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11.誕生日と予兆


 大変である。

 事件なのだ。

 昨日知ったことなんだけど、もう直ぐラルクの誕生日なんだって!

 いや、正確にはラルクがお爺さんに拾われた日になるんだけど。

 それでも、特別な日には変わりない。

 ここはラルクの家族として、祝わねば!

 私は気合いを入れた!

 誕生日と言えば、プレゼント! プレゼントと言えば、ラルクの欲しい物!

 ラルクの欲しい物と言えば……何?

 何だろう?

 というか、ラルクに物欲などあるのだろうか?

 私の情熱は、いきなり躓いた。

 困った。まさかラルク自身に、プレゼントで欲しい物は何かと聞くわけにはいかない。

 当日まで秘密にしてこそ、プレゼントの価値は上がるのだ。

 サプライズなのである。


「うーん……」


 月光が差す中、私は自室のベッドの上で唸る。

 昨日からの私は、夜の間はプレゼントについて考えていた。

 ラルクの好きな物……ラルクの好きな物。

 本、は好きみたいだ。よく読んでいるし。

 でも、本は高い。この世界では、紙は貴重なのだ。私のお小遣いじゃ、買えない……。

 私が買ってもらった絵本だって、奮発してもらったものだし。

 あとは、お料理も楽しそうにしている。

 狩りは……苦手かも。何となくそう感じる。


「……日々、ラルクを観察して得た情報はこれだけか」


 ラルクを見つめすぎて、変な顔されながらも頑張ったのに。


「何も、収穫がない……」


 ラルクは慎み深く、謙虚なのだ。

 お金も、日用品とか日常的なものにしか使わない。

 正直、物欲のあるラルクを想像するのも難しいぐらいだ。


「うう、プレゼント計画が……」


 物欲がないのでは、欲しい物もないということにならないだろうか。

 私は、肩を落とした。

 昨日と今日、悩んで結局出す結論は変わらないのだ。


「うー……。でも、お祝いしたい」


 今夜も、私の悩みは尽きそうにない。



 夜が明け、ラルクが起きてきた。

 いつものだぼっとした服を見て、新しい服を買ってあげれば喜んでくれるかな、と思ったけど。

 綺麗な服は、既に何着か持っていることを思い出して、居間の椅子に座った私はため息をついた。


「レナ、どうかしましたか?」


 朝食の準備をしているラルクが心配そうに、台所から声をかけてくる。

 しまった。ため息が大きかった!


「う、ううん。何でもないよ!」

「……そうは見えませんが」

「本当に、何でもないから!」


 私は強めに否定した。

 と、同時に鍋がふきこぼれる音が聞こえた。


「ほ、ほら、ラルク! スープ焦がしちゃうよ!」

「あっ、しまった!」


 ラルクが慌てて火力を調節すべく、しゃがんだ。

 ふう、どうにかごまかせたようだ。良かった、良かった。

 私は胸をなで下ろし、持参してきた絵本を開いた。

 綺麗な挿し絵に、ちょっとだけ悩みが薄れる。

 と、そこで。絵本の主人公の女の子が、お世話になったお婆さんにお手製の手袋を差し出す場面になった。

 瞬間、閃いた。


「手作り……!」


 ラルクに聞こえないように、小さく叫ぶ。

 そうだ、そうだよ。既製品に拘らず、手作りの何かをあげれば良いんだ!

 何にしよう?

 ……そうだ! アレにしよう!

 なら、布と針と糸が必要だ。

 ちょうど良いことに明日は、街に行く日だ。

 ガルの店で、全部揃えちゃおう。

 ラルクに何に使うのか聞かれたら、お裁縫の練習だとでも答えておこう。

 うん、うん。良い感じだ。


「ふふふ」


 焦がしそうになったスープに苦闘するラルクを見ながら、私は忍び笑いを浮かべた。



 さて、材料は揃った。

 ラルクには用意していた言い訳で納得してもらえたし、首尾は上々だ。

 作業時間も、私には睡眠が必要ないゆえに夜が丸々使える。

 なんて、都合が良いのだろう。

 自室のベッドに座り、私は月明かりを頼りに作業を始める。


「頑張るぞー」


 ラルクに喜んで欲しい一心で、私は集中する。

 作業は一晩中続いた。



「……ちゃん」


 ゆさゆさと、肩を揺さぶられた。


「れなちゃん!」

「はいっ!」


 名前を呼ばれて、私は咄嗟に返事をした。

 ぼんやりする頭で、声のした方を見れば。呆れたように私を見るエリシア先輩がいた。


「私の魔法の講義中に寝るなんて、なんて良い度胸でしょう」

「す、すみません!」


 何とか意識を覚醒させ、周りを見れば。内装からして、拠点の一室に私はいるのだと分かった。

 何故か、懐かしいと思った。

 ぼんやりと周りを見る私に、エリシア先輩はふーと息をはいた。


「その調子じゃ、今日の講義は無理そうね」

「す、すみません……!」


 エリシア先輩がせっかく魔法に不慣れな私のために、時間を作ってくれたのに。私ったら……!

 うなだれて肩を落とす私に、エリシア先輩の笑う声が聞こえてきた。


「エリシア先輩……?」

「ふふ、ごめんなさい。れなちゃんが、だんだんと感情が豊かになってきているから。嬉しくて」

「そ、そうですかね?」

「ええ、そうよ」


 エリシア先輩は、優しく微笑んだ。

 確かに言われてみれば、発生したばかりの頃と比べると、私は色んな感情を知った気がする。

 先輩魔女に怒られて、悲しく思ったり。逆に誉められて、嬉しくなったり。

 私の中は、色んな感情で彩られるようになった。


「れなちゃん、発生してまだ間がないけど、感情がはっきりしてきて可愛いわ」


 エリシア先輩が私の頭を撫でる。撫でられる時に、何故だか避けなくてはいけない気がしたのはなんでなんだろう。

 エリシア先輩の手、温かい。

 この感触、久し振りな気がする。

 気持ち良いな。


「えへへ」

「ふふ、可愛い可愛い」


 エリシア先輩の声が優しい。


「れなちゃん、私たち魔女は、普通の人間とは違う存在だけど。でも、仲間意識は強いの」

「はい」

「家族、みたいなものなのよ」

「家族……」


 その言葉は、私の中にある何かを刺激した。

 家族。

 そう、私は家族になったんだ。

 誰の?

 それは……。


「れなちゃん?」


 エリシア先輩が不思議そうに、私の名前を呼ぶ。

  ああ、そうだ。思い出した。

 私は、家族になったんだ。

 私は、エリシア先輩を見る。

 エリシア先輩は、やはり笑顔を浮かべたままだ。

 その笑顔に懐かしさと、寂しさを感じた。



「エリシア先輩……」


 自身の呟きで、ハッとする。

 私は、きょろきょろと周りを見た。

 部屋は、石造りの壁に、古い本の入った本棚。それにクローゼットが一つ。

 拠点の部屋にしては、あまりにも寂しい部屋だ。

 でももう見慣れて、安心出来る私の部屋。

 ここは、ラルクと私の家だ。

 拠点じゃ、ない。


「私……夢、見てた……?」


 あれは、夢だったのだろうか。

 そもそも私は眠りを必要としない人形だ。

 人形の体になってから今まで、眠ったことは一度もなかったのに……。

 でも、私は今エリシア先輩のことを見てた。


「夢、というよりは、記憶の再生……?」


 どういうことなんだろう。

 私は窓の外を見た。空は白んでいる。夜明けが近い。

 私の最後の記憶は、まだ暗かったはずだ。


「私、寝てたの、かな……?」


 今まで、そんなことなかったけど。そういうことも、あるのかもしれない。

 釈然としない思いを抱えたまま、私は横に置いたプレゼントの完成品を見る。


「まあ、出来たから……良いかな」


 分からないことを考えても仕方ない。

 私は、目前に迫ったラルクの誕生日のことを考えた。

 漠然と感じる不安に、蓋をして。



 誕生日当日。

 私は、朝からそわそわしていた。

 完成したプレゼントを、ワンピースのポケットに入れ、何気ない風を装って居間に入る。

 ラルクはまだ起きてきていない。


「まだかなー」


 椅子に座り、足をぷらぷらさせて私は声を弾ませる。

 ラルク、喜んでくれるかな。

 ドキドキする。

 よく考えてみたら、誰かを祝うのって初めてのことだ。

 こういうサプライズって、する方もワクワクするんだね。

 ──キイッ。

 ラルクの部屋の扉が開く音がした!


「い、いよいよだ……!」


 ポケットの中にあるプレゼントに、そっと触れる。

 大丈夫、大丈夫。ラルクなら、きっと喜んでくれる!

 ラルクの足音が聞こえてきた。

 同時に、私は椅子から飛び降りる。


「……ふあ、レナ。おはようござ」

「ラルク! お誕生日、おめでとう!」


 ラルクの言葉を遮り、私はお祝いを口にした。

 ラルクは欠伸をした形で口を開け、固まってしまう。あ、あれ?

 ラルクの様子に戸惑いつつも、私はポケットからプレゼントを取り出す。


「ラルク! これ、プレゼント!」


 と、差し出して。私は、自分なりのとびきりの笑顔を浮かべる。


「生まれてきてくれて、ありがとう!」


 ラルクがいるから、私は今幸せなのだ。ラルクが、私に幸せをくれたのだ。

 そう考えると、ラルクという存在がとても尊いもののように思える。いや、事実尊いのだ!

 ラルクは、ゆっくりと私の用意したプレゼントに手を伸ばす。

 私が用意したのは、お守りだ。

 日本では色んな種類のお守りがある。私は、ラルクの幸せと安全を願い、ひと針ひと針丁寧に刺繍した。

 『幸福祈願』と、日本語で綴った文字。文字には意味がある。だから、私は日本語で綴ることにした。その方が未だに不慣れなニーナ王国の公用語より、思いを込められると思ったからだ。


「ラルク……?」


 お守りを受け取ったラルクは、一言も発しない。

 不安になり、私はラルクの顔を覗き込もうとした。

 だけど、その時。

 ぽたりと、雫がラルクの頬を伝った。

 ぽたり、ぽたり。流れる雫は止まらない。

 その雫は、ラルクの紫水晶の目からこぼれ落ちていたのだ。


「ラ、ラルク……!」


 ラルクが泣いてしまった!

 びっくりした私は、慌てて自分のワンピースの袖でラルクの涙を拭う。

 だけど、彼の涙は止まらない。

 オロオロする私のもとに、掠れた声が飛び込んでくる。


「……こんな、こんな、幸せな誕生日、初めて、です」

「ラルク……」


 ラルクの涙は、喜びからくるものだったのだ。

 泣きながらラルクは微笑み、お守りをそっと抱きしめた。


「……僕の存在を、肯定してくれて、ありがとう」


 しゃくりあげて言うラルクに、私は心が熱くなる。

 ラルクを見ていると、穏やかな感情が浮かぶのだ。

 この感情の名前は、たぶん──愛情。


「ありがとう、レナ」

「う、うん!」


 私は大きく頷いた。

 ラルクの誕生日をちゃんと祝えたことと、喜んでもらえたのが嬉しい。


「この袋、何て書いてあるんですか?」


 少し落ち着いたラルクが聞いてくる。

 私は、胸を張った。


「それは、お守りなの。ラルクが幸せでありますようにって、願って作ったんだよ」

「手作り……」


 ポツリと呟いて、ラルクはまた微笑んだ。


「僕は、もう充分幸せです」


 ラルクの笑顔は輝くほど綺麗で、私は見惚れてしまった。

 ラルク。

 改めて願うよ。ラルクの未来が、幸福でありますように、と。

 生まれてきてくれて、私と出会ってくれて、本当にありがとう。


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