ラルクを想う私が、また暴走しないようにしてくれているんだ。
エリシア先輩の気遣いに感謝しつつ、全てを話し終えた。
「恋、かぁ」
「どんなものか、わたくしたちには分かりませんね」
「でも、素敵な人間に恋をしたのね」
エリシア先輩の問いかけに、私は俯いて頷いた。改めて言われると、恥ずかしかったのだ。
「ラルクは、尊いです」
真っ直ぐで優しくて、存在自体が輝いているのだ。
真面目な顔で言えば、先輩魔女たちは苦笑した。
「相当、惚れ込んでるみたいだね」
「本当に……」
先輩魔女たちの言葉に、頬が熱くなる。
確かに、率直すぎたかもしれない。
なんだか居心地悪い気がして身じろぎすると、エリシア先輩が思わしげにため息をついた。
「貴女たち、からかってる場合じゃないわ。魔女の恋は、命の恋とも言われているのよ?」
「あ……」
先輩魔女たちが、気まずそうに目を逸らした。
「命の、恋……?」
聞き慣れない言葉に、聞き返す。
すると、エリシア先輩は私の手を強く握った。
「そうよ。魔女は、恋をした相手に命さえ捧げるほどの想いを持つと言われているの。実際れなちゃんも、そのラルクくんがそばに居ない現状、マナの暴走を起こしたでしょう?」
「は、はい」
あの絶望感は凄まじいものだった。
「今はこうして、私の中のマナを送って安定させているけれど。ずっと、手を繋いでいるわけにはいかないし……」
「すみません、エリシア先輩」
自分の感情も思い通りにできないことを、申し訳なく思った。
エリシア先輩は、微笑んだ。
「謝らなくて良いのよ。末の子を守るのは私たちの役目よ」
「はい……」
思いやりに満ちた声に、また涙腺が刺激される。
「……エリシア。わたくし、思ったのですが」
長椅子に座ったまま、先輩魔女の一人が手を上げた。
「何かしら?」
「恋によるマナの暴走は、わたくしたちの手には負えるものではありません。ですから、また三老婦人さまのお力を借りませんか?」
先輩魔女の言葉に、私はギョッとした。
ま、また三老婦人さまのお手を煩わせるなんて、恐れ多い!
だけど、エリシア先輩はあっさりと「そうね」と頷いてしまった。
「エ、エリシア先輩……」
分かりやすく動揺する私に、エリシア先輩は苦笑する。
「そんな顔をしないの! 三魔女さまは気さくな方たちよ」
「で、でも……っ」
顔を青くする私に、エリシア先輩がデコピンをしてくる。あいたっ!
「れなちゃん。三魔女さまも、魔女なのよ。つまり、末である貴女を案じてらっしゃるの。貴女のためなら、お力を貸してくださるわ」
「は、はい」
「そうと決まれば、三魔女さまのもとに連絡を! 私とれなちゃんが出向きますと」
エリシア先輩の言葉に、先輩魔女たちが長椅子から立ち上がる。
「まっかせて!」
「すぐに」
部屋を出て行く先輩魔女たちを見送り、私は口元が引きつらせる。
三老婦人さまに面会って、大変なことになった!
"境界の魔女"の拠点である城の中央には、ちょっとしたホールがある。
そのホールに、三老婦人さまへと繋がる大きな魔法陣が描かれている。
「ここ、れなちゃん初めてよね?」
「は、はい。今まで入ったことないです」
三老婦人さまに繋がる魔法陣と聞いて、ここの近くを通るのを遠慮していたくらいだ。
私と手を繋いだまま、エリシア先輩は笑った。
「れなちゃん、手が冷たい。緊張しているのね」
「あ、当たり前です」
何せ、三老婦人さまに会うのだから。
そ、粗相したりしないようにしないと!
私は喉の乾きを感じながら、エリシア先輩の手を強く握った。
「──ああ、ほら。道が繋がったわ」
エリシア先輩が魔法陣を指差した。
視線を辿れば、さっきまでただの線だった魔法陣が淡く光っている。
「こ、この魔法陣の上に立てば良いんですよね……?」
「ええ、そうね。魔法陣に乗ったら、もう目の前に三魔女さまがいらっしゃるから」
「え……っ」
本当に直通なんだ……。
「さっ、時間が惜しいわ。行くわよ、れなちゃん!」
「えっ、あっ、はい!」
エリシア先輩に促され、私は魔法陣の上に立った。手を繋いでいるエリシア先輩もまた、一緒だ。
魔法陣の光は、触れている足下を温かく照らしている。温度があることに、驚いた。
そして、視界が一瞬暗転する。
直ぐに視界はクリアになったけれど、見えた場所はホールではなかった。
まず目に入ったのは星だ。満天の星空が広がっている。
そして星空の下では、たくさんの水晶が浮かんでいた。
私は驚きのあまり、ぽかんと口を開けた。
そして、そのまま下を見る。
私が立っているのはどこまでも広がる、白い石畳の床だった。
星空と石畳の床。なんと変わった空間だろうか。
「れなちゃん、口を閉じて。三魔女さまの御前よ」
「あ……」
隣に立っていたエリシア先輩の言葉で、気が付いた。
目の前には、大きな卵の形をした椅子が三つ浮かんでいたのだ。
何故、椅子だと分かったかと言うと、卵をくり抜いたような部分に黒いフードを被った人物が三人。それぞれの椅子に座っていたからだ。
三人の人物は、足首まである裾の長くて黒いゴシック調のドレスを着ていた。
あの服装。
間違いない。三人は魔女だ。
そして、気付いた。三という数字と、ホールの魔法陣の先に居たという事実。それに先ほどのエリシア先輩の言葉。
彼女たちが、三老婦人さまなのだ。
私は慌てて頭を下げた。
「よいよい、頭を上げよ。末の魔女よ」
「我らは同じ魔女じゃ」
「気を楽にするが良いぞ」
どの声も、若々しかった。
顔は見えないけれど、三老婦人さまはお若い姿をしているのかもしれない。
「は、初めまして、三老婦人さま。末として発生しました、れなと申します」
私は顔を上げ、上擦った声で挨拶を口にする。
「ほっほっほ」
「初々しいのう」
「我らも、そなたのような頃があった。懐かしいものよ」
三老婦人さまは、穏やかに笑う。
エリシア先輩が言った、気さくというのは本当だったのだ。
「して、エリシアよ」
「はい」
名前を呼ばれ、エリシア先輩は三老婦人さまを見上げる。
「れなが、恋を知ったというのは、本当か?」
「はい、誠でございます」
「そうか。恋を知ってしまったか」
「魔女の恋は、命の恋」
「れなよ、体は大事ないか?」
問いかけられ、私は直立不動になる。
「は、はい。エリシア先輩が、私の中のマナを調整してくれています」
「そうか。そなたは我らが同朋。大事な存在だからの」
「あ、ありがとうございます!」
三老婦人さまは、唯一見える口元に笑みを浮かべた。
「大事ないのならば、よい」
「だが、れなよ」
「そのまま、エリシアに頼るわけにもいくまいて」
三老婦人さまの視線を、繋いだままの手に感じた。
「はい、三魔女さま。このままでは、私のマナも持ちません。三魔女さまのお力を借りたいのです」
エリシア先輩が、私の手を握りしめて言う。
エリシア先輩も、やはり三老婦人さまにお願いをするのは、緊張してしまうのだろう。
私も三老婦人さまたちに、頭を下げた。
「わ、私からもお力を借りること、お願いします!」
心臓がドキドキしている。
三老婦人さまたち、私の事情に巻き込まれて怒ったりしないかな。
からからという笑い声がした。
顔を上げると、口元を右手で隠す三老婦人さまたちが見えた。
「エリシアに、れなよ」
「我らは、もとよりそのつもりじゃ」
「同胞のためならば、力は惜しまん」
三老婦人さまたちの言葉に、私とエリシア先輩は顔を見合わせて笑顔を浮かべた。
良かった。これ以上、エリシア先輩たちに迷惑をかけたくない。
「れなにまじないをかけよう」
「芽生えた恋心はどうしようもない。だがな、マナの暴走を抑えることは出来るからのう」
「れなよ、前へ出よ」
「は、はい!」
エリシア先輩から手を離し、私は一歩を踏み出す。
すると、私の足下に小さな魔法陣が浮かんだ。
それはゆっくりと上へと登っていき、私の体をすり抜けていく。
そして、私の頭上で止まると、ふわりと消えた。
「終わったぞ」
「え……!」
あまりにもあっさりしたまじないに、私は驚きの声を上げてしまう。
そんな私を見て、三老婦人さまたちはおかしそうに笑い声をだす。
「拠点を維持する立場にある以上」
「マナの暴走を止めるまじないなど、容易いものじゃ」
「痛みなどなかったであろう」
「は、はい」
私はぺたぺたと自分の体を触る。
うん、どこにも異常はないみたいだ。
体の中を、不安定だったマナが正常に巡っているのが分かる。
三老婦人さまたちは、本当に凄い方々なんだ。
「ありがとうございます、三魔女さま!」
「あ、ありがとうございました!」
頭を下げるエリシア先輩と私。
「よいよい。気にするな」
「それに、これはあくまでも応急処置にしかならん」
「根本的な原因を何とかせねばな」
三老婦人さまたちの言葉に、私とエリシア先輩は頭を上げる。
三人から視線を感じ、私は姿勢を正す。
「れなよ。恋い慕う者のそばに行きたいか?」
突然の質問に、息を呑む。混乱もした。
だけど、私の答えは決まっていた。
「はい。彼の……ラルクのそばに居たいです」
私の答えに、三老婦人さまたちは小さく頷いた。
「恋を知ったのだ。当然の答えだろうな」
「だが、現状。異界への道は我らには開くことは出来ん」
「そなたの精神が異界に行ってしまったのも、偶然のこと」
「……はい」
分かっていたことだけど、実際に魔女の頂点に居る方たちから言われると、心にくるものがある。
「れなちゃん……」
エリシア先輩が気遣わしげに、私の名前を呼ぶ。
落ち込んでいるのが、伝わってしまったんだ。
そんな私たちに、三老婦人さまが穏やかに声をかける。
「なに、今すぐではなくとも。道を探すことは、いつか出来よう」
「我らは、末の魔女のため。異界への道を繋ぐ努力をするつもりじゃ」
「他の魔女たちも、協力してくれようぞ」
三老婦人さまの言葉に、落ち込んでいた心が熱くなる。
三老婦人さま、いや、境界の魔女の皆が、私に力を貸してくれると言うのだ。
こんな、心強くて、嬉しいことはない。
エリシア先輩を見れば、力強く頷いてくれた。
「れなよ。諦めるでないぞ」
「はい!」
三老婦人さまの言葉に、私は全身で返事をした。
ラルク。私、もう一度貴方に会うために頑張るから。
だから、待っていて。




